そこにあるものは何者なのか②


 魔女を捕まえたあの夜から、犬の正式採用が決まった。それに加え、『メイ・K・マイアード』と書かれた表彰状を上から頂くこととなった。

 どこの誰かも分からない名前が書かれた表彰状のせいで、キラは今、居心地が悪い。

 出世にも正式採用にも興味のないやる気のない奴で通していたかったのだ。

 やはり、魔女などと関わってしまったがために、風向きが変わってしまったのだ。

「お前、自分の採用より犬の採用を願うだなんて、馬鹿だよなぁ」

 そう言うのは、いつも共に見張りをする先輩衛兵だった。

「あまり興味がないので……」

 本心だった。しかし、先輩衛兵は、いつもそこで説教を始めるのだ。年長者ぶって。

「あのな、今はそれでいいかもしれないけど、将来を考えればな……」

『キラ』に将来なんてない。そんなことを知らない先輩兵には申し訳ないが、だからその説教も右から左になってしまう。しかし、そんなこと構わずに彼は続けた。

「良い腕は持ってる。訓練次第では群を抜くかもしれない。それに、ランド副所長にも気に入られているんだろ?」

「いや、あれは違います」

 先輩衛兵の視線の先には黒いたすきがあった。しならせるとそれは、黒鉄くろがねの棒になるらしい。研究所の職員はそれぞれ変わった研究を突き詰めているが、その研究所で副所長をしている一段変わったランドという奴からもらった物だった。


「あれは、お礼だそうで」

「お礼?」


 そして、喋りすぎたことに気付き、キラは言葉を選んだ。

「えぇ、挨拶の……お礼だそうです」

「挨拶? お前から挨拶をしたのか? どんな気まぐれだよ」

 キラは曖昧に笑い、そこでお喋りを止めた。

 ここでのキラはやる気のない傭兵である。そして、人との関わりを避けたい人物。

「まぁ、あの副所長もたいがい変人だからな」

 それで納得したようで、先輩衛兵も、お喋りを止めた。ランドが変人で良かった。

 しかし、油断の出来ない、さすが副所長に選ばれただけある変人だった。

『今、研究所の一角に、ひとりの少女が魔女として監禁されています。その少女と先日喧嘩をしたまま別れてしまったんですよね……。お詫びの品を贈りたいのですが、思いつかなくてね。あなたと同じくらいの年齢なんですよ。何がいいと思いますか?』

 表情を隠す黒眼鏡からは、意図は掴めなかった。しかし、その質問を、不用意にどこの馬の骨とも知れない一傭兵に、吹っかけてきたのだ。

 どこか探られている気がした。何を探りたいのか。

 奴は魔女についての研究をしているひとりだ。しかも、『魔女』という存在を否定したいがための。

『魔女にお詫びだなんて、分かるわけありませんよ。それに、お詫びをしたいのなら、まずは品物ではなく謝るべきだ』

 キラの答えに対して彼は大袈裟に納得して見せていた。

 そのお礼。

 よく分からない物をもらったが、二度と奴には近づきたくないと思った。


 奴は危険だ。奴の立場上、いくら研究所所長止まりだと言っても、キラの過去を探れる立場にある。

 ジャックに身を落とした者は、いつかジャックに殺されるのだ。それは、変えられない。使えるだけ使われて、終わる人生。

 キラは望んでそうなった。

 望んだのだ。

 波風は立てないで欲しかった。

 先輩衛兵は、そのまま報告書を書きに机に向かっていた。おそらく、あの日のキラの報告をもう一度まとめているのだろう。

 詰所の窓から見えるのは、満月だった。静かな夜だ。

 あれ以来、リディアスが魔女を匿っていたのではないかという不穏な噂が町を巡っていた。その噂を高圧的に抑えにかかった国務大臣が、ごろつきに襲われた。

 もちろん、ごろつきはすぐに捕らえられたが、次は国王暗殺の噂まで実しやかにささやかれているのが現状だ。

 さらに、運の悪いことにあの魔女を匿った老女がいたのだ。おそらく、孫のようにでも思ったのだろう。

 老女のいる場所はイーグル通り。平均から少し上とされる民が住む場所だった。せめて、貴族連中の住居が存在するカナリア通りの住人だったら良かったのに、老女の住む場所は、都合よくイーグルだった。

 だから、利用された。

『魔女を匿っていたのはあの老女。魔女に関わる、それだけが悪。それをゆめゆめ忘れるな』

 そんなお触れを各通りに通達して。


 あの魔女はいったい何のために逃亡し、何のために城壁にまで戻ってきたのだろう。

 キラは満月の光を眺めながら、あの日の魔女を思い出していた。


「お前が逃げた魔女か」

 というキラの問いに、怯えながら頷く魔女の姿を。

 そして、抵抗するでもなくキラに捕らえられたあの魔女を、考えた。

 逃げた……のだろうか。


 あの魔女が逃亡などしなければ、老婆は磔になることはなかったし、キラに対する風当たりが強くなることもなかった。

 抵抗くらいすれば、逃がしてもやれた。完全に逃げてしまえば、現在の腰抜け国王アイルゴットなら、彼を養護する大臣連中なら、なかったことにも出来たはずだ。

 どうして戻ってきたのだろう。

 しかし、老婆の心境はよく分かった。老婆はキラと同じような心境に至ったのかもしれない。

 幼い子のようなおどおどとした表情で、犬に怯える魔女は魔女らしくない。しかし、彼女の起こした風のせいで、少なくともごろつきと老婆の二人が死んでいる。

 これからも増えるかもしれない。

 そう、彼女がすべての元凶なのだ。


 そして、その元凶がまた動くこととなるなんて、誰も思いもしなかった。再び魔女が逃げたのだ。

 しかも、今度は研究所長官であるラルーまでもが関わっていた。

 魔女と噂されているあのラルーが手引きをして、共に姿を消したのだ。

 そして、国王が大臣を追詰めた。

 側近だけを連れて、空っぽの老婆の家の前で泣いて謝ったのだ。

「私が間違っていました」と。「どうか呪い殺さないで下さい」と。

 お笑い種だが、大臣達は大慌てだった。

 さらに追い打ちをかけるようにして、アイルゴットが暴走気味に直々に通達してきたのだ。


『傭兵部隊は解散する』


 このラルーの裏切りにより、国王暗殺計画が彼の中で大きく真実味を帯びたのだろう。ここ最近研究所内は荒れていた。

 一度目の魔女逃亡と日を同じくして、ここの長官だったランネルが失踪し、長官代理という形で、素性のよく分からないラルーが長官に推され、その後魔女と共に逃亡。

 次は国王か。

 そういう風に感じられる世相ではある。人々は貧しい。魔女狩りも成功しない。誰もが国を信用していない。そんな時には、実権を握りたくなる何かが動くものだ。

 しかし、実際のところ誰もアイルゴットなど暗殺しようとは思っていないのだ。彼はお飾り。誰もがそう思っている。この国を裏から操ろうとするならば、あの弱腰の国王がちょうど良い。どちらかと言えば、切れ者と言われている病弱な第二王子グラディール殿下が即位していたら、実行されていたかもしれない計画なのだ。

 暗殺計画に恐れて、あの老婆の家の前で土下座をしてしまった、ただ怖がりな国王だったが、この通達は間違ってはいない。

 キラのようなモノが、城内から排除されたのだから。


「お世話になりました」


 頬を青くしたキラは深々とお辞儀をし、詰め所を後にした。あの犬の悲しそうな声だけが響いていた。

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