傾奇お嬢様は百合がお好き ~~禁断の恋は蜜の味~~

@ike_secka

雪国の食客

静かな部屋。ときおり暖炉からパチパチと弾ける音がする。


暖炉……暖炉だ。レンガ造りで燃料として薪が焚べられたザ・暖炉。

ここが現代日本であったならば、まずお目に書かれない代物。


「当然ですわね、現代でも日本でもないのですから」


白磁のティーカップを口元に運ぶ。芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。

熱く、わずかに苦い紅色の茶。お茶請けは茶色で甘いチョコレート。

ああ、なんてめちゃくちゃな文明だろう。産業革命も起きていないのに、チョコレート菓子が存在するなんて。


窓の外を見る。真っ白な雪景色の中に動く影。

角の生えたうさぎ、踊る雪だるま。北山の頂上付近には、小さく翼竜のシルエットが見える。


そう、ここはいわゆる洋風な異世界。

そして更に――


「おや、休憩中だったかな」


部屋を訪れたのは黒髪でおかっぱの美少女。


「お気になさらず。ご要件は何でしょうか、直江様」


。フルネームで直江兼続なおえかねつぐという。

私の雇い主は、何故か日本の戦国時代の武将の名を持っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ 


はな、実はキミに……おや、また調度品が増えてるね?」

「ギクっ。ちょっと都にツテがありましてね? ですがキチンと収入の範囲でやっていまして……」

「はは、責めてるわけじゃないよ。名前の通りの華美さだが、それが似合っているのがキミらしいさ」

「お褒めいただき光栄ですけれど、私が華美なのではありません。周りが地味なだけですのよ?」


都では地味な衣装や器が流行している。偉い文化人が流行らせているのだ。

元・日本人として侘び寂びの心は分かるつもりだが、西洋風のドレスで蒸し栗色は少々地味だ。


「というかですわね、姫武将の皆さまは超絶美少女ですのに、作法だなんだの言って地味な服を着せるだなんて……地味っ子スキーな性癖としか思えません」

「なるほど、キミにとっては天下人の茶頭なんて恐れるに値しないらしい」

「忌譚なき意見というヤツですわ。千利休の茶室といえば肌と肌が触れるくらい狭いと有名ですのよ? そんなところに天下人を呼んで、一体なにをしているのやら……ハッキリ言って、ド変態でなくて?」


地味服を流行らせている恨みも含め、わざとボロクソに放言する。

おーっほっほと大袈裟に高笑いする私を見て直江は苦笑いを浮かべた。

まったく、真面目なんだから。


「相変わらずお固いですわね。天下人の茶頭だろうがなんだろうが、雪国の食客風情な私には無関係でしょう?」

「う~ん、それが無関係でもないっていうか……」


そう言って直江は1つの封筒を私に差し出す。


「都から来たキミ宛の手紙なんだがね、送り主が、その、キミの言う『ド変態』からなんだ」

「……はい?」


■ ■ ■ ■


「都まで来い? このくっそ寒い中!? ファッキンにもほどがありますわ~~~!!!」


叫びながら雪道を進む。声に反応して魔物が寄ってくるが所詮はフィールド雑魚。愛槍のクリムゾンちゃんで返り討ちである。


くっそ寒いのに都まで来いとか地方民の交通費考えろ都民。

というかようやく落ち着いた生活を手に入れたのにファッキンですわよおファック。

呼び出しなんてブッチして引きこもりたい気持ちは山々だけれども、所詮はでもない普通の人間の身。天下人の側近に逆らえる力なんてない。いや、力があっても直江に迷惑掛けたくないから従うし。


ああ、世知辛い。異世界生活とはかくも辛いものか。


「わたくしもチートでわたくしTUEEEして~ですわ~!!!」


私の叫びに答える人は居ない。反応する魔物はめっちゃ居る。

愛槍クリムゾンちゃんは返り血で今日も鮮やかだ。


◇ ◇ ◇ ◇ 


私こと似生ジセイ ハナ』がこの変な世界に転生して結構経つ。


変な世界とは、変な世界だ。

西洋的な文明に剣と魔法とスキルがあるファンタジー……いわゆるナーロッパ的世界。

そこになぜか日本の戦国武将の名を持つ超常の存在、姫武将が居る。

文明は完全に西洋なのに、貴族が日本名を名乗る変な世界。


姫武将とは姫な武将。

例外なく美少女で、例外なく戦国武将の名を持ち、例外なく死ぬまで若い。

そして異次元の技能…解魂ソウルブレイクを持ち、奇妙なことに日本史での結末と似た末路を辿る。


「異世界転生――と言っても、全然わたくし自身に『チートみ』はなかったのですけれど」


姫武将の家に生まれたものの、残念ながら私は解魂を持たない普通の人間だった――普通でなかったのは、前世として地球、日本の記憶を持っていたことだ。


私は滝川某とか言う姫武将、その分家の次女として生を受けた。

その後養子に出されそうになり、自由を求めて家出したところで前世の記憶を取り戻す。


いやはや、記憶が戻ってすぐは慌てた慌てた。

家出、というか出奔の理由は自由と立身出世。

私は名声が欲しかった――記憶が戻る前の私は、滝川家の属する勢力に未来は無いと結論付けて出奔したのだ。

都と当時最強の勢力の間に挟まれた立地最悪の弱小勢力、しかも主家の当主が大馬鹿者と来た。どうせ名も上げられない分家の次女だ、泥舟からは降りるに限るという判断は、客観的に見れば大きく間違ってはいなかっただろう――


「ええ、そう。当時の主家は、その当主は大馬鹿者でした。バスローブで市街を歩き、腰にワインボトルを提げ、先代当主の葬式では棺桶に灰を撒き――ええ、タイエンドテールの大うつけ者でしたとも」


日本史で大うつけと言えば尾張タイ&テールの大うつけ。織田信長。日本史の知識がアニメやゲームに依存してる私ですら知ってるビッグネーム。

織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに 食うは徳川。この世界が戦国の世と同じ結末を辿るのならば、信長、秀吉、家康の三名の内、誰かの下で名を上げる他ない――というか大雑把に言えば全員信長勢である。


初手で織田家を出奔していた私は、出だしから自らの出世チャンスを潰していたのだ。


チート能力もなく、出生のアドバンテージも自ら潰してしていた初期状態。

それでも私はめげなかった。

ない知恵を必死に絞り、次の策を選ぶ――それは知識チート。

信長であれば鉄砲、三段撃ち。大量の鉄砲があれば、出奔からの出戻りを帳消しにするほどの手土産となるはず!


そう考えた私は名を変え、なけなしのスキルを最低限の護身スキルを除いて全てインベントリの前提に振り、この時代には開発されていないはずのマルキ・ド・金山で金策し、その金で鉄砲三千丁を入手した。

多くの時間と金を消費したが、インベントリいっぱいの鉄砲と共に織田の戦場に訪れ――己がまたしても誤ったことに気づく。


眼前に広がっていたのは、敵を蹂躙する魔物の軍勢。軍など作るはずのない魔物が、人間の武将に従い進軍する異常な光景。

そう、その現象は姫武将のみが持つ、異次元の技能によって引き起こされていた。

魔物支配――魔王織田信長が持つ、たった一人でも世界情勢を塗り替える解魂。


このときやっと、私は子供でも分かる摂理を理解した。

解魂を持たぬ者に、姫武将でない者に、この世界のプレイヤーとなる資格はない。

――あのとき私は、心が折れる音を聞いた。


「そう。冷静に考えれば、姫武将でもない私がどれだけ頑張ったところで活躍できるはずがなかったのですわ」


手元に残ったのは小金持ち程度のお金、鉄砲の不良在庫、その不良在庫で容量をほとんど使い切ったインベントリスキル。

インベントリ、これも罠だった。異世界転生といえばインベントリと思って取ってはみたものの、実現できた容量に対して必要なスキルポイントの効率が酷すぎる。

あるいはインベントリに使ったリソース全てを戦闘技能に振っていれば、一般人なりに名のしれた武将にはなれたのかもしれない――全ては後の祭りだが。


その後は都で適当に遊んで過ごし、すっかり忘れていた本能寺の変の前後の戦闘に巻き込まれ、金山開発で縁があった直江と共闘しつつ都圏を脱出。そのまま直江に拾われ現在に至る。


ジャパング大陸北西の雪国、クロスバック越後の食客、似生華。それが今の私だ。

もはや功名出世の野心はない。地元のモンスターを狩ったり、投資の細々とした収益や直江に貰ったお小遣いでオーダーメイドで服や調度品を買ったりして、雪国でのんびりと過ごしていた。

……そこに今回の、天下人の側近からの呼び出しである。


「ぶっちゃけ反応に困りますのよね」


分不相応は身に沁みている。自分は所詮、解魂持ちの姫武将には並び立てない。

故にこそ、自分なんぞになんの用か。


「チャンスと言えばチャンス、なのかもしれませんが……」


千利休と言えば秀吉の茶頭。文化による権威付けの大本営だ。

地味カラードレスを広めるにっくき公営ファッションリーダーだが、逆に言えば千利休にカラフルの良さを理解させられればカラフル衣装を広めるチャンスなのである。


「スキルチートも知識チートも失敗しましたが……文化人として文化チートする道はあるってことでしょうか」


まあ、いまさら期待もしていませんけれど。

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