最強の生物種

「あ、ああ、どうして……」


想像もしていなかった現実に直面したかのように。

オリーブちゃんの悲痛な声が響く。


少女は見つめる。額に穴の空いた、人形の物体。

ほんの数瞬前まで生きていた存在を。


「どうして……どうして生きているんですか、華さん!?」

「いやだって、早撃ち勝負なら私の方が速いですし……」


私のインベントリには三千丁の種子島が入っている。

時間の止まったインベントリに、発火の瞬間の種子島が。

先程はゴブリンの真ん前に銃口を出現させ、その結果ゼロ秒で眉間を撃ち抜いた――どんな早撃ちの魔物でも、ゼロより早く引き金は引けない。


一見無敵の絶技に見えるが、こんなものはただの曲芸だ。

そもそも前提となるインベントリの習得コスパが最悪だし、それで倒せるのは

弾だって原理上1本1発限りなので三千発で打ち止め。


「眉間を撃ち抜いた程度で死ぬ敵を高々三千体倒して終わり、これはそんな曲芸ですわ」


そんな常識的な手段では姫武将の解魂は抜けないし、今回の目的の魔物だって倒せない。


「そもそも――あら?」


ふと気がつく、風景が暗い。

雲ひとつ無かったはずなのに、地面に影が落ちていた。


「来ましたわね」


何も、無意味に暴れていたわけではない。縄張りを荒らすことでその主が来るのを待っていた。

視線を上げる。それは太陽を遮り、私を見下ろしている。


七色に輝く龍がそこに居た。


◇ ◇ ◇ ◇ 


「う……あ……」


オリーブは悲鳴すら上げることができなかった。

龍。最強の生物種。虹色に輝く鱗を見る。話には聞いていたが、これほどの存在感とは。


龍を最強足らしめているのは、大きく2つの能力に依る。


1つはその飛行能力。

飛行系の魔物は多数あれど、龍は別格だ。

龍だけは、翼で飛んでいない。

いかなる原理か物理法則を無視して天空を自在に飛ぶ存在。

そんな規格外、有効な攻撃手段は限られる。


1つはその鱗。

天然の魔術によって概念的な防御を纏うそれは、龍の魔力が尽きぬ限りあらゆる物理攻撃を寄せ付けず、更にはその色に応じて魔術への耐性を持つ。


龍を討伐する最も現実的な手段は、耐性のない魔術による攻撃だ。

……それすら入念な準備が必要であり現実的とは言い難いが、それ以外の手段と比べればマシなのである。


龍に有効な解魂は数えるほどしかなく、口や目などの鱗のない箇所への攻撃は激しい戦闘の中では現実的でなく、飽和攻撃での魔力切れ狙いには一国を傾かせるほどの物資が求められる。


故に龍鱗を突破する最も現実的な手段は、耐性のない魔術による攻撃。しかし、


「全耐性、レインボードラゴン……」


虹色の鱗は、確認されるあらゆる魔術に対して耐性があるのだ。


天を舞い、あらゆる攻撃を寄せ付けない最強の魔物。

――結論から言えば、あまりに一方的な戦いだった。


「嘘、でしょ……?」


前触れ無く龍が墜落したところに紅槍一閃。

ただの一撃で、最強の魔物はその輝きを失った。


◇ ◇ ◇ ◇ 


「実のところ、龍の強さというのはハッタリなのですわ」


龍をバラしがてら、びっくりしてるオリーブちゃんにネタバラシをする。


「自在に空を飛び、魔術を弾く……これが1つ目のハッタリ。

あんな巨体、魔術無しに飛べるわけがないでしょう」


龍は重力魔術で飛んでいる。故にあらゆる龍の鱗は――ああ、いや、一種だけ例外は居るが――重力魔術を弾かない。


「あの巨体を飛ばすには繊細な重力制御が必要ですの。

ほんの少し乱してやれば、あっという間に墜落ですわ」

「重、力……そんな魔術が?」

「言っときますけど、私は飛べませんわよ?」


制御魔術Lv10、重力魔術Lv10、空間魔術Lv10、時間魔術Lv10。

インベントリスキルLV10の前提として習得した、名前だけは大仰な魔術。


特殊スキルであり最大スキルLv1の十八般武器と合わせて合計51、これがソロの限界と言われるLv51のスキルポイントを全てつぎ込んだ私の全スキルだ。


ぶっちゃけ制御魔術と十八般武器以外はお排泄物。

スキルの習得とは、あくまでアンロックである。使えるようになるだけで使いこなせるかとは別の話だ。重力・空間・時間の魔術は制約が厳しすぎる上に技量が要りすぎて、私程度では手品か他者の同系魔術を乱すくらいにしか使えない。


「2つ目のハッタリは無敵の鱗。確かに、鱗自体は無敵ですが――」


色を失った龍の表皮を、鱗ごと切り開く。

概念防御の鱗でも、魔力が流れていなければこんなものだ。

しかし、そもそも。


「無敵なのは鱗だけ。だったら隙間から切ればよいのです」


鱗は、鱗だ。それらの間には数ミクロンの隙間がある。

ミクロン単位の精度でよいなら、それは十八般武器の制御下だ。

どんな高速戦闘だろうと、条件を設定すればそのように切ってくれる。


「所詮は飛んでいて魔術に耐性があるだけの魔物。チートを使ってこないし、タネさえ分かれば技術で倒せる。

 姫武将と比べればらくちんですのよ」


オリーブちゃんはぽかーんとしている。

うんうん、最強の龍がハッタリだったんだもんね、分かる。


私はふわふわの緑髪をぽんぽんして、下山に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る