閉ざされた扉の向こうに響く歌声

星咲 紗和(ほしざき さわ)

第1話 不登校の少年と、閉ざされた扉

友人から相談を受けたのは、ある静かな午後のことだった。「うちの子、不登校になってしまったの……」という言葉に、彼女の疲れた表情が重なる。彼女の息子は、小学校高学年になった頃から学校に行かなくなり、家に閉じこもる日々が続いているという。本人は話したがらず、両親がどれだけ声をかけても、彼の部屋の扉は固く閉ざされたままだった。


「学校でも、みんなとうまく馴染めなかったみたい。勉強も遅れがちで、からかわれることが増えて……」彼女の声には悲しみと無力感が滲んでいた。どう接すればいいのかわからない、という悩みは私にも伝わってきた。彼女の苦しさを思い、「何か力になれたら」と思いながらも、正直なところ何をすればいいのかはわからなかった。


「もしよかったら、一度話をしてみてもらえないかな?」そう頼まれたとき、少し迷った。家庭の問題にどこまで関わるべきか分からなかったし、彼と会話をする自信もなかったからだ。それでも、友人の切実な頼みに、私は「できる限りやってみるよ」と答えた。


初めて訪問した日、彼は挨拶もそこそこに、自分の部屋に閉じこもってしまった。私は彼に声をかけようと思ったが、無理に部屋に入るのは逆効果だと感じ、リビングで待つことにした。結局その日は、母親から彼の近況を聞くだけで終わった。

しかし、帰る間際にふと思いついて、ドア越しに彼へ話しかけてみた。「こんにちは。今日は会えなくて残念だったけど、また来てもいいかな?」そう言うと、ドアの向こうから小さく「うん」という声が聞こえた。


それから月に一度、私は彼の家を訪れるようになった。最初の数回は挨拶だけで精一杯だったが、少しずつ彼が好きな話題、例えばアニメやゲームの話をすると、短い返事が返ってくるようになった。その反応に私はほっとした。彼の世界に少しだけ足を踏み入れたような気がした。


彼の閉ざされた扉の向こうには、何かまだ見ぬ可能性が眠っているような気がした。何かきっかけさえあれば、彼自身の力でその扉を開く日が来るのではないか――そう思うようになった。私にできるのは、その日が来るまで、少しずつ寄り添うことだけだった。


次回、どんな話をしようか。彼が少しでも興味を持つことを探しながら、私は家路についた。

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