すずちゃんのヘルプデスク事件簿 短編2

よつば

プロローグ

 ある日の月曜の午前。業務委託として参画したばかりの李星宇リ シンユーは、慌てた様子で向かってくる中年男性を見かけた。手元には閉じかけたパソコンを抱えている。彼の勘だと緊急事態と見て取れた。

「すずちゃん、あの人、何かおかしくない?」

 李の隣で声をかけられた阿部鈴音あべすずねも確かにと思った。阿部の姿を見た男性は、ヘルプデスク窓口へ駆け込むと同時に名指しした。

「阿部さん、お疲れ様です。生産技術部の田宮たみやです。いきなりで申し訳ないですが、ちょっとWeb会議に出てくれませんか」

「どのようなご用件でしょうか?」

 田宮は首だけで周囲を見回した後、ここではちょっと、と小声で話しかけてきた。小太り気味で首だけで周囲を見渡すのは難しそうだ。

 阿部は窓際にあるテーブルへ案内すると、パソコンを開いてWeb会議画面を見せた。画面の左下には「生産部 山崎やまざき」と、作業着姿の細フレーム眼鏡をかけた気難しそうな男性が映っていた。栃木県にある自社の壬生みぶ工場の社員のようだ。

「山崎さん、こちらがヘルプデスクチームの阿部さんです」

「初めまして、阿部と申します。壬生工場の方がご用件って何でしょうか?」

「阿部さん、お疲れ様です。実は先週、田宮さんから頂いた技術データの一部が流出していると内部で話題になっていまして、そちらに情報来てないですか」

 山崎が不機嫌そうだが端的に要点をまとめてまくし立てた。

 技術データの外部流出。外部会社のファイル送受信ツールを使っているが、果たしてどこで流出したのだろうか。

「私、情報漏洩ろうえいはしておりませんし、山崎さんにはいつものツールで資料送っているんですよ? 家にパソコン持ち帰っていないし、ありえないですよね」

「田宮さん、落ち着いてください。詳しい事情を聞いていないですし、山崎さんに迷惑がかかりますよ」

「上のモノに注意したいんですが、今お手隙でしょうか」

 山崎に促されて阿部はグループウェアのカレンダーでITシステム戦略部の小田原和子おだわらかずこの予定を確認した。生憎あいにく、ホールディングスの担当と海外支部との月一オンラインミーティング中だ。そのことを山崎に伝えると、舌打ちする音がマイクを拾った。

「すみません、マネージャーが別のミーティング中なので、こちらから通報があったと伝えます。そして終わるまでこちらで調べられることは対応します。それまで落ち着いてください、お願いいたします」

「わ、私からもよろしくお願いします!」

 阿部と田宮は懇願こんがんした状態でWeb会議を終了させた。田宮の顔には秋なのにうっすらと汗をかいている。走ってきただけでなく、山崎の対応にも怯えているようだ。

「す、すみません。私、これでクビになったら、子供の教育費やローンが払えなくなっちゃいますよ……静かに六十歳を迎えたいのに……」

「田宮さん、まずは落ち着いてください。小田原さんにチャットで用件だけ伝えますので、どう対応するか返信後に確認しましょう」

「あぁ、阿部さん。社長賞を獲っただけあって優秀な人だ……本当によろしくお願いします!」

 名指ししたのはそのためか。阿部は先月発生した学生ベンチャー企業によるパソコン転売事件で社長賞を獲り、社内報に顔出しで取り上げられたのを思い出した。その時は情報システムチームの松原大吾まつばらだいごと共に大阪まで出向いて解決したものだ。


「メールの送信元と受信元を確認して。松原君にも協力を仰ぐ」


 すぐさま、小田原からチャットが返ってきた。今回もまた松原とコンビを組んで対応しなければならないのか。技術的な部分では頼りになるのは前回の件で知りつつも、頼られすぎではないかと思い、田宮にファイル送受信時のメールを見せて欲しいとお願いした。

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