第23話 同志を得た日

 突然記憶が戻った時、私はショックのあまり寝込んだ。泣いて吐いて泣いて吐いての繰り返し。自分の弱さに絶望して、そのまま消えてしまいたくなった。

 そんな死にかけの私に、レイモンド様は会いに来た。


 大好きな姉の幸せな未来が無残に奪われた絶望……。

 姉の死を見ているだけだった自分への怒り、私のせいで自由を失ったカイル様への罪悪感。その全ての原因である国王への憎悪。その全部を、私はレイモンド様に吐き出した。


「エイミーを殺したのが国王なことは、俺もホワクラン公爵も分かっていた。だが、証拠がない。あいつを罰することができないんだ」

 私は証人になれないか? だが、それは無理だとすぐに分かった。

 相手はあの狂人だ。私が「全て見ていた!」と言ったところで、難癖をつけて不敬罪で首が飛ぶだけだ。きっと、それだけでは済まない……。

 私の考えは正解なのだろう。レイモンド様が悔しそうに唇を噛んでいた。


「国王が欲望のために人を殺したことが表に出れば、エストラルダ国はお終いだ。訴えたりすれば、ミレットが不敬罪で処刑されるだけでは収まらない」

「……」

「鉄道事業を取り上げられて、ホワクラン公爵家も潰される。一族郎党が処刑されるだろうな」

「……そんな……。だったら、どうすればいいんですか! どうすれば、あいつを罰することができるの?」

「エストラルダ国で、王族の存在は絶対だ。ましてや国王になったあいつは、最高権力者なんだよ」

「……見なかったことにしろってことですか? お姉様が殺されたのは、運が悪かったと諦めろと……?」

「……カイルも、ホワクラン公爵も、それを望んでいる。だからミレットは、メイナート国に来たんだ。でも、俺は違う」


 全ての記憶を失った状態では、貴族社会では生きにくい。だから平民として生活できるメイナート国に移ったのだと私は思っていたけど。理由はそれだけではなかった。


 私がホワクラン家にいれば、記憶がないことを怪しんだ国王が原因を探るかもしれない。その時に私と姉が双子のように似ていることが、知られてしまうかもしれない……。

 国王は姉の容姿に執着していた。だから、その身代わりに私が選ばれることをカイル様も父も恐れた。

 性格が陰と陽だったから与える印象が真逆だったおかげで、私たち姉妹が似ていたことは一部の人しか知らない。

 だったらこのまま私を国王の手の届かない場所にやってしまおう。ミレット・ホワクランという存在は、消してしまおう。

 そうやって父は、姉の無念を晴らはすより私の安全を選んだ……。


 愕然とする私に、レイモンド様は恐ろしい事実を投下した。

「ホワクラン公爵だけじゃない。カイルだって、ミレットを守るために自分を生贄にしたんだよ」

「…………どう、して……?」


 私とカイル様の婚約時とは事情が異なり、鉄道事業が軌道に乗ったホワクラン家の他国に対する影響力はエストラルダ国以上になっていた。そんなホワクラン家の次期当主はカイル様だ。国王が面白いわけがない。必ず私たちにまとわりついてくる。

 鉄道事業を国営にしたい国王にとって、姉と同じ顔を持つ私は最上の獲物になってしまう……。カイル様と一緒にいる限り、私も姉同様に命の危険にさらされる。

 そうならないためには、徹底的に私と国王の接点をはぎ取る必要がある。私がカイル様と離されたのは、そのためだ。

 婚約を白紙にして国王を喜ばせ、レイモンド様に嫁ぐ予定と思わせて国王の意識の外に私を置いた。

 そうやって私だけが、安全な場所で守られていた……。


「カイルにはミレットという人質がいるも同然だからね? 国王の奴隷同然に振舞って、彼の嗜虐心を満足させ続けないといけない。絶対にミレットに目を向けさせないために」

 ゾッとして、あの男が短剣を振り下ろす姿が蘇った。剣を振り下ろされたのは、私でも姉でもない。カイル様だ……。


「お姉様の死に目をつぶるだけじゃなく、カイル様が私の犠牲になっているのに私は何もできないの? お姉様を見殺しにしたように、カイル様のことも……?」

「自分を忘れて捨てた女のために、自分を犠牲にするなんて不毛だ。でも、カイルは優しい奴だからね。楽しみにしていた自分の自由を奪った元婚約者だって、助けてしまうだろうね」

 そうだ。私はカイル様を捨てた。あんなに大切な人を忘れるなんて、捨てる以上に酷い行為だ。


「カイルを救いたい?」

 カイル様を救う。その言葉は私の希望として、死にかけた心に光を灯した。


 輝きの失せたレイモンド様の目を見返して、迷わず私は「救います」と即答した。

「純粋なミレットが歩いてきた正しい道を踏み外すことになっても?」

「誰かを犠牲にして能天気に歩く道が正しいはずがありません。私は何も見えていなかっただけです」

 満足そうにうなずくレイモンド様に違和感はあった。今まで兄のように接してきた人とは、別人だ……。

 でも、カイル様を救うには、レイモンド様の手を取るしかない。


最愛のエイミーを殺した犯人国王への復讐より優先するべきことは、俺にはない」

 見たこともない冷酷な目を前に、「最愛の人の妹。守るべき存在」という私の立ち位置が終わったのが分かった。復讐を達成させるためならば、私を道具として利用する。レイモンド様はそう言っている。


 レイモンド様の計画は、国王を玉座から引きずりおろすことだった。

 国王を直接攻撃しても返り討ちにされるだけ。だったら国王の周囲の人間の弱味を掴み、裏切るように働きかける。その人選と追い込みはレイモンド様と父がする。私に与えられた役割は、奥の手というか不意打ちみたいなものだった。


 国王は頭がきれるし用心深い。側近が裏切っても、口を割らせることなく切る捨てる可能性が高い。

 そこで、私だ。

 姉にそっくりの私を投入することで、国王の心を乱す。国王の注意を引いて、計画に気づかせない。要は、囮だ。


 まずは官僚としてエストラルダ国に舞い戻った私の役割は、側近や国王派の貴族に対して囮になることだった。私が色々調べていると分かるようにかき乱せば、父とレイモンド様が動きやすくなる。

 そうやって情報を集め証拠を固めたが、市場調査より法務官の方が囮としてはより効果的だ。だから私は、最短で法務官になった。


「国王がミレットに執着するかは賭けだ。だが、ミレットの側にカイルがいれば、あいつは必ず奪い取ろうと躍起になる」


 囮が怖くないと言えば嘘だ。記憶を失ったおかげで人前に立てるようになっていたけど、百八十度性格が変わったわけではない。私は私だ。臆病者で事なかれ主義だ。でも、逃げることはできない。あの日のように、もう逃げたくない。今度こそ、自分にできることをしたい。

 姉の復讐のために、カイル様の自由のために。


 この日、私とレイモンド様は同志になった。




□■□■□■□■

読んでいただき、ありがとうございました。

二話(23・24)投稿しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る