ワカバを連れて⑤
十中八九、これがいけなかったのだろう。いや、そもそも、初手を間違えたのだ。途中下車をするつもりはなかった。その証拠にキラは軽装であり、ワカバなど、砂漠を歩くに適したとは到底思えない姿で、キラの後から付いてきているのだ。しかし、あの風体でよくキラの速度から離れずに付いて歩けるものだ。
ワカバは黙ったままキラに付いてくる。
この状況は嫌な予感しか生まない。
様々な憶測を脳裏に浮かべ、同じ道を歩んでしまったことに対する反省もあった。
始めは、とりあえず、ローリエまでのはずだった。それなのに、黄靄の煙る向こうに、嫌な人影を見つけてしまったのだ。あれは、国の衛兵だ。
もしかしたら、アイルゴットは有能な王なのかもしれない。怖がりも度を超えれば賢王になれるのかもしれない。この調子だとロゼも同じ状況だろう。仕方なく諦めて、オリーブへ向かうことにした。
オリーブは終着駅にも拘わらず、その土地柄から抜け道が多い。
ただ、そこへ向かうしかないということは、途中、砂漠の町々を繋ぐ駱駝便の居留地で、一泊する必要はあるだろう。砂漠の夜を歩き回ると言うことは、それだけで死に繋がる。
気温差と魔獣だけでなく、砂漠に潜む人を喰うようになった夜盗が存在するからだ。
昼は暑さに喰われ、夜は
そして、それらはあまり嬉しい事態ではない。
そう思い、泣き言ひとつ言わずに、ただただ付いてくるワカバを時折振り返りながら、キラは『ワカバは魔女説』を力強く支持したくなってきていた。
足を止める。縮まる距離。まるで、親からはぐれないように必死に付いていく獣の仔のよう。
しかしながら、キラを見上げるワカバの頬は、人間が日に焼けるとそうなるように、真っ赤だった。
「一度飲んでおけ」
ワカバに突き出したものは、キラの腰に結わえていた水筒だった。こんなところで倒れられては大変だ、と思ったのだ。さらに言えば、砂漠の道を、いかにワカバが軽いとは言え、人ひとりでも背負って歩く気にはなれない。
同時に何かをすることが苦手なのか、ひとつひとつを不器用に熟す。ワカバは慎重に水筒の蓋を開け、慎重にそれを口に運ぶ。
歩きながらの水分補給は出来ないようだった。
「それから、……さっきの手巾、貸してみろ」
キラは飲み終わったらしい水筒をワカバから受け取りながら、次の指示を伝える。やはり、ゆっくりとした動作で自分の手巾をキラに渡す。
頬被りにでもしておけば、少しましかもしれない。
そんなことを考えながら、手巾を広げ、三角を作った。信用されているのかいないのか、ワカバはキラにされるがまま、頭に布を巻かれている。
いや、きっと信用するという意味も、信用しないという意味も分かっていないのだろう。
キラはワカバの年齢をさらに引き下げて考える。
きっと、そう。ワカバは三つくらいの女児なのだ。ぎゃあぎゃあ泣かないだけ、ましである。
そうでも思っていないと、ワカバを連れて歩けなかった。
幼い子どもであるのなら、それ相応の要求であればいい。しかし、ワカバの要求は幼い子どものそれではない。
キラの腕の怪我を治した、その応酬。
キラは何かを求めたわけではない。お前が勝手にやったことだろう?
黙ったままキラを見つめる、魔女かもしれないその少女に、キラは言葉を呑み込み、すべてを観念していた。
真っ直ぐに見つめられ、こぼれ落ちた言葉。その言葉自体に意味はない。
「ときわの森……そこへ」
それがキラにとって聞きたくなかった言葉であっただけで。
ワカバの新緑色が太陽の光を吸い込んで、真っ直ぐキラに注がれていた。まるで、太陽の下に躍り出てしまった蚯蚓のように、干乾びるのをただ待つかのように、精一杯の抗いをするだけ。
「馬鹿言うなよ、あんなところ」
冷や汗とともに脳裏に繰り返される言葉がキラを支配した。
『……奴らは悪魔だ』
キラの右上腕はもう痛まない。
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