第3話 クリスマスイブ

「……そろそろ、時間かしら。それでは、戸波となみくん。本当に悪いのだけど――」

「ええ、お任せください! 思いっ切り楽しんできてくださいね、高月たかつき先輩!」

「……ええ、ありがとう戸波くん」



 12月下旬の、ある宵の頃。

 少し躊躇いがちな私の言葉に被せる形で、どうしてか敬礼のポーズと共に笑顔で言い放つ戸波くん。本日は私用にて少し早めに店を出るのだけど、終わり切らなかった私の仕事を彼が引き受けてくれることになっていて。


 尤も、言い訳だとは承知しているものの――私としては、自分で全て終わらせていくつもりだった。だけど、事情を知る彼が自ら申し出てくれたわけで……うん、ありがとう。今度、何らかの形で埋め合わせはさせてもらうわ。




(……ねえ、聞いた? 高月、今日早退するらしいよ)

(……それも、戸波くんに仕事を押し付けて。戸波くんは、自分で申し出たって言ってたけど……絶対、高月あいつにそう言えって言われたんだよ)

(……うっわ、それってパワハラじゃん。最悪)

(……それに、あいつがこんな日に予定とか絶対ないって。どうせ、彼氏の1人もいないと思われるのが恥ずかしくて予定ある振りしてるだけだって)


 本日、昼休みにて。

 休憩室の前を通ると、微かに届くそんなやり取り。まあ、別に驚きはない。むしろ、予想通り――私という嫌われ者が、よりにもよってクリスマスイブというこの日に限って早退なんて知られたら、きっとこの手のことを言われるであろうことは自明にもほどがあって。


 なので、そんなことより……良かった、彼が悪く言われてなくて。まあ、それはないとは思ってたけど……でも、万が一ということもあるし。



 

「……やっぱり、早すぎたかな」


 ともあれ、退社から数十分後。

 そう、ポツリと呟く。そんな私がいるのは、住宅街に佇む鉄筋の二階建てアパートの前。一応、遅れないよう早めに来たのだけど……うん、1時間前は流石に早いよね。これなら、彼に任せずとも自分で……いや、それだと万が一にも長引いて遅れる可能性も……うん、やっぱり今日はこれで良かった。彼には今度、何らかの形で埋め合わせをしよう。


 そう、改めて謝意を抱きつつ歩みを進める。向かう先は、2階のちょうど真ん中の部屋――中学から3年以上付き合っている、現在大学1年生の彼氏の部屋で。

 なので、普段は気にも留めないスタッフ達の陰口だけども……まあ、今回に限ってはちょっとだけ気にしてたり。パワハラだの何だの、色々勝手なことを言ってたけど……でも、部下に仕事を任せて自分はデートのため早退しちゃってるのは事実だし。……まあ、それでも戸波くん以外に謝る筋合いはないんだけど。


 ともあれ、ゆっくり板金の階段を上がり2階へ。その歩みとは対照的に、心臓は猛スピードで早鐘を打つ。もう3年以上になるのに、未だ慣れない辺りほんとこの手のことに関しては――



「………………え」



 

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