第9話 悠斗の部屋にて

 深夜、自宅のデスクで悠斗はパソコンの画面に向かっていた。

 青白い光が薄暗い部屋を照らし、静寂の中でキーボードを打つ音が小さく響いている。

 小説投稿サイトを開くと、コメント欄に見慣れたハンドルネームが目に飛び込んできた。


紀雄のりおジジイ:

「ワシの言っていることは辛辣に響くかもしれんが悪く思うな。こいつは devil'sデヴィルズ advocateアドヴォケイト だと思ってくれ」


 画面を見つめた悠斗は、ため息交じりに独り言を漏らした。


「また始まったよ、この爺さんの説教……」


devil's advocate ―― 敢えて反論して議論を深めるための悪役を演じるという意味だ。

 しかし、悠斗にとっては「言いがかりをつけてくる口実」に聞こえてならない。


 悠斗はキーボードを叩き始めた。


悠斗:

「どうもありがとうございます。で、今回はどんな貴重なご意見を頂けるんでしょうか?」


 すぐに返信が返ってきた。


紀雄ジジイ:

「どれもこれも、お前の書いているのは何処かで見たことのある女なんだよ。そんなものを読者は読みたいと思っているのか?」


 悠斗は眉をひそめ、画面を睨んだ。


悠斗:

「見たことがあるって……読者が共感しやすいキャラを作るのは大事なことじゃないですか?」


紀雄ジジイ:

「共感しやすいキャラと、どこかで見たことのあるキャラは違うぞ。お前の女キャラは、まるで自分の理想を形にしたみたいなんだ。少しぐらいズレてるほうが面白いぞ」


悠斗:

「ズレてるほうがいいって……」


紀雄ジジイ:

「女ってのはな、点数が高けりゃいいってもんじゃないんだよ」


悠斗は返信を読みながら首を傾げた。

「それ、どういう意味ですか?」


紀雄ジジイ:

「簡単なことだ。完璧な美人ってのは退屈だぞ。100点満点で63点くらいなら、危なく赤点になりそうだという危機感があるだろ」


悠斗:

「63点って……ずいぶん、具体的ですね」


紀雄ジジイ:

「そう、『もう少し自分が綺麗だったら』と悔しがるところに魅力があるんだよ」


 悠斗は思わずコメント欄を二度見した。

 63点って……落第ギリギリじゃないか。何を言い出すんだ、この爺さん。


 頭をひねりながら、悠斗は返信を書き始める。


悠斗:

「つまり、辛うじてブスとは言えないくらいの方が魅力的だってことですか?」


紀雄ジジイ:

「そうそう。ワシくらいの年齢になれば自然に分かることだ」


 その言葉を読んだ瞬間、悠斗の頭に遥花はるかの顔が浮かんだ。

 思わずくすっと笑う。

 ……あいつ、確かに63点くらいだよな。


悠斗:

「まあ、理屈は分かりました。でも、狙って作るのは難しそうですね」


紀雄ジジイ:

「だからお前は未熟なんだよ。未熟者だという事を自覚して、とにかく挑戦してみろ。小説だけじゃなく、現実でも」


 悠斗はコメント欄をじっと見つめたまま、ため息をついた。

 未熟未熟って……結局いつも俺を煽るよな、この爺さん。


 それでも妙に説得力があった。

 悠斗は苦笑しながら画面を閉じ、椅子にもたれかかる。

 部屋にはエアコンの静かな音だけが響いていた。


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