みんなで遊ぼう
@rabao
第1話 みんなで遊ぼう
も~いいかい?
ま~だだよ。
近所の子たちと遊んでいたあの頃、僕はそれがとても上手だった。
仲間が見つかりそうになると、ガサリと枯れ葉を踏む音を立てて鬼に方向を変えさせて仲間を逃がした。
結局は全員捕まって鬼が交代する。
小さい頃は男も女もなく、近所のみんなで集まって色々な遊びをした。
そのうちに、男と女の意識が芽生えて、恥ずかしくなって一緒に遊ばなくなっていった。
ちょうどテレビゲームが流行りだした頃でもあったので、外で遊ばなくなっていったのは時代の流れなのかもしれない。
そんな中ではあったが、女の子はとろくさい自分を遊びながら守ってくれたあの男の子を、クラスが変わってもずっと目の片隅で追いかけていた。
進学する時も、彼の進路を調べて必死で勉強した。
先生はやめた方が良いと言っていたが、滑り止めも彼と同じところにした。
両方落ちる可能性もある賭けではあったが、彼女の必死の努力の甲斐もあって彼と同じ高校に進むことが出来た。
ずっと近所だったこともあって、彼とは昔のように少しだけ仲良くなった。
残念ながら、志望する大学のレベルはだいぶ違った。
女の子はさすがに諦めたが、同じ都市にある大学に進学した。
今までは、男女だからなんとなく照れくさかったが、親元を離れると男女だからこそ仲良くなっていった。
また、昔に戻れたかのように二人で遊ぶ機会も増えていった。
毎日が輝きの中にいるようで幸せだった。
彼に会えない日も彼を思って過ごした。
彼の好みに合わせた部屋で彼を迎え、彼の趣味に染まっていく。
おそろいのカップで紅茶を楽しむ。
実家が近所でもあったので、家族ぐるみで仲良くなっていった。
卒業して彼女はついに彼を射止めた。
周到な準備で外堀を埋めて、蜘蛛のように彼を捕らえたのだ。
彼女は幸せの絶頂だった。
月日が経っていくにつれて、彼女の中で彼の魅力が失われていった。
別に他に好きな男ができたわけではない。
ただ夫婦という括りの中で、誰にも奪われない安心感が、胸の高鳴りと彼への魅力を失わせていった。
今ではもう、彼の秀でた頭脳が生み出した財産にしか興味がもてなくなっていた。
財産を分割すれば、自由気ままに暮らすことも出来るのだ。
人間を独占することが、こんなにも魅力を失わせるとは知らなかった。
もう一度誰かと恋がしたかった。
もう求める恋は十分だった。
次の恋は数人の男たちに、競わせるように求められたかった。
優秀な彼には誰もが好意を寄せていた。
いくつかの会社を所有して、幸せな結婚生活を送っていることも知っている。
それでも、彼の魅力は他の誰よりもずば抜けていた。
女子社員はもとより、取引先の女性も彼に好意を寄せていた。
僕はすでに何人かと枕を共にして、そのうちの一人と深い仲になっていった。
妻は僕を愛してくれていたが、年を重ねるごとに寒々とした空気が流れる瞬間が多くなっていた。
あれほど僕に対してアプローチを続けてきた妻だが、努力家で競争心が強い為に、手に入れたことで僕への執着を失ってしまったのだと感じている。
円満な夫婦生活を演じながらも、僕は新しい恋人といる時間が増えていった。
妻と別れることが出来るならば、この新しい恋人と添い遂げたい。
僕は本心から願っているし、すでに準備も始めていた。
幼馴染の気の合うところであろうか、考えていることは一緒だった。
僕は子供の頃に培った遊びの特技を、知らぬ間に発揮していた。
妻は、昔のように守ってはもらえず翻弄され続けた。
それでも妻は、きっちりと慎重に資産を洗い出し、的確に抑えていった。
僕は、架空の口座を作り資産を隠し、別件で突かれないように新しい彼女とも会わないでいた。
お互いの気持ちに気がついた時に、
鬼の目が開いた。
調停という裁判に似た手段であったが、争う者同士が同じ屋根の下で暮らすのは苦しかった。
調停は妻により財産が明らかにされ、別れの段階に進んでいく。
婚姻後に設立した会社の所有権、都心のタワーマンション、通帳、株券、証券などの金融資産等。
周到に調べ上げた妻の熱意か、何もかも根こそぎであった。
分けられるものは良かったが、分割が出来ない会社の所有権やタワーマンションで揉めた。
結局、準備の行き届いていた妻が、マンションや会社の所有権も手に入れていた。
裁判官による調停の結果での判決が言い渡され、お互い裁判にはしないで判決となった。
僕は完全に負けた上に、多額の弁護士費用も支払う必要があった。
僕はうつむいて調停室を後にした。
勝利した元妻は、意気揚々と自分の所有物になったタワーマンションに引き返す。
荷物を取りに、今日だけはまだ元夫と顔を合わせるかもしれないが、明日以降は顔を合わせる事はなくなるだろう。
別に嫌いになった訳ではないし、あんなに一途にアプローチをし続けた男だ。
勝利を味わうために、最後に抱かせてあげるのも悪くはなかったが、元夫は結局現れなかった。
処分業者が、元夫の自室の荷物だけを綺麗に持ち去っていった。
別に会いたい訳ではなかったが、長年一緒に暮らしていた彼が、最後の瞬間には目の片隅にも入らなかったことがなんとなく寂しかった。
会社の経営に関しては、元妻は何も知らなかった。
当然だが、会社の経営はうまくいかなかった。
元夫が去って、有能な社員ほど見切りを付けて退職していった。
業務が増えた社員も櫛の歯が抜けるように去っていった。
退職に伴う特別損失に加え、有能な社員もいなくなりあっという間に会社は傾いた。
すべての会社を売却して、被害の拡大を防ぐことしか彼女には出来なかった。
傾いた会社とは言え、売却益は彼女を潤した。
自分を慰めるように、天から降ってきた財産で男を漁った。
まだ若いつもりであったが、彼女の魅力は潤沢な資金だった。
男達は彼女に愛を囁き、彼女の魅力をを求め続けた。
夢の実現のためには大きな費用がかかったが、求められたことのない彼女は、舞い上がってこの世の春を満喫した。
湯水のように使い続けた会社の売却利益はすぐに底をついた。
年度末には税金を払わねばならない。
タワーマンションを売払い、マンションに移った。
男、享楽、パーティー、ドレス。
身体に染み付いた男に求められる快感が抜けることはなかった。
手元にはまだ、タワーマンションを売ったお金も、株券も証券もあった。
まだまだ、資金は潤沢であった。
「まだ、まだよ・・・」
「まだたっぷりあるんだから。」
裁判官が調停の内容で判決を下す。
簡易的な調停室での判決だが異議を唱えて裁判にしなければ、それがそのまま法的な効力を有する。
会社も成り上がりの象徴のタワーマンションも取られ、表立った金融資産の半分はもぎ取られた。裁判にすれば会社も、タワーマンションもすべて価値の半分に分けられるはずだが、隠しているものがバレる懸念も十分にある。
争っていたのは、水面に顔を出した氷山の一角のような資産に過ぎなかった。
はっきり言ってどうでもよかった。
判決が下されれば、もう元妻であろうが誰も自分の財産に口出しは出来ない。
新しい女と大手を振って出歩くことが出来ることが、何よりも嬉しかった。
隠した口座には金が溢れていたし、その利益を生み出した出がらしのような会社も、まんまと押し付けることが出来た。
余計な勘ぐりをさせないために、うなだれて調停室を後にした。
これが演技の総仕上げだった。
タワーマンションの荷物は取りに行かなければならないが、パフォーマンスはもう終了している。
処分業者を手配してすべて処分するように伝える。
今夜からは新しい女の部屋に泊まる。
もう何十回も逢瀬を重ね、気心の知れた仲だった。
決まった場所に隠してある合鍵で鍵を開ける。
「何日か旅行に行って、結婚の気持ちを固めてくる」と彼女は家を空けていた。
もう、彼女は贅沢なくしては生きていけない程になっている。
僕以外に彼女に満足感を与えられる人間はいないだろう。
考えても何も変わらないだろう。
手狭な部屋には、一人暮らしの若い女の華やいだ香りがする。
僕の趣味に合わせた部屋は、学生時代の元妻のアパートにどことなく似ていると思った。
彼女が戻ったらまず、都心のタワーマンションを買いに行こう。
こんな日に家にいない彼女は、子猫のように自由気ままに青春を謳歌し、僕を翻弄する。
そんなところも、新鮮で楽しい。
彼女がいないのは残念だが、独り身の気楽さを感じるには良い機会だろう。
僕はこれから隠してきた金を使い、隠してきた女と共に人生の余暇を満喫する。
すべてをさらしても、非難出来るものはいないのだ。
女の香りのするベッドに横になり、数字の並んだ通帳を開く。
「僕は今まで働きすぎていたのかもしれないな。」
「もう、いいよな・・・」
楽しい太陽と常夏の海辺の風景の中で、女と楽しんでいる自分の姿が浮かんでくる。
「いや、まだだ・・・。お楽しみはこれからだ。」
女は社長だった彼とどんどんと仲良くなっていった。
気持ちを理解してくれているような彼を、私は漢らしく心強いとさえ感じていた。
いつしか私に寄り添ってくれる彼に惹かれ、愛を受け入れていた。
年は離れていたが、彼には知性と優しさがあった。
何よりも自分の自由にできる会社をいくつも所有しており、常にお金が溢れていた。
地下水が湧き出すように、新鮮なお金が溢れてくるのだ。
新鮮な地下水で顔を洗い、身体を清める。
磨き上げた身体にドレスをまとい、人前で華やかに舞い踊る。
ステージの上の私は、私であって私でないようにキラキラと輝いていた。
そんな自分を輝かせてくれる彼と一緒にいられることが幸せだった。
ただ、彼が既婚者であった為、華やいだステージを降りるとすぐに真っ黒な布をかけられ隠されてしまう。
ある時、彼から離婚の準備をしているという話を聞いた。
願いが通じたという思いが体中を駆け巡った。
その夜は、嬉しくて眠ることが出来なかった。
離婚の準備は奥さんにバレないように、水面下で進められているようだった。
調停で進めると聞いたが、月一回の調停はなかなか進まない。
眼の前に餌をぶら下げたままで、いつまで私を待たせるのだろうか。
月日とともに苛立ちが募ってくる。
段々と面倒くさくなってきていた。
時間が不安を生み出していった。
「家に入るの・・・? 私が?」
急に自分のことを、翼をもがれた鳥のように不自由に感じた。
「あんな年寄と一緒に暮らすの?」
キラキラした生活と華やかな世界は約束されるが、お金のためと割り切っても自分が惨めに思えてきた。
「向こうの要求はすべて飲んで終わらせてくるよ。」
そう言っていた調停最終日のスケジュールに合わせて、私は一人旅の予定を入れた。
勢いで婚姻届けを書かされてはたまったものではない。
彼は考えるまでもないと自信満々であったが、一人になってゆっくりと考える為の旅行だ。
旅行には彼のキャッシュカードをこっそりと持ってきていた。
結婚前に、彼の資産を確認しておきたかったのだ。
お金のためではあったが、彼と愛を交わして何度も通じ合った。
彼の癖も、お気に入りも知っていた。
多分これだろうと感じるものがあった。
試しに番号を入れてみると、彼のお気に入りの番号で画面が切り替わった。
「・・・やっぱり、彼はお金持ちだ。」
これだけあれば、私のステージは常に黄金に輝き続ける。
自分の将来と夢が一気に叶う気がした。
ちょっと借りるつもりで、機械から20万円を引き出してみた。
簡単にお金が手に入った。
20万円を握りしめた彼女には、もう迷いはなかった。
そのまま彼女は、全額を自分の口座に振り込んだ。
会社の資金を振り込む為に上限を解除したキャッシュカードは、すべての金額を彼女の口座に移し替えた。
彼女の自由が約束された瞬間だった。
すべての不安がなくなり、自由の翼を取り戻したような気がした。
「私はまだ、若いのよ。」
「さよなら、おじさん。」
「もう、いいわよ。・・・じゃあね♡」
僕は、彼女のベッドの上で、数字だけが入った抜け殻の通帳を眺めて未来を夢見ていた。
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