第5話 後輩とのお食事

「……うわ、すっげぇ。こんな高そうなとこ来るの初めてっすよ、俺」

「……そう、気に入ってくれて何よりだわ」



 それから、30分ほど経て。

 そう、目を輝かせ話す美男子。こういう表情かおをしてくれるだけでも、ここに連れてきた甲斐があるというもので。……うん、ほんと良かった。キャンセルするの忘れてて。


 さて、私達がいるのは広々とした玄関口――25階建ての高層タワーにて、来客を迎える玄関口で。……うん、未だに慣れない。まあ、私自身こういう日にしか来ないわけだし。




『……えっ、マジっすか!? やった、タダで飯にありつける! それもフレンチ!』


 良かったら、一緒に食事でもどうかしら――予定の有無を確認した後そう尋ねると、目を輝かせそう口にする戸波となみくん。まるで子どものようなその反応に、さっきまで暗鬱を一瞬忘れ思わず笑みが洩れてしまう。


 ともあれ、そういうわけで今向かっているのはこのタワーの21階に位置する高級フレンチ店――繰り返しになるけど、こういう日にしか来ない何とも敷居が高……そういえば、本来の意味は違ったっけ? この表現。……うん、まあいっか。


 ……ところで、それはそうと――


「……それにしても、やっぱり随分と見違えるものなのね」

「……へっ?」

「貴方のその格好よ。普段、まず着ないでしょう。そんなきっちりした服」

「……ああ、確かに。以前、友達の結婚式で1回着ただけですしね。正直、今でもちょっと窮屈っす」

「……全く、貴方らしいわね」


 エレベーターを降り会場へ向かう最中さなか、今更ながらそう伝えてみる。何のことかと言うと、彼の姿――普段はまずお目にかかれない、漆黒くろ燕尾服タキシードを纏った姿のことで。


 と言うのも、ここは高級店であるからしてドレスコードが存在する。なので、急に誘っておいて申し訳ないけれど、彼にはここに来るまでにいったん家に戻り然るべき服装に着替えてもらっていたわけで。……いや、ほんと持ってて良かった。彼が出席したという、その結婚式のお友達に感謝ね。


 ……さて、それはそうと――


「……ん? どうかしました先輩?」

「あ、いえ……」


 そう、首を傾げ尋ねる戸波くん。そして、そんな彼に目を逸らし答える私。いや、答えてないか。ただ……うん、流石に言えないよね。……その、普段と違う彼の姿に胸が――


「……それにしても、いつもですけど……いつも以上にいっそう綺麗ですね、今日の先輩」

「……っ!? ……そ、そう……」

「ええ、とっても!」


 そんな彼の不意打ちに、いっそう鼓動が速まる私。うん、分かっている。彼同様、平時よりきちんとした服装をしてる私を褒めてくれただけ。別に、深い意味なんてない。分かってるけど……全く、心臓に悪い。




「……うわぁ、めっちゃ美味そう。頂いちゃってもいいすか、先輩?」

「ふふっ、どうぞ」

「やった、では頂きます!」


 その後、しばらくして。

 運ばれてきた料理を前に、キラキラと目を輝かせ尋ねる戸波くん。まあ、場所が場所だけに声は抑えめにしてくれているけれど。


 その後、食事をしつつ他愛もない会話を交わす私達。誘っておいて今更だけど、私といてどうなるかと懸念はあったものの……そこは、流石の戸波くん。無愛想でロクに話も出来ない私みたいな相手でも本当に楽しそうに話してくれる。……ほんと、誰からも好かれるわけね。まあ、それだけが理由でもないだろうけど。……ただ、彼には申し訳ないけど、私はまだ――



「……あの、高月たかつき先輩。その……なにか、あったんですよね?」

「…………へっ?」


 ふと、そう問い掛ける戸波くん。いつもの柔らかな微笑……それでいて、いつもと違う真剣さがひしひしと伝わる微笑で。


「……でも、私は……」


 とは言え……うん、流石に躊躇われる。別に私自身が話したくない、というわけでもなく……ただ、別に楽しくもないことを……それも、この食事の場で口にすることが――



「……もちろん、話したくないなら無理にとは言いません。ですが……俺は、貴女の話が聞きたいんです、高月先輩」

「…………戸波くん」


 すると、躊躇う私に優しく告げる戸波くん。……ほんと、お人好しにもほどがある。なので――


「……別に、楽しい話じゃないけれど……それでも良いのね?」


 そう、揶揄からかうように微笑み告げる。すると、彼も可笑しそうに微笑み頷いた。





「…………それは、相手が悪いっすよ! ……あっ、すみません皆さん」

「……そ、そう?」


 それから、数十分後。

 私の話を聞き終えた後、力強くそう告げる戸波くん。ちなみに、後の謝罪は大きな声を出してしまったことに関してで。まあ、きっと無意識だったのだろう。……ただ、そう言ってくれるのはありがたいのだけど――


「……でも、私にも原因があったように思うわ。愛想もないし、傲慢だし……」

「まあ、確かに先輩はほとんど愛想もないしちょっぴり傲慢かもしれませんが――」

「おいそこの後輩」


 そう、なおも真剣に答える彼に思わずツッコミを入れる。……いや、我ながらほんとのことだと思うし否定してほしかったわけじゃないけど、けど……いや、貴方は否定してよ。貴方だけは否定してよ。



「……ですが、それとこれとは話が別です。嫌ならちゃんと先に言って別れれば良い。こっそり浮気して裏切って良い理由なんかにはならない。だから、貴女は何も悪くないっす。高月先輩」

「…………戸波くん」


 すると、私のを見つめたままはっきりと告げる戸波くん。……えっと、なんと言えばいいのだろう。……うん、やっぱりまずは――


「……その、あり――」

「……でも、俺がその彼氏さんに文句を言うのは普通に筋違い……と言うか、むしろ感謝すべきなんすけどね」

「……? それは、どういう――」

「だって、その人が浮気してくれたから、こうして今先輩と食事できてるわけですし」

「……っ!?」


 すると、ニコッと微笑み告げる戸波くん。本音かどうかなど疑う余地もないくらい、さながら天使のような無邪気な笑顔で。そんな彼に、私は――



「……食べ物に、釣られただけでしょ」



 ――そう、一言返すのが精一杯で。





 

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