第11話 飛竜の不調

 やあ。いつもの放牧場に行くこともできず竜房の寝わらの上に転がった、地面を這いずるなめくじドラゴンとはジブンのことだ。


 つい先日発生した魔石事件以来、ジブンの体調は心身ともによろしくない。


 まず身体が不調な理由。

 これは当然と言えば当然。

 初めてのフライトで調子に乗って色々と無理をしたせいか、翌日から翼を中心に背中全体が痛くなったから。

 翼をちょっとでも動かそうとすると痛む。なんなら背中を丸めただけでも痛む。

 何をしても付きまとう痛みと、全身に錘が着いたような倦怠感でご飯どころか水も喉を通らない。

 こんなことは飛竜生活で初めてのことで、まさか骨折とか重篤な病気では……と、嫌な可能性が脳裏を過った。


 ついでに競走馬時代に漏れ聞いた、ヨゴフリョウという不穏ワードも記憶から掘り起こしてしまい、背筋がゾッと冷えた。

 ヨゴフリョウってのは怪我とかで走れなくなったお馬さんがですね……その、うん殺処分的なやつ。


 ジブンも競走馬時代に一度だけ見たことがある。レース中倒れた馬。だらりとぶら下がる千切れかけた後ろ脚。馬を運ぶための大きな車が駆けつけて、必死に起き上がった馬の姿を目隠しが覆い隠す。

 目隠しの外で泣き崩れていたのは調教師だったか、厩務員だったのか。


 その後のことはわからない。

 ただあの馬は死んだのだと、周りの人間たちの会話で知った。

 そしてこの事件がきっかけでジブンはもっと走りたくなくなった。

 怪我自体が怖くなったのもあるが、骨折したら使い捨ての道具みたいに、あんなに簡単に殺されるなんてあり得ないだろ。と思ったから。


 痛みと倦怠感から思考もナーバスになってしまい、そんなことをつらつら考えていた気がする。

 竜房でぐったり横たわるジブンを案じたヤフィスおじさんは竜舎を出ていき、暫くして見知らぬ爺様を伴い戻ってきた。


 裾の長い白い服に身を包み、シンプルな意匠のネックレスを首から下げた聖職者か医者かというような風体の、頭が禿げ上がった小柄な老人だった。


 爺様はジブンを見るなり、シワの中に埋もれた小さな目を輝かせ「この子が自然初空を迎えたと言う飛竜ですか」と、まるで憧れのアイドルに会ったファンみたいな顔で見てきた。

 その上、白の盟主のご加護がどうとか、あなたがたの信心がどうとか、側で様子を見守るホートリー親子にやや一方的に熱弁を振るう。


 あ、この世界の宗教関係の人ですねコレ。と察した。

 人間時代のアポ無し突撃宗教勧誘を受けた経験が生きたな。いや生きなくていいですけど、そんな経験。


 爺様はだるさのあまりろくに抵抗もできないジブンの身体の至る所をペタペタ触り、口の中を覗き込んだり目をかっぴらかせてみたり一通り好き勝手した後、咳払いをして一言。


「疲労と、翼を動かす筋肉が炎症を起こしておるようですな」


 どうやらこの世界では聖職者が飛竜の医者も兼ねているらしい。ファンタジーお約束の治療魔法を使えるなら人間の医者も兼ねているのかもしれない。そう考えるとハイスペック爺様だったな。


 診察を終えたハイスペ爺様は原因について、初めての飛行で無理をしたせいだろうと推測していた。

 軽度のものだから(これで軽度なの?!と驚愕させられだが)時間が経てば治るそうだ。

 診察結果に胸を撫で下ろすホートリー親子に、筋肉の炎症を抑える薬草と餌の配合など、幾つか指示を出して爺様は去っていった。


 その時に、「初空用の魔石は準備されていましたかな?なら与えてあげるとよいでしょう。過度の魔力消費からくる疲労は魔力を摂取することで改善されますよ」などと言い残していったのだ。


 ———これ。

 これが本当に余計な一言だった。

 そして精神面の不調、名付けて尊厳と自由問題。その尊厳側に関わる一言であった。



 爺様が立ち去ったあとミュゼは手のひらに石ころを乗せて、寝転がるジブンの顔の横に差し出してきた。

 お世辞にも綺麗とは言い難い———それどころかはっきり言って溝川のヘドロを煮詰めて固めました。みたいな見た目の、嫌な感じがする石だった。

 もしかしなくてもコレを口に入れろと?

 いやいやいやいやいや。お馬鹿なこともブレークブレークトーキングですよ、ミュゼさん。

 そう思って見上げた先には、悪意のカケラもない期待に満ちたミュゼの顔が。


 本気じゃん。

 キラキラ、キラキラとミュゼの榛色の瞳が宝石のように煌めいて眩しい。

 ついこの間の虚無の目を知ってる身としては、こんなに生き生きとした目で期待されるのは嬉しい。できることなら期待に応えてやりたい。

 だけど……だからと言って!得体の知れない気色悪い石を口にすることは絶対したくない!ただでさえ体調が良くないのに!

 困り果てたジブンは、ミュゼの目から逃れるようにそっぽを向いて見なかったフリをし、心の中で謝る。


 ……ミュゼ、申し訳ないけど今は食欲とか無いんだよねそもそもそのドブ色の石、色合いからして明らかによくない見た目じゃんこれからお前らを害しますって強い決意に満ちたオーラ隠そうともしないじゃんこんなの絶対体に悪いよ口になんてしようものなら百害あって一利なしジブン大事に大事にされてきた箱入りドラゴンちゃんだから美味しい葉っぱと甘いリュウゴウの実しか食べられないんじゃないかなって思うあとあの爺様はきっとヤブだよ怪しい宗教セミナーみたいなことも言ってたパクー。


 ———は?


 拒否する心を裏切って身体が勝手に食べた。そうとしか表現しようがない。

 差し出されたミュゼの手のひらに乗っていたドブ石を、気付いたら飲み込んでいた。


 ミュゼに、お利口さん偉い子と何故かベタ褒めされ、予期せぬ自らの行動に戸惑い、頭にクエスチョンマークを並べていたのだが。


 翌日。さらにショッキングな体験は続く。


 竜房を掃除していたミュゼが集めたジブンの、その、排泄物——うんこを検分し始めたのだ。

 掃除自体は自分では出来ないことだし競走馬の時もしてもらっていたので慣れたが、ボロ(ウンコのことをこう呼ぶ)を漁られた経験は当然ながら、皆無だ。


 えっ、何してるの?

 戸惑うジブンの前でボロを木の棒で割ったり突き回していたミュゼが何かを見つけてパッと手に取る。


「あった、魔導石!」


 ソレを、あろうことか蹲ったままのジブンに向かって見せつけてきた。

 えっ、えっ、なんのプレイなの。ちょっと上級者向け過ぎない?ギョッと目を剥くジブンに構わず、ミュゼはどこかはしゃいだ様子でボロ塗れの物体を見せてくる。


「ほら見てテンテン、ちゃんと綺麗な透明になってるよ」


 明るい声と共に掲げられたのはミュゼの言う通り、多分透明なんだろうなって感じの石ころ。ボロから出たから薄汚れてるけど。

 これってもしかして昨日食べさせられたドブ石こと魔石か?


「魔導石は見つかったみたいだね」


 他の作業を終え、様子を見に来たらしいヤフィスおじさんがミュゼの持つボロまみれの石を覗き込む。

 そしてミュゼに水を入れた桶を持って来させると、丁寧に水洗いして汚れを落とす。

 桶から取り出された石は水に濡れて、切り出された水晶のように透き通り、涼やかな光を反射していた。石の内部では反射光とは違う光が、チカチカ瞬いているのが見てとれた。どこにもあの濁り切ったドブ石の面影はない。


「……きれい」


 ミュゼが思わずと言った感じでつぶやいた感想に、内心同意しつつ付け加える。ボロから出たやつだけどね。


「うん、濁りも澱みも残っていない。綺麗に浄化されているし、七等級にしては純正魔力の内蔵量も申し分ない。素晴らしい魔導石だ」


 手にした石に腰のポケットから取り出した謎の器具を当て、角度を変えて検分したヤフィスおじさんが頷く。心なしか嬉しそうだ。

 そうして嬉しそうな笑みを浮かべたまま、おじさんは手に持った石をミュゼに差し出した。

 

「これは君が持っていなさい」


 はぁん?何を仰っておられるか?

 言われたミュゼも驚いて目を瞬かせている。


「えっ、でも魔導石だよ?欠けてるから等級は低いけど売ればそれなりに———」


 これ売りもんになるの?———……ああ、でもそうか。

 コーヒー豆にも、生き物のウンコから出た豆だけ使った、奇天烈な高級コーヒー豆があったもんな。

 ボロから採れたとはいえ綺麗な石だし、売り物にはなるのか。


「テンテンが初めて浄化した魔導石だ。等級の低い、ありふれた魔導石として扱われるより、テンテンの世話をしてくれる君が大事にするのが1番良いと思うんだけど……どうかな」


 尋ねられたミュゼは、おじさんの顔と魔導石を交互に見て、おずおずと魔導石を受け取った。


「……ありがとう、お父さん。テンテンも。大事にするからね」


 はにかむミュゼの胸の前で、宝物のように握り込まれた魔導石。

 なんだかちょっぴりイイハナシダナーって空気の中、ひとり居た堪れないジブン。


 確かに今のジブンは、草しか食べない完全菜食主義ドラゴンだから雑食や肉食動物のうんこと比べたら、触っても問題ないんだろう。臭いもそこまでじゃないしね。

 牛や馬のうんこを肥料として活用するのは知っているし、ジャコウネコという生き物の糞から採れる高級コーヒー豆があることも知っている。


 でもそれはそれ、これはこれ。

 前々世人間だった身としては、ジブンのうんこから出たものを大事にされるって、正直羞恥が勝ると言うか割り切れないっていうかさあ!

 魔石を浄化するってことがとても重要っぽいことはわかるんだけども!


 というかこれ浄化してるジブンは大丈夫なの?明らか殺意高めな†呪われし石† だったよね。そんなん食べさせられて呪い受けない?呪いによって石になったり内側から破裂したりしない?と思ったけど体調はむしろ昨日までの倦怠感がなくなってるから良くなってるっぽいんだよなあ〜。まったくこの飛竜とかいうふしぎぱわー生物なんなんだよ〜物理法則無視して空は飛ぶわ、呪物を食べてうんことして浄化するわ、どうなってんだよ〜わけわかんないよぉ〜。



 ———といった感じで筋肉痛に苦しみつつ、自身の生態の理不尽と、人間時代の価値観の狭間で身悶えしたのが数日前の出来事。

 筋肉痛と倦怠感は今、だいぶ回復してきている。不調の主な原因はどちらかと言うと精神面にあるのだ。


 そう精神面の不調。そのもう一つ。尊厳と自由問題における自由側である。



 西の森に立ち入ったミュゼの危機に颯爽と駆けつけ、迫り来る魔物共相手に(主にヤフィスおじさんが)無双をしたところまではよかった。


 と言うか、おじさんヤバくない?

 おじさんが放った弓矢ででっかい犬の頭がポップコーンみたく軽快に弾けた瞬間。あまりの非現実さに白いネコ型マスコットがポップコーンをオススメする音声が脳内を駆け巡ったんだけど。

 ついでに絶対この人には逆らわないと決めたよ。

 しかもあの人、別の標的に2本同時に放った矢をそれぞれ命中させてなかったか。


 こわい。この世界の人間、戦闘力高すぎ。葉っぱモシャってるだけの非力な竜が敵うわけないだろ、どこのバカだよ無双チートでイージーモードとか抜かした奴。自分か!

 話がズレた。


 ミュゼを保護し、無事町の明かりが見えたあたりでおじさんはジブンを労いつつ、徐ろに何かを取り出した。

 黒っぽい金属でできた細い輪っかで、直径はおじさんの手のひらより少し小さい。ジブンの鼻先は通らないなってくらいの大きさの輪っかだった。


 それが、かぱりと半分から割れるように開いて——気付いたら首にカシャンと取り付けられていた。

 小さな金属の輪っかが、体格の良いおじさんが片腕では抱えられないくらいはあるジブンの首を一周する大きさに伸びたことになる。


 多分魔法がかかっているんだろう。お気楽なもので無邪気にすげー!と喜んでしまった。

 なんせこの時のジブンは迷子の子猫ちゃんならぬ、脱走した仔竜ちゃんだという自覚はあったので、この首輪はホートリー牧場の子ですよっていう鑑札や名札みたいなものと思っていたんだもの。

 いや、その役割もあるのかも知れないが、首輪の役割は他にあった。


 首輪の役割は牧場に帰ってすぐに判明した。

 牧場の手前まで来たところで放牧地から、ドラゴンママがジブンを呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

 切羽詰まった、聞いているだけで胸が張り裂けそうな悲しみに満ちた鳴き声。

 長い事呼び続けたのだろう声は枯れて、鳴き声の後半は殆ど音になっていない。それでも姿を消した我が子を呼び続けているのが痛々しかった。


 やむにやまれぬ事情があったとは言え、ママからしたら初めて空を飛んだ我が子が、そのまま行方知れずになったのだ。心配して泣き叫んでも無理はない。

 すぐに無事を知らせなければ。悲痛な母親の呼び声に掻き立てられた焦燥は仔竜の本能だろうか。

 居ても立っても居られず、母竜を呼ぶ仔竜の鳴き声を上げる。そしておじさんが持つ手綱を振り解き、ドラゴンママの所へ一直線に飛んで行こうとして。


 できなかった。


 グイと首を引っ張られるような感触。飛竜が頑丈なのか首への衝撃はそこまでないが、緩やかに首を拘束されている不快感。そしてどんなにもがいても絶対に前に進めない。


 ずばり、見えないリードが付いている。

 いつか見た、散歩中のゴールデンレトリバーが嬉しそうにダッシュしようとするのを全体重かけて引き止めていた飼い主のワンシーンが浮かぶ。


 どう設定されているのか知らないがこの首輪、任意の対象から一定距離以上飛んだり離れたりできない仕組みになっていた。おじさんが何か操作をしたら行ける距離が伸びたので、距離も自由に設定できるらしい。


 なるほどね。ドラゴンママ達が柵の囲いから飛んで逃げない理由はこれかあ。そういえば空を飛べる大人の竜達は皆、首輪がついてたなあ!


 自由の喪失。隷属の獲得。籠の鳥ならぬ、首輪付き飛竜の完成である。


 つまりジブンは、この首輪が壊れたり外されない限りもう2度と自由に空を飛ぶことはできない。

 この先、生き残るには競飛竜レースドラゴンになって、何が何でもレースに勝つしか道はない。

 あれだけ拒絶し続けた競走の道を、結果的に選んでしまったってわけ。


 まあ、しかし。

 ミュゼを助けると決めたのは自分自身。この結果もジブンが選び取った未来なのだ。

 あの時、何もかも捨てて逃げ出せばよかったなどとは絶対に思わない。むしろ逃げていたら一生後悔しただろうと確信している。


 逃げずに手に入れたものと、逃げないことで手放したものがある。そう言う話だ。

 そしてジブンは聖人君子ではない。ただの貧弱一般転生者な小物なので、手放したものが大きくていまだにウジウジしているだけなのだ。

 心の中でいじけるくらいは許してほしい。


「テンテンー、具合はどう?」


 聞き慣れた声に、思考の海から呼び戻される。

 頭だけもぞりと動かすと、竜舎に入ってきていたミュゼが竜房の入り口に水平に取り付けられた2本の金属棒———竜栓棒———の下段に手を置いて、上半身を乗り出していた。片手にティモの葉が繁る小ぶりな枝を握っている。

 ここ数日、ジブンの不調と時同じくしてミュゼも学校を休んでいるようで、牧場の仕事を手伝いながら合間合間にこうしてジブンの様子を見に来てくれている。


 竜房の入り口横に備え付けられた水桶と飼い葉桶を覗き込んだミュゼは、中身が手付かずだと知ると、がっくり肩を落としてしゃがみ込む。


「まだご飯食べてない……ムヌグ様はすぐ良くなるよって仰っていたのに」


 伸ばされた手が寝転んだままのジブンの鼻先を労わるように撫でる。

 柔らかくて、あたたかなてのひら。

 ぬくい。生きている温度だ。

 前世で逃げ続けたジブンが手放し、今世で逃げずに掴み取ったもの。


 ふぅ、と息を吐いて気合いを入れる。

 いつまでもいじけているわけにはいかないか。

 今世の身体は子どもドラゴンだが、中身はミュゼより年上なのだ。小さい女の子に心配をかけ続けるなんて、なけなしの矜持くんからいい加減にしろと呼び出されてしまう。


 よっこいしょっと。まだ軽く怠さが残る身体に喝を入れ、なんとか起き上がる。

 ミュゼが見守る中、水桶に首を突っ込み水を舌で掬ってみせる。

 心配させないための元気になってきましたアピールのつもりだったが、一口含んだ途端に身体からもっともっとと急かされ、水が飛び散るのも構わずバシャバシャと夢中で飲んでいた。本当はこんなに喉が渇いていたのかと遅まきながら気付く。

 隣の飼い葉桶を見ればなんとなく、お腹も空いている気がしてきた。


「そうよテンテン!その調子でごはんも食べよう」


 気付いたミュゼが、如才なく握っていたティモの枝を差し出す。

 笹や柳の葉のように細長い葉がたっぷりついた枝。刈り取ってからまだ時間が経っていないのか、青々と繁る葉からは瑞々しい香りが漂い、食欲が刺激される。

 ぐうと腹が鳴った。


 飛竜に与えられる飼い葉には、放牧中口にする樹木の葉以外にも幾つか種類がある。

 まず竜舎内でよく出されるのは干し草。それを固めたキューブ。それからスワローツと呼ばれる粒状の雑穀を乾燥させて潰したもの。他にも体調にあわせて薬草を混ぜたり、果物や甘い野菜なんかも時々出てくる。


 その中からジブンが今、食べたいなあと思っていたものを的確にチョイスしたミュゼの手腕は見事と言うほかない。

 ティモの葉を舌と口先でまとめて千切り、ついでに折れた枝先も擦り潰して噛み締める。差し出された枝はいつのまにか丸裸になっていたがまだ食べ足りない。久々に感じた空腹から、飼い葉桶に頭を突っ込み本格的に食事を開始したジブンに、ミュゼが安堵の笑みを浮かべる。


「ほら貰い物だけどリュウゴウもあるのよ!」


 ミュゼが取り出したのは、両手の平にのる大きさの丸く赤い果物。真っ赤な皮がつやつやと輝くリュウゴウは見るからに上等で、甘酸っぱい香りが鼻腔を満たす。

 飛竜は甘い物に目がない。ジブンももれなく甘いもの好きだ。

 空腹を自覚した途端、この甘い果物の味を思い出し、口腔内に唾液が溢れる。食べたくて仕方ない。


「キューン!キューン!」


 催促の声を上げるジブンに、ちょっと待ってと声をかけ、ミュゼは竜舎の隅に仕舞われていたナイフでリュウゴウの皮をスルスル剥いてくれる。(ジブンはリュウゴウの皮は全部剥いて欲しいスライス派である。ちなみにドラゴンママは皮はそのままでOKなスライス派だ)

 はしたないと思いつつも待ちきれず、竜栓棒から首を伸ばして上下にゆさゆさと頭を揺らすのを、ちらりと見てミュゼが笑う。


「あのね、テンテンが元気になったら貴族様がいらっしゃるんだって。もしかしたら竜主様になってくださるかも知れないの!すごいよね!」


 はへ?リュウヌシサマとはなんぞや?

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