第3話転校生ばかりがヒロインじゃないってこの日初めて知りました

「はーいみんなー、席に着けー?」


 予鈴と同時に間延びした声で女性が入ってくる。女性と言い表したのは、果たしてその人物が教員なのか同じ学校の先輩なのか一目では判別出来なかったからだ。

 無論、格好がスーツ姿だしこの時間に入って来るのだから教職員に違いないのだろうが、随分と若く見えた。俺達とそれほど違わないのではないか?

 教師が教壇に立ったというのに、憶測を含んだヒソヒソ声が広がって教室はうわついた雰囲気に包まれる。

 俺もその中のうわついた一人だ。


「新任だったら当たりだな」


「そうね、美人だし」


「何だ恋花れんか、妬いてるのか」


「は?二度と話しかけて来ないで」



 やったね、向崎こうざきさんは相変わらず絶好調だ!

 恋人から友達に戻った事で好感度の数値がプラスからゼロになったかと思えば、マイナスにそのまま書き換わってるぞ。今日はもう話掛けるの控えよう。


 教室がいよいよ収拾が付かない雰囲気になってきた所で、教壇に立った女性教師が開手を打って終止符とした。



「はい、静かに!…って、これ一回言ってみたかったんだよね」


 ふざけるな何だそれ、可愛いじゃないか。

 女性教師は静寂の場を取り戻してから、着せられたように馴染んでいないスーツの襟を正す。それからクラス全員の注目を一身に浴びて黒板へ自身の名前を書き進めた。

 やがてチョークを置くと、くるりと振り返って眩しい笑みを作った。



 「近島葵ちかしまあおいです、今日から君たちの先生になります。実習を抜けて私が初めて受け持つクラスなので、不慣れな所はあると思いますが、皆にとってのお姉さんみたいな、そんな先生になれるように精一杯頑張ります。宜しくお願いします!」



 ハツラツとした先生の会釈から間髪容れず、一気に歓声が湧き上がる。

 そうか、俺は弟だったんだ。だからこんなにも胸の奥底から興奮が込み上げるのか。お姉さん万歳。

 去年の担任も爽やかで道徳的な良い教師だったのだが、今年から他校へ転属となってしまった。そのしらせを最初に聞いた時は、それなりにショックを受けたし、彼の後任が誰になるのか少々不安でもあった。しかし今回のイベント。正しい表現ではないかも知れないが、所謂いわゆるこの教師ガチャ。大当たりに違いない。

 クラスメイト達もそう思ってか、次々に設けられてもいない質問タイムに入る。


「先生、年齢はいくつですかー!」

「に、22歳です」


 やはり若いな。


「好きな食べ物はー!」

「た、たけのこの土佐煮?」


 渋いな。


「彼氏はいますかー!」

「卒業したら聞きにきてね」


 立候補します。


 他にもあらゆるジャンルの質問が飛び交う教室。まるで転校生が来たみたいだ。初めての担任がこのクラスとは苦労するなあ、とどこか他人行儀で見ていると、それらを制するように再び予鈴が鳴った。これ幸いとばかりに近島先生は教師らしく最初の指示を出す。


「はーい、次はいよいよ始業式だよ。体育館に移動になるから皆廊下に並んでねー」


 幾人かの生徒が名残惜しそうに返事をして廊下へと出ていく。


 「今からこんな状態でどうする。一年間身が持たないぞ全く」

俺はやれやれと額に手を当てながら席を立ち、小躍りしながら皆の後に続くのだった。

 


 始業式。始業式たいくつと読めるようになるには十分な年月を人類は過ごしている筈なのだが、未だに広辞苑の読みが書き換わる日は来ない。

 校長が中身の無い話をダラダラと述べたかと思えば、今度は生徒の代表が誰に入れ知恵されたか分からないような、日常生活でまず縁のない文言を羅列していく。

 

偉い人達は要するにこう言いたいらしい。

『ごきげんよう、桜が見え始めましたね。今日という素晴らしい日にみんなの顔が見れて嬉しいよ。かくかくしかじかあると思うけれど、また一年間頑張りましょう。』


 これだけの話を伝える為に毎年数人がバタバタ音を立てて倒れて行く中で、長々と中断すること無く遂行してしまうのだ。やはり、校長という役職は常人のメンタルで務まるものではないのだろう。


 そして俺達民衆は軍隊宜しく魂を込めて、休めの姿勢でこう揃えるのだ。

 『はい』と。


 様式的に流れていく時間の中で、ふと暇を持て余した俺は、新一年生の集団の方に目を向ける。高校デビューか派手に髪を染めている者、見るからに次倒れるのは私ですと顔に書いている者、寝ている者、スマホいじってる者はさすがに痛い目あえ。様々な新一年生の面々を眺めて、ふとある少女と目があった。

(…!、あいつは確か…)

 中学時代、同じ学校に通っていた後輩だ。この学校に入学していたのか。

 後輩の少女は俺に気付くと、姿勢はそのままに小さく手を振って見せた。

 俺はそれに応える訳にもいかず、視線を正面の壇上へと戻すのだった。



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