第6話「あなたのこと、教えてください」

「プレゼントです。俺が時羽様に贈りたいだけなのでお気になさらないでください」


「……ありがとう」


大切にしよう。

私は懐中時計を胸の前で抱きしめると、袴の結び目にくくりつけた。



店を出た後も彼に色んな質問をし、あふれ出る好奇心に笑顔もあふれた。


キョロキョロしながら歩いていると、彼が私の袖を掴んで柔和に微笑んだ。


「お腹、空きませんか?」


そう問われてお腹は素直にグゥーっと音を鳴らした。

顔に熱が集中してうなずいた後、袖の中で指先を丸めた。


「時羽様の好きそうなもの、たくさんあると思いますよ」

「私の好きな……?」


彼のおだやかな微笑みに、率直に彼の顔は好きだと自覚した。

それはそうとして、私は何が好きで心をときめかせていたのだろう。


新しい光景は好奇心は揺さぶられるも、好きなものとなると目に止まるものは違った。


(とても華やかだけど、私には遠い気がする)


それよりは川沿いを歩いて見つけた小さな花の方が愛らしい。


あれはなんという花だろうか、とそちらを考えている方が身近で楽しい気がした。



***


彼に手を引かれ、連れていってもらったのは洋食を食べることが出来るお店だった。


店内で食事をするのは洋装をした男女。


庶民にはあまり縁のない場所だろう、ソワソワしているとふわふわした黄色い食べ物がテーブルに置かれた。


「これは?」

「オムレツ、というそうですよ。あまり食べる機会はないと思いますが、せっかく時羽様と一緒ですから」


さらりと甘ったるい言葉を言われたが、あまり恥じらってばかりだと悔しいので咳をして誤魔化す。


気合いを入れて食べてみようと、出てきた銀食器にまごついてしまう。


洋食を食べるときに使うものらしく、貴族でもない限りは和食が主流。


昨日、老夫婦の家で食べたおにぎりとおひたしを思い出す。

箸を使って食べたので、あちらが一般的なのだと学びを得た。


とはいえ、黄色のふわふわしたものはずいぶんと愛らしい。


食べるのを戸惑ってしまうが、周りの人たちの見よう見まねでパクリと一口。


「おいしい……」


はじめて食べる味だと、不思議に思ってそれを観察する。

この黄色いものの正体は卵で出来ていると知り、色んな食し方があると感心した。


「よかった。あまり時羽様が好きなもの、わからなかったので。こういうの好きかなと勝手に考えてました」

「好き……です……」


私は自分が何が好きかも覚えていない。

少しずつ真っ白な紙に色が一滴二滴と落ちていく。


「花……」

「花?」


顔をあげ、これまでの短い旅でときめいたものを呟いた。


「私、花が好きです! さっき川沿いで見た白い花、かわいいなと思ってみてました!」


つい大きな声を出してしまい、周りから冷たい視線が突き刺さる。

赤恥をかいたと、逃げたくなったがどうしようもなく縮こまるしかなかった。


「シロツメクサ、ですね」

「シロツメクサ?」

「……全然、時羽様のこと理解出来ていませんでしたね」

「どうして……」


そんな風に言われては不安に心が揺れてしまう。


「私、今とても楽しいです。知らないことを知れるって、すごいことだなって」


そう言って頭の中にまたぼんやりと何かが浮かんだ。

私はいつも遠くを見つめていたような気がする。


生きてきた世界はとても狭い場所で、桜の花びらにまぎれてどこかに行っていた。


それはどこだったか、私は思い出せない。


だけど彼の微笑みを見ていると、以前の私もうれしくなって笑っているんだろうなと、そうほのかに思うばかりだった。



***



お店を出て街をウロウロしていれば日が暮れて、人がだんだんと減っていく。

西の空と白い外壁に移る夕映えが美しい。


あれほど賑やかだったのに、人の数が減ればさみしさに凍えそうだった。


「時羽様」


彼に呼ばれて顔をあげれば、唇に何かがちょこんと当たる。

内側にぐっと押し込まれ、目を丸くしていると舌先に甘い味が広がった。


(溶ける。なんだろう)


知らない味だとつま先立ちをして彼の腕に手を添えた。


「チョコレートです」

「ちよこ……?」

「こんなものばかりでは舌が贅沢になってしまいますね」


そう言われたとおり、私は贅沢をしているのだろう。

山から下りたさきにあった里とはずいぶん違う光景だ。


大半の人はあのような生活を送っていると理解し、だからこそこうも甘やかしてくれる彼に胸が高鳴った。


「緋月さんは何が好きですか?」


思いがけない質問だったようで、彼はぎくりとした顔をして振り返る。


「緋月さんのこと、もっと教えてください」

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