第27話 心が揺れた日
重く澱んだ馬車内は、実際にも気持ちの上でも陽の光が入り込んでいるとは思えない暗さだ。
ライリーもエルベラさんも、もちろん私も苛立っている。
「何が大臣補佐だ。このタイミングでカイルを不当に役職から外すなんて! それではカイルが王妃襲撃の首謀者だと触れ回っているようなものだろう!」
「部屋で尋問でもしてくれるならいいけど……。どうせそんなことをせずに、室長が犯人だと決めつけているでしょうね。今までの流れからいって、時間がないわ」
「……そんな」
琥珀色だったライリーの血走った目が、ぎょろりと動いて私に向けられた。
「お前が来てから、本当にろくなことがない! 十年前にあれだけカイルを苦しめて、まだ足りないのか? 何の恨みがあるんだよ!」
「……恨みなんて、ありません。私はただ……」
カイル様を自由にしたかっただけだ。
それなのに、自由どころか苦しめている……。
「ただ何だよ! 自分が捨てた婚約者が物珍しくて見物に来たのか? だったらもういいだろう!」
もういい……。もういいの……?
私が姉の代わりになれば、カイル様は元に戻れる?
そうだ。私は自分を守ろうとしすぎていた。私が犠牲になれば、カイル様は元の生活に戻れる。自由はないかもしれないけど、こんな不当な扱いは受けない。ライリーやエルベラさんという信頼できる人が側にいてくれれば、波風のたたない穏やかな毎日が送れる。
もともとカイル様が望んでいた日常を、勝手に壊したのは私だ。私がいるせいで、私が独りよがりな考えを押し付けるせいで、カイル様は窮地に立たされている。
「苛立つのは分かるけど、それはミレットに対する言いがかりよ!」
「それに、ミレット!」と続けたエルベラさんは、怒りの表情を私に向けた。
「今、何を考えていた? すごい悲壮な顔をしていたけど、勝手に諦めるのは止めてよね!」
揺れる馬車の中で立ち上がったエルベラさんは、「私たちには捜査権があるのだから、しっかり調べ上げるわよ。何としてでも室長が犯人ではない証拠を見つける。分かったわね!」と腰に手を置いた。
王都にある孤児院には、三十分ほどで着いた。
街中からは外れているけど、周りに自給自足用の畑や雑木林が広がるのどかな場所だ。
いつもなら子供の笑顔と声であふれかえっているのだろう広場には誰もいない。子供たちが押し込められている建物も、しんと静まり返っている。異常事態が起きたことは、子供たちだって理解しているのだ。
馬車から降りた私たちが小走りで孤児院の入り口に向かうと、騎士団の旗がなびいた馬車から男がこちらに向かってきた。
白い軍服は近衛兵の制服だ。目つきが鋭く、いかにも生え抜き騎士らしい顔をした男が顎をしゃくる。「ついてこい」ということらしく、私たちをだだっ広い畑の真ん中に誘導された。
声の届く範囲に遮るものが何もないこの場所は、ここなら盗み聞きをされる心配がないという配慮だ。
「近衛兵のエリオット・ドラクレイだ。カイル様に依頼され、通常の警備体制とは別に王妃殿下の警護をしていた」
ライリーも聞いていなかったようで「どういうことだ?」と驚いている。
「理由など伺っていない。俺にとってあの方の指示は絶対だ」
思わず気圧されるほど真っ直ぐにそう言われれば、疑う余地はどこにもない。
「王妃様の身に危険が迫っていると聞き、一週間前から俺と他二人で厳戒態勢を敷いていた」
「室長は王妃が狙われることを予見していたのね……」
難しい顔で口元に手を置いて呟いたエルベラさんに、エリックさんは「まぁ、王族を誰か襲うなら、間違いなく王妃を選ぶだろうな」と呆れ顔で答えた。
王妃の我儘と気まぐれは、貴族を通り越して平民の間でも有名だ。
子供が嫌いで、自分が産んだ子供でさえ一度も抱いたことがない。
今日だって「特に汚い子供は大嫌い!」と言って、騎士と侍女に子供の相手をさせて自分はさっさと馬車で休憩していたそうだ。これがいつものことだと言うから頭が痛い。
「いつものことって、一体何をしに来ているのよ?」という至極真っ当なエルベラさんの疑問を、エリックさんはうんざりした顔で一蹴した。
「お気に入りの近衛兵との逢瀬のために、王妃は孤児院慰問を利用している」
絶句だ。
恋多き自由人ライリーだって固まっている。
「皆さん驚いているが、いつものことだ。そんな馬車の周りに人は配置できないし、王妃は必ずあの雑木林の入り口に馬車を移動させる」
エリックさんが指さした鬱蒼とした雑木林の入り口は薄暗く、その手前には大木がドンと天を隠すように枝を茂らせている。誰も見ないであろう幹のあたりには、なぜか花壇があって色とりどりの花が咲き誇っている。
当然周囲からは見えにくいその場所は、不審者が隠れて犯行に及ぶには絶好の条件が揃っている。
「逢瀬の相手は近衛騎士なんでしょう? 奇襲作戦にしても、力の差が歴然としていたら成功しないでしょう?」
「実際失敗していますしね。作戦が無謀すぎますね」
いくら侵入しやすい状況が揃っていても、相手が騎士では無謀すぎる。事実、王妃は無傷だ。賭けるにしても、リスクが高すぎる。
新たに発生した謎に唸り声を上げそうになると、エリックさんは「いや、犯人には勝算があったんだ」と言い切った。
「騎士とは名ばかりの、爵位と顔だけで近衛になった最弱だったんだ。王妃の後ろに隠れていたのを見た時は、呆れたよ」そう言ったエリックさんは、苦虫を嚙み潰したような顔そのものだった。
王妃が助かったのは、エリックさんのおかげだ。彼が侵入者に気づかなければ、最弱の近衛は倒されて王妃は連れ出されているか殺されていたかもしれない。それなのに、功労者であるエリックさんの顔は浮かない。
「……賊二人組はあの場で殺しておけばよかった。俺のミスだ」
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読んでいただき、ありがとうございました。
二話(27・28)投稿しています。
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