第二話 転生者アイーダ
アイーダは、転生者である。
ロドリゲス公爵家の一人娘として生まれた彼女には、生まれたときから薄っすらと前世の記憶があった。
だからだろう。
現世における彼女の一番古い記憶は、父の七色に発光するような銀髪や、母のつやつやピンク色の髪への驚きだ。
(何でそんな髪色なの? 髪といえば黒。そして白髪。許されて茶髪や金髪、赤毛くらいでしょ?)
と思ったアイーダの髪色は赤だ。
そもそも赤子が心の中とはいえ、しっかりとした言語で思考することそのものがイレギュラーであることに、アイーダは気付いていなかった。
成長するにつれ、現世と前世の記憶による混乱は深まっていく。
幼いのに出来てしまうことの多かったアイーダは、イレギュラーとレギュラーの違いが分からず戸惑った。
しかし彼女には兄弟姉妹はおらず、公爵令嬢という立場も相まって相談できる相手がいない。
だからアイーダは、一人で考えるしかなかった。
「なぜ私は、こんなにも生き辛いのかしら……」
十歳の誕生日。
アイーダはひとりベッドの上でつぶやき、そして眠った。
その夜。
夢の中に女神が現れた。
「貴女には異世界で生きていた前世があるの。そのときは社畜OLと呼ばれる生き物で、働き過ぎで死んでしまったのよ。あまりに不憫な人生でしょう? だから私はこの世界に貴女を転生させたの」
金色の長い髪をサラサラと風になびかせながら女神は言った。
その表情は慈愛に満ちていながらも得意げだ。
この女神、見た目は美しいが性格の癖が酷い。
「公爵令嬢としてかしずかれ、敬われ、贅沢に暮らせてとても幸せでしょう? だから貴女は今、私に対する感謝の気持ちでいっぱいだと思うの」
明らかに自分の世界に浸っているナルシストな女神を見て、アイーダは思った。
ぶん殴りたい。
アイーダは幼い頃から、割と力にモノを言わせたいタイプであった。
実行することは周りが許さなかったものの、腕力は全てを解決するという考えが常に頭の片隅にあるのだ。
アイーダにとって貴族社会は、とっても生きにくい場所だった。
だからあえてそこに転生させた女神を見て、一発殴らせろ、という気持ちになったことは彼女にとってはとても自然なことである。
だがそれを実行することは叶わなかった。
この時、アイーダの頭の中は、それどころの騒ぎではなかったのだ。
脳裏に次から次へと色鮮やかに浮かび上がる前世の記憶。
正直、要らない。この記憶。
この後、アイーダは何度そう思ったか知れない。
女神の言う通り、前世のアイーダは社畜OLだった。
女のくせに、と言われながら必死に勉強して就職し、女はいいよな~楽で、などと言われながら薄給を得るために必死で働いた。
セクハラやパワハラにも耐え、 残業につぐ残業をこなし、生理痛に苦しみながらも働いたのだ。
そんな彼女を支えていたのが筋肉、そしてハンサムマッチョメン。
推しの筋肉は、ひときわ尊い。
推しとマッスルに支えられ、前世のアイーダは働きに働いた。
そしてある日、限界突破してしまった体は、唐突かつ静かに死を迎えたのだ。
享年25歳。若すぎてムカつく。
死因は過労。酷すぎてムカつく。
この日。
アイーダは前世へのムカつきをバンバン感じつつ、アレ今生もたいして違わないよね? と思いながら目覚めたのだった。
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