第17話 極めてブッソウな告白

 みなさーん。この中に鞍上の騎手くんのコト、ちっとも考えてないマヂ激ヤバサイテーな飛竜ちゃんがいまーす。


 だーれだ?


 はーい……アオノハーレーちゃんでーす……。




 新竜戦でのやらかしからジブンは絶賛自己嫌悪中だ。


 競走馬時代の二の舞はしないぞと意気込んで挑んだ新竜戦。

 レース開始早々、共に好スタートを切った3番と上から追い越しをかけてきた6番の競飛竜レースドラゴン達が速いことはすぐに気付いた。


 でも負ける気はしなかった。


 ラストの直線。ロケット加速で勝負に出るつもりだったし実際にぶち抜けたし。

 ただし、計算外だったのは加速前の減速中に、騎手くんが怯えて加速に待ったをかけたこと。


 加速したいジブンと止めようとする騎手くん。互いに折り合いがつかないまま加速した結果、急加速に耐えられなかった鞍上を振り落としてカラ竜になり失格。

 

 騎手くんに怪我がなくて良かったけど——騎手は落竜しても浮遊の魔法道具マジックアイテムを装備しているから落下死することはほとんどないそうだ。それでも後続の競飛竜レースドラゴンと接触すれば命は無いのだから落竜したら危ないことに変わりはない——ジブンの新竜戦は、1着どころか賞金が出る上位入賞もできず、無惨な結果に終わってしまった。

 色んな人の期待を背負っていたはずなのに、申し訳ない。

 

 ほんとうに申し訳なくて、ごはんも喉を……それなりにしか通らないし。水分も……まあまあ飲めてる程度だし。



 ———なんだよ。

 誰が食い意地張ってるってんだ!ごはんを食べるのもれっきとした競飛竜レースドラゴンの仕事なんだからな。


 と言うか、直近のレースも終わった今、ちゃんと食べてそこそこ運動するくらいしかやることがない。

 次のレースは未定だし、何なら新竜戦の一件で騎手が降りてしまったようで騎乗してくれる騎手すら未定なのだ。


 自身に充てられた竜房の中を1、2度旋回してから丸くなって寝そべる。

 意味もなく、首を使って床に敷き詰められた寝わらを集めて、こんもりした山を作ってみた。


 あの加速、もう使えないのかな。使っちゃダメなのかな……。

 飛竜に乗り慣れているはずの騎手くんが、ロケット加速を使うたびに怯えていたのは知っていた。

 でもいつもみたく背中に掴まっていてくれさえすれば良かったから、新竜戦も大丈夫だと高を括っていたのだ。

 結果はご存知の通り。怯えて手が滑ったのか、タイミングが合わなかったのか。

 どちらにせよ彼に気を配らなかったジブンの落ち度と言えよう。


 できあがった寝わらの山に頭を突っ込む。

 竜務員さんという、競飛竜の身の回りのお世話係さんが、毎日綺麗に手入れしてくれる寝わらは、ふかふかと柔らかい。

 乾燥した草の香ばしい匂いに包まれ、目を閉じる。


 ロケット加速を使わない、としたら。

 ジブンはどこまで他の競飛竜たちと戦えるのだろう。

 ジブンが所属する中皇競竜ちゅうおうけいりゅうは名前が表す通り、皇都や経済の中心となる主要都市近辺の上空を飛ぶ。ゆえにアルアージェ皇国で開催される競竜の中でも花形に位置するらしい。

 いわばここに所属する競飛竜レースドラゴンは、競飛竜の中でも選ばれたエリートと言っても過言ではない。

 そんなエリート達を相手に、純粋な速さだけで勝負をする?

 不安だ。不安しかない。

 ジブンの今の視界のように、これから先は見通しがつかない真っ暗闇だ。


 鞍上に今から加速するから掴まっててね!と言えればいいのに。

 無理だよな、言葉が通じないんだもん伝わらないよな……。





「おーいハレちーん、ってナニしてんの?クビヅカ?」


 ……首塚ってそういうものじゃないと思うよ。

 心の中で返しながら寝わらの山から顔を出す。

 竜房の入り口で、眠たげな目の女性が不思議そうに見下ろしていた。


「おっ、出てきた。ハレちんマジ変わってんねー」


 彼女はトゥリームオに着いた日、迎えに来てくれた異世界産ギャルことアルルアちゃん。

 ここでジブンの世話をしてくれる担当竜務員さんだ。


「ほれほれ起きて起きて。お出かけすんよ」


 ジブンの頭に乗った寝わらを手で払い、アルルアちゃんが急かす。

 訓練の予定なんてあったっけ?と思いつつ身体を起こすと手早く頭絡をつけられた。


「今日はねー、なんと新しい騎手サンが来てくれるんだって。すごくね?ハレちんのあのヤバ加速見て乗りたいって言ってくる命知らずだよー」


 命知らずってなんだ。ジブンは手が付けられない煮えたぎった蒸気機関車か何かか。シツレイな!いや実際に前の騎手くんを振り落としてるから失礼じゃないかもだけど!


 それにしても新しい騎手さんか。どんな人なんだろう。ジブンのロケット加速を見てもなお声をかけてくれるなんて。

 柄にもなくドキドキしながら綱を付けてもらい竜舎を出る。

 暗いところから連れ出され、眩しさに目を眇めつつ見上げた青空。

 正直鞍上との意思疎通に、ロケット加速の取り扱いにと、問題は山積している。騎手が変わったところで、問題が全部解決するわけじゃない。

 だけど。ジブンに乗りたいと望んでくれた人と会うことで、少しだけでもこの不安感が減ったらいいなと思った。


 







*****







 調教場をアルルアちゃんに引かれながらしばらく歩いていると、トトー先生と並んで長身の男が立っているのを見つけた。

 毛先が紫がかった癖のない黒髪の両サイドを少し長めに切り揃え、後頭部はすっきり短く整えている。

 手足はすらりとして長く、遠目にも姿勢が綺麗だなと思った。


 こちらに気付いたトトー先生が何事か言ったのに反応して、黒髪の男が振り返る。

 顔にはにこやかな笑みを浮かべている——……けど。


 いやでもなんかこう、うさんくさいな?


 笑みを象った薄い唇。すっと通った鼻梁。顔立ち自体は端正で女性に騒がれそうなくらい綺麗だ。

 ただこちらを見据える目がさあ……。

 痩せた三日月のように細められた瞳は薄い燐光を宿した、見た事もないライムグリーン。不可思議な色彩の瞳はギラついていて、初対面で言っちゃ悪いが整った容貌を台無しにしている———というか。


 笑ってないだろ、お前。


 への字をひっくり返したような口元も、吊り目を誤魔化すように糸みたく細めた瞳も。

 笑顔の形がずっと貼り付いたみたいに同じなんだ。


 男の異質さを警戒して、少し離れた位置で立ち止まる。

 「どしたん?」と声をかけながら引き綱を引くアルルアちゃんには悪いが、ちょっと待って欲しい。あの人お近づきになりたくないオーラ出てるって。


 先に進みたくないジブンと連れて行きたいアルルアちゃん。

 綱引きをする———体格差がありすぎるので勝負になっていないが——— 一人と一頭の攻防を気にする様子もなく、異様な空気を纏った男は何を思ったのかジブンへ向けてすっ、と右手を前に突き出した。

 制止のジェスチャーみたいだが、そういう意図ではなさそうだ。どちらかと言うと、手の甲とこちらを見比べて——あ。今のは、たぶんほんとうに笑った。


 掲げていた手を下ろした男は、のんびりとした足取りで近付いてくるとジブンの正面に立った。


 警戒が解けないまま、無意識に尻尾が大きく横に揺れる。

 威嚇で唸るまではしないものの、明らかに不機嫌が態度に出てしまっているジブンに気を悪くした風もなく、男は浮かべた笑顔を深め口を開く。


「初めまして。アオノハーレー」


 そして律儀に挨拶をしてくれた。

 あれれ?

 なんだもしかして見た目ほど悪い奴じゃない———。


「オレならお前と心中できるよ」









 はあ?????






 なん。


 なんだこの、ブッソウなやつ!!



 シンジュウ?心中って言ったかコイツ。

 ジブンはいやだが?!???

 どこぞの文豪じゃあるまいし誰かと心中する予定なんてさらさらない。万が一億が一予定があったとしてもそれはお前じゃないし、なんならジブンにはホートリー竜牧場に生きて帰るっていう大目標があるんだが??!


 えっ、もしかしなくともこのやべーやつがジブンの主戦騎手になるの???


 や、ややや、やだぁーーーーーーー!!!!

 やだやだやだやだチェンジ!!チェンジでお願いしますトトー先生!

 初対面でこんなわけのわからんこと言い出す奴、乗せたくないよー!


「おっとと、どうどう!」


 首を左右に振って「ドン引きしてます!」と態度で表しつつジリジリ後ずさるジブン。それを「鎮まりたまえー鎮まりたまえー!」と宥めるアルルアちゃんを、目の前のヤベーヤツは楽しそうな笑みを貼り付けたまま眺めている。


「……まちな、シークエス。あんたにゃコイツを任せると言ったが心中は認めてないよ」


 ジブンの心の叫びが届いたのか、シークエスと呼ばれた男の後ろからトトー先生が渋い顔を覗かせた。


「もちろん。勝つために乗らせてもらいます。だからこれは気持ちのはなしです」


 は?お気持ちだけでも断固拒否ノーセンキューだが??


「……そういう気概で乗ってくれる心意気は買うよ」


 呆れた様子の先生に、これみよがしにため息を吐かれているくせに、男は図太いのか気にせず至ってマイペースにジブンを指差す。


「それよりトトー先生、オレ早くアオノハーレーに乗ってみたいです。併せ竜で」


併せ竜で。のところでジブンを指し示していた指を上に向けると中指も立て二本指を作ってみせる。

 そんな男の言葉にトトー先生は眉を跳ね上げた。


「はぁ?!アンタ人の話を聞いてなかったのかい!ハーレーは他の競飛竜と競り合うと必ずあの加速をするって言ったろ!まずは普通に騎乗してから———」

「オレが知りたいのはハーレーを、あの化け物じみた加速をオレが御せるかどうかです。なら最初から併せ竜でやった方が話は早いですよね?」


 男の指摘に、ぐっと先生が言葉に詰まる。

 我が事ながら挟める口が無いので遠巻きに二人のやりとりを見守るしかない。

 先生は、それでも弱くかぶりを振って否定した。


「だとしても。あれはとても制御できるようなシロモノには思えない。下手に制御しようとしたらトーマみたく吹っ飛ばされるのがオチだ。あたしがアンタに望むのはハーレーが加速する兆候を見せたら迷わずその背にしがみつくこと、それだけさね」


 歯切れ悪く俯いた先生と目線を合わせるように、男は高い背を折りながら、細めていたあのライムグリーンの瞳をわずかに覗かせた。


「……本当にそれでいいんですか先生。あなただって勝負の世界に身を置いているなら、頭の片隅を過ぎったはずだ。あの加速があれば、あれを使いこなせればアオノハーレーはG1だって手が届く。違いますか?」


 まるで先生の心を読んでいるかのような語り口。男のイメージが悪魔か詐欺師のどちらかに固定されそうだ。


「ハーレーのあの加速を体感してみたいんですよ。ね、センセ。試させてください」


 微笑みを崩さない男を睨め付けながら、結局折れたのは先生の方だった。


「はぁ……まったく。放り出されても知らないよ」

「そういう飛竜には乗り慣れてるんで大丈夫です」


 こうして、ジブンの願いとは裏腹に物騒な事を宣う男を背に急遽、併せ竜をすることが決定してしまった。

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