幕間 憎き獣

 ブルンテルク領を出発して二日、既に輝空とアルクはイリジア王国の国境を越え、隣国のヴェルシア王国という場所へと訪れていた。

 地図で見ると、イリジアに次いで二番目に大きい。


「魔法都市マキアだっけか? 地図で見れば結構近くなってきたけど、実際のところあと何日かはかかりそうだな」


 歩きながら地図を開き、現在地を確認する。

 輝空が次に行きたい場所、魔法都市マキアはもう眼と鼻の先だ。


「マキアと言えば魔法大学だけど、魔法を学びたいの?」


「学ぶっつーより、ある魔法を探しててさ。魔法都市って言うくらいだから、ありそうだなって思って」


「ある魔法って?」


「心を読む魔法だよ」


 目を見開いたまま輝空の話を静かに聞いている。続けざまに輝空は語った。


「昨日言ったステリアって子の望みが、困っている国民の心の声を聞いて手を差し伸べたいらしいんだ。だから俺が今こうして血眼になって探してるんだよ」


「もし見つけたとしても、その魔法を使えなかったら?」


「そん時は俺が何とかする。俺は何としてでもステリアの願いを叶えたい。彼女が喜ぶ顔を、彼女のそばで見届けたいだけだよ。そのためなら、龍を犠牲にすることも厭わねぇよ」


 目を細めて力強く己の拳を握り締める。

 途端に拳の力を緩め、凛とした表情から柔らかな表情に一変する。


「当然そんなことを一人で成し遂げられる程、器用な男じゃ無いからな。アルク、お前を頼りにしてるぞ」


 アルクの肩に手を添えて微笑みかける。

 輝空の表情には、アルクを仲間として信頼する気持ちの他に、一人の友として思う気持ちが入り交じる。

 その意を汲み取ると、アルクは下を向き静かに笑った。


「俺も、ソラのことを……」


「あぁっ! あれ、あれはっ!」


 何かを言おうとするアルクを強引に遮り、輝空は手を震わせながら樹間を指差す。

 震わせた指の先にいる動物、それはかつての因縁の相手、リーブルだ。

 リーブルとは、見た目が鹿で皮膚の色は茶色ではなく黒を基調としいる。加えて、大きさは熊ほどある動物のことだ。


「あいつが、どうかしたの?」


「あっ、あいつは! 旅に出て初めて戦った相手だ! クソっ、あの野郎俺とアルクを前にして呑気に草を貪り食ってやがる!」


「もしかして、リブールに負けたの?」


 図星をつかれた輝空は、唇をプルプルと震わせ頬を赤色に染める。


「まっ、負けったって言うより? 不意をつかれたっつーか、なんというか。決して俺は負けた訳じゃねぇけど、ちょっとボコされてみた、的なね」


「負けてるじゃん」


 饒舌な輝空にアルクはシンプルなツッコミを入れる。

 その間、リーブルは二人のことなどお構い無しに、草をむしゃむしゃと頬張っている。

 輝空の震える手は、恥じらいと共に怒りが込められている。今にも爆発しそうだ。


「と、とにかくな! あいつは目の敵、言わば親を殺されたも同然なんだよ! これ以上被害を出さないためにも、俺がこの手で奴を殺めなければならねぇんだ」


「リーブルなんて、突進したところを躱せば簡単に対処できるんじゃ……」


 アルクにとって強敵ではなくとも、輝空の場合は違う。

 輝空はアルクの言葉には無視をして、腰に差してある錆びた剣を抜いた。

 切れ味が皆無のその剣は、せいぜいリーブルを吹き飛ばす程の効力しか持たない。

 輝空は足元に転がってある小石を一つ手の中に収め、リーブルに体を向ける。


「アルク、お前は手を出すなよ……こいつは俺がやる」


「うん……」


 呆れた様子で頷く。その一方で、輝空は至って真剣な表情である。

 輝空はゴクリと唾を飲み込み、リーブルに語りかける。


「俺はこの数日間、お前に復讐する為に筋トレを怠らなかった。それと、イメトレもだ。こっちは準備万端、それに比べお前はどうだ? 怠惰を貪り俺という脅威には全く気づかない。なんという哀れな動物だ」


 聞いていてむず痒くなるセリフを、輝空は止めることは無い。

 リーブルだが、輝空には目もくれないで食事を続ける。


「ふっ、貴様いい度胸だな。この俺を前にして、堂々としていられるとは……流石は俺の認めた相手だ。だが、それもいずれ出来なくなる。なぜなら……」


 片手に持っていた小石をリーブルに目掛けて投げつける。

 リーブルの皮膚に当たると、先程までは目もくれなかったリーブルが輝空に体を向ける。

 鋭い眼光が輝空を刺し、うろたえてしまいそうな体を何とか持ち堪える。

 地面を蹴るリーブルは、今にも突進して来そうだ。

 輝空は錆びた剣を両手で持ち、野球のバッターの構えをする。


「さぁ来い憎き獣よ! タツタニソラの名にかけて、貴様をここで葬り去る!」


 声を張り上げた輝空は自信に満ちた表情を浮かべている。

 次の瞬間、リーブルは凄まじい速さで輝空の体へと突っ走る。

 走る姿は牛そのもので、闘牛を連想させる有様だ。

 ものの数秒で輝空に近づいたリーブルは、立派な角をみぞおち辺りに持って行く。

 輝空は、錆びた剣を野球バットのように扱い、リーブルをピッチャーの投球に見立ててフルスイングする。


「――っ!」


 全身の力を剣に込めて、リーブルにぶつける。

 直撃を受けたリーブルの巨体は、ありえない角度にまで反る。巨体は放物線を描くように後方へと遠ざがって言った。


 現実味のない輝空だったが、気絶したリーブルを見て確信する。

 これは紛れまなく、


「ホームランだっ!」


 喜びの雄叫びを上げる輝空の横で、アルクはため息をついた。

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