第17話 和風豪邸に住む萩原さんを訪ねる
日曜の早番で柿本由良ちゃんと仕事をしていたら、電話がかかってきた。私が電話応対をする。
「毎度ありがとうございます。【パティスリーフカミ】でございます」
『ああ、さっきケーキを買った萩原っていうんだけど』
「いつもありがとうございます、萩原様。どのようなご用件でしょうか?」
私が問うと、萩原透さんは言いにくそうに、それでも用件を伝えてくれた。
『あのさ、俺、ティラミスシフォンケーキを頼んだんだよ。レシートにもティラミスシフォンケーキって書いてあるし。でも箱に入っていたのはティラミスケーキだったんだ。よく確かめなかった俺も悪いんだけど』
入れ間違いの電話に私は慌ててPOSレジを確かめた。レジ記録を遡ってみる。担当者が「柿本由良」で、商品は「ティラミスシフォンケーキ」になっていた。
「大変申し訳ございません、萩原様。今すぐにティラミスシフォンケーキを萩原様のお宅までお届けにまいりますが、ご都合はよろしいでしょうか?」
『それはいいけど……。わざわざ家までこなくてもいいのに』
「こちらのミスですので、すぐに正しい商品をお届けに伺います。誠に申し訳ございません」
萩原さんの住所を訊いて、私はティラミスシフォンケーキとお詫びの品である焼き菓子を持って、由良ちゃんに声をかけた。
「私、今から萩原様のお宅まで行ってくるから、売店が混んだらカフェスペースか実演販売の人に応援頼んでね」
「そんな……。私のミスですから、私が萩原様の家までお届けに行きます」
「そういうわけにはいかないの。こういうのは責任者の社員の仕事だからね」
複雑そうな表情の由良ちゃんを残して、私はお店を出る。タクシーを捕まえて、十分ほど乗り、萩原さんのお宅に到着した。とても大きな和風邸宅で、萩原さんのイメージとは違い、少しびっくりしてしまった。
呼び鈴を鳴らすと、萩原さん自身が出てくれた。どうも待っていてくれたらしい。門をくぐりぬけて、引き戸の玄関を遠慮がちに開いた。
「お邪魔いたします。【パティスリーフカミ】の浅岡薫です。正しい商品をお持ちいたしました。お確かめくださいませ」
私はケーキ箱の蓋を開けて、ティラミスシフォンケーキを見せる。和装の萩原さんはそれを確認して頷いた。
「そう、それ。持ってきてもらっちゃってごめんね」
「いえ、こちらが入れ間違いをしたものですから。本当に申し訳ございません」
持参した、お詫びの焼き菓子も差し出すと、萩原さんは目を見開いた。
「そんなにもらえないよ。悪いじゃん」
「そういうわけにもいきません。どうぞお受け取りください」
焼き菓子をしぶしぶといった風情で、萩原さんは手にした。その代わり、私を奥の座敷に呼んだ。
「こんなに食べきれないから、薫ちゃんも一緒に食べていってよ。五分程度なら構わないでしょ?」
「え? それは……」
「いいじゃん。ね?」
強引に萩原さんに座敷へ連れて行かれて、焼き菓子を取り出して一個渡された。
フィナンシェは私も好きだが、お客さんに差し上げたものを食べていいのか迷ってしまう。それでも彼が素早くお茶を出してくれたので、断る隙がなかった。
萩原さんはマドレーヌを美味しそうに口に運んでいる。
「これ、美味しいね。今度買うよ」
「はあ……。ありがとうございます」
黒地に更紗柄の着物は、萩原さんのひとつにくくった銀髪に合っていて、普段とのギャップに新鮮さを覚える。いつもとは違う一面に魅力を感じた。
五分ほどおしゃべりをしてから焼き菓子を食べ終え、私はもう一度謝りながら、萩原さんのお宅を後にした。
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