陰キャだけど、異世界では恋愛できますよね⁉︎
倉木元貴
前日譚 1話
駅で平凡に電車を待っていた俺は、ファーストペンギンのように後ろに並んでいた人間たちに背後から押され、たまたま通過していた特急電車に撥ねられて死んだ。……と思っていたのに、俺はどうやら異世界転生というものをしてしまったらしい。
真っ白で何もない雲の上のような世界。その中央に大きな玉座があり、その玉座には白いワンピースのような服を着て、頭に冠を載せている女性が座っていた。
「
「あ……ああ、ありがたいお言葉です」
眩しいほどの輝きを放っている玉座を前に俺は勝手に跪いていた。
「面をあげよ。我は上にも下にも人を作らない主義なのだ。改まったことを言うでないぞ」
それっぽいことを1番言っている人に言われてもな……。説得力に欠けるよね。
「わ、わかりました……それで、ぼ、僕はどこに行かされるのですか」
「行き先は其方に選べせてやろう。王都か辺境か」
王都って元の世界で言うのなら桃郷みたいなところだろ。人が多そうだ。コミュ障の俺には無理なところだな。
「へ、辺境でお願いします」
「そうか。それならそなたを辺境国家のモロンシゴアル連合国に送るとする。最後に、我の世界では魔法が使える。普通の人間には2属性が限度だが、そなたには5属性の魔法を使えるようにする。それと、これは我からの餞別じゃ」
女神が放った
「痛っ! なんだったんだ。そしてここはどこだ。変な場所に飛ばしやがって」
餞別だと言っていたのは結局何をくれたのだろうか。こういう異世界転生を果たしたら、なんかよくわからないけど、ステータスみたいなものを確認できる何かがあったりするんだよな。ゲームの世界のように、こう、空間に画面のようなものを表示できる何か……。おかしいな何も起きない。どこかクリックでもするところないかな。ま、まさか超デジタル社会で、耳の後ろにチップが埋め込まれていて、そこをタップすればなんでもできるみたいな。
耳をどれだけ触っても何も変化は起きなかった。ダブルクリックも効果なし。
ああ言うのはSFの世界だけだ。現実世界でそんなことできるわけがないよな。……でも、あの女神この世界には魔法があるって言っていたよな。魔法……魔法。1度なにか試してみようかな。まあ、こう言う世界では転生者がチートで世界を救ったりするのがお決まりだよな。いきなり高火力な魔法を繰り出すわけにはいかないから、とりあえず
「
そこら辺の木に向けて発射したが、俺の手から出てきたのは、ビー玉くらいの小さな火の玉で、その物体はゆらゆらと木に向かって進んで行き、ポフッと音を立てて消滅した。木は無傷だった。
え、何これ……俺の
「
さて次は……。
水溜まりに向けて
そうだった……俺の魔法クソしょぼいんだった。なんでさっき
なんかこうお茶碗みたいなもの!
想像でなんとか土魔法は使えたのだったが、出来上がったものに俺は絶句した。
何これ……ちっさ……。お茶碗みたいなもの? これめちゃくちゃ小さいお猪口じゃないか。指の上に乗るサイズ。SNSとかであるめちゃくちゃ小さい何かを作ってみました。ってやつじゃないか。こんなのどうやって使えって言うんだよ。使えるの一寸法師くらいじゃないか。一応水入れてみようか。そんで地面に置いて
「
水は入った。これを地面に置いたら、周りの石よりも小さいから、立っていたらどこにあるのかさえもわからない。
仕方ない。
蟻の観察をするように俺は地面に跪いた。
何やっているんだろうか。こんなはずじゃなかったのに。異世界で楽しくワイワイするつもりだったのに。なんでこんな地味なことしているんだろうか。
悲観しながらも極小お猪口に
「
結果は、極小お猪口が
ま、こうなることは予想していたけどね。それにしてもしょぼすぎない。悲しみを通り越して笑いしか出てこないよ。夢の異世界はどこにいった。こんなはずじゃないだろ。俺に助言をしてくれる誰かいないの。異世界に飛ばされてひとりぼっちとか何したらいいか全然わからないじゃないか。
誰でもいいから俺の前に現れてくれ。あ、できれば女の人の方が嬉しいな。
そんな時、タイミングよく草むらが揺れて、何かがこちらに来ている気配があった。
やっとか。やっと、俺と一緒に旅をしてくれる女の子が。※これは妄想です。
草むらから現れたのは四足歩行の子牛のような生物だった。ようなと言うのには理由がある。牛にしては顔が長くないし、耳が日本犬のように上に付いて立っている。色も白一色で、尻尾だけが唯一牛のものだった。頭にはバッファローのような長いツノ。それと、立派な乳房を持っていた。絞って牛乳が飲めそうな。
この生物を牛以外でなんと表す。それよりもどこから現れたこの牛。なんかよくわからないけど、触っても大丈夫かな。
恐る恐る近づいて、背後や前に立ってはいけないことを知っていたから、そっと隣に居座った。
めっちゃ目合っているんだけど。これ大丈夫なやつか。蹴り殺されるやつじゃないか。触ろうなんて思わなかったらよかった。でも聞いてくれよ。せっかく異世界に来たのに、何をどうしていいかもわからずに、もう泣きそうなんだよ。少しでいいから癒しの時間をちょうだいよ。
「怖く……ないからね……」
触る俺の方が怖い。
勇気を振り絞って牛のような生物に、そっと触れた。毛が手に当たる程度。
ほおー。ふわふわだ。もふもふしたい。臭いかもしれないけど、わしゃわしゃしたい。顔埋めてこのまま眠りたい……。
可愛い牛に顔をう埋めようとしていた俺で合ったが、背後から羽交締めをされる形で小木の陰に連れ去られた。もちろん口を塞がれて。
「んんん? んんんんんん!」
「静かに。親が来るから」
こ、この声は……女子だ! お、お顔を拝見したい。どんな女性なのか。やっと、俺を導いてくれる女性が。ああ、もう死んでもいいかもしれない。
「ちょっと、もたれかからないで」
ごめんなさい。心の中では謝っておきます。口塞がれているので。
急に現実に戻された俺は、背後の名も顔も知らない女性の言っていた、牛のような生物の親が来るのを待った。木々が揺れ、高さ2メートルはある木の間から出てきたのは、顔は子牛と同じようだが、大型のピットブルのような生物。とりあえず筋肉がすごい。
合成されているかのような筋肉だ。かっこいいな。俺もあれくらいムキムキになりたいな。夢のまた夢の話だけど。
呑気にそんなことを考えていると、たまたまカラスのような鳥が飛んできて親牛のような生物の背中の上に止まったのだった。その瞬間。尻尾を使ってカラスのような鳥を叩き落としたのだった。カラスのような鳥は、衝撃で地面に倒されて、骨でも折ったのか、動けなくなっていた。それを躊躇をせずに骨ごと生きているままガリガリと、親牛のような生物は食べ始めたのであった。衝撃的すぎる出来事に俺は絶句していた。
……ぐろっ。何あれ。一瞬でも可愛いと思った過去の俺を殴ってやりたい。
親牛のような生物は、噛み砕いたカラスのような鳥を子牛のような生物に口移しで分け与えていた。
食事を終えた牛のような生物は静かにこの場を去っていった。
「行ったわね。危ないからモークーには近づかないようにしなさい」
あの生物“モークー”とか言うのか。牛だと思っていたのに。少し近い。
俺に口を押さえていた女性は、俺の口から手を離し、立ち上がって被っていたフードを取った。
俺は顔を拝見したくてその様子をじっと見ていた。正座をして!
斜め下から見た女性の顔は太陽に照らされて、光り輝いていた。
綺麗な栗色の髪の毛。歳は同じくらい。多分少しお姉さんの方が上。そして顔はめっちゃかわいい。タイプだ。横顔もさることながら、斜めから見る角度が最高に可愛い。期待していたよりも幾分もかわいいから心臓が破裂しそうだ。こんな可愛い人に後ろから抱きしめられていたなんて、もう俺死んでしまうのか。お姉さんの胸の中で死ねるのなら本望だ。このまま殺してくれ。
「あの尻尾に叩かれたら人間でも平気で死ぬからね」
背中に普通に届いていたもんな。怖い怖い。こっちの生物は触らない方がいいな。それにしてもお姉さんなんて格好しているんだ。マントで隠れていたから詳しくは知らなかったけど、上はクロップドシャツに胸当てのみ。
だめだお姉さんのこと好きもしれない!
「聞いているの!」
「あ、はい。ごめんなさい、聞いています……助けていただきありがとうございました。あの……僕はこれで……助けていただいたことには感謝してします」
足早にこの場を離れようとしていた俺だったが、お姉さんに腕を掴まれて先に進めなくされていた。
「待ってよ。ここから先は魔物がよく出るから危ないわよ」
え……そうなの? あんなのいっぱい出るの⁉︎ 俺のクソしょぼ5大魔法ではどうしようもないな。でも、俺この場所全くわからないから行き場所ない……どっちの方向に進めばいいとかも何も知らない……。あれ、これもしかしなくても詰んでいる……。この世界に来てからまだ何もしてないのにまた死ぬの……。せめて、恋愛くらいはしたかった。こっちの世界では俺のこと知っている人いないから、今度こそ恋愛できると思っていたのに。神はいつだって僕を見放す。死んだのだって、俺のせいじゃないのに。見知らぬ人に殺されただけなのに。神は慈悲という言葉を知らないのか。
「ちょっと!」
お姉さんに肩を揺らされて妄想の世界から、現実世界いや、異世界へと呼び戻された。
「あ、え、と……な、何でしょうか?」
「さっきから俯いていて、私の話聞いているの?」
ごめんなさい何も聞いていませんでした。なんかわからないけど口に出せないから心の中で謝っておきます。心の中では土下座をしているつもりです。
「えっと……あの……その……」
「聞いていなかったのね」
俺は無言で頷いた。赤べこのように何度も。
そんな俺の様子を見て、お姉さんは頭を抱えていた。
「はあー。そんなことだと思ったよ」
深いため息だな。原因は俺だけど。ごめんなさい。一応一礼だけしておこう。
「なんのつもり?」
俺は首を勢いよく横に振った。
何のつもりもございません。俺が元いた世界ではこれが当たり前なんです。俺という存在は当たり前ではなかったですけど、人に物を頼むときや謝るときは頭を下げるのが普通だったんです。これだけは本当です。
「まあいいわ。自己紹介が遅れたみたいだけど、私はニコーレ・リナ・シュナイダー。みんなからはリナって呼ばれているわ。君は?」
あー……これは俺が自己紹介をしないといけないやつか。元いた世界でもよくあったな。順番に自己紹介をしていくやつ。あれ嫌いだったな。短すぎたら批判されるし、自分を長く語れば批判されるし。ちょうどいい時間っってのも人それぞれで、1度だけ1分ちょうどにしたときだって、2つ隣の女子に「短っ」って言われたし。難しいんだよな。
ふとお姉さんを見て見ると、俺を睨むように強い眼差しをしていた。
「また聞いていないでしょ」
ごめんなさい。同い年くらいの女の人とこんなに話すの久しぶりなので緊張しているんです。コミュ障なもので。
「……す、すみません……」
「謝らなくていいから。名前教えてくれる?」
なんか、迷子の子供から情報を聞き出している女性警察官みたいだ。俺が子供役か。話し言葉だけは子供と差はないと思うよ。
「あ、えっと、お、ぼ、僕の名前は……古保歩です」
「コボ・アユム? 変な名前ね。名前はどれになるの?」
変な名前? 親に失礼だと思わないのか? ああ、この世界は海外のようにミドルネームがあるのが普通なのか。でも、それならおかしくないか。だって、お姉さんは、ニコーレ・リナ・シュナイダーって名乗っていたよな。それなら、ファーストネームがニコーレでミドルネームがリナのはず。海外なら普通ファーストネームで呼ぶんじゃないか。なぜミドルネーム。……この世界が異世界だからか。何が起きてもその一言で片がついてしまうな。便利だな異世界。
「コボ・アユム?」
何度もすみません。
心の中でまた赤べこのように頭を下げた。
「あ、あの……お、ぼ、僕の世界では上と下しかなくて、下の歩が名前です……」
「へえーそうなんだ。じゃあ、アユム。私の村に来ない?」
「へ?」
こ、これは、恋の予感……?
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