1-2 secret area

「はぁ。あってよかった」

本屋さんを出た途端こぼれた一言。

ショッピングモールに無かったから焦ったけど、本屋さんにあってよかった。

本もゲットしたし、後は帰るだけ。

カチャン。

「ん?」

金属製の何かが落ちた音がした。

ガッ。

そして、それを踏んでしまった。

何か落としたのかもしれないけど、キーホルダーをつけていたわけでもないし、あまり思いつくものがない。

しゃがんで、踏んだものを拾う。

「鍵…?」

手のひらサイズのアンティークな鍵。これは明らかに家の鍵ではない。でも、どうしてここに落ちているのだろう。

「どうしよう。交番に持っていった方がいいかな?」

けど、交番の場所が分かんない。

「えーっと、あ!スマホで調べれば!」

通行人の邪魔にならないように狭い路地に入って、カバンからスマホを取りだす。

最近買ってもらったから、あまり使い方は分からないけれど、検索くらいなら何とか出来る。

「……どう、検索すればいいんだろう?」

交番?でも、それじゃ範囲が広い?じゃあ、……どうすれば。

お母さんに電話した方が早いかもしれない。ん?あれ。

「どっちでも、無理だなぁ」

よくよく考えたら自分は極度の方向音痴…だった。

なんで、自分の事なのに忘れてたんだろう。

「はぁ……どうしよう」

途方に暮れて、手のひらにある鍵を見つめる。

体が引っ張られた感覚がした。

「え?」

一瞬そう感じただけで、特に何も起こらない。

でも、引っ張られた方向、路地の奥へ進みたいと思い始める。

好奇心と、少しの違和感と共に、路地の奥へと進んで行く。奥と言っても、すぐに開けた道に出て、安心する。

周りを見ても、家やお店があるくらいで特に気になるものはない。

「…気のせいかな」

迷う前に戻ろうと思っていると、カランカランとベルの音が聞こえた。

音のした方を見ると、路地の真正面にある建物から男性が出て来た。

背は少し高くて(心より)、ベージュのエプロンをつけていて、手にはほうきを持っていた。

「ん?あれ、君どうしたの?迷子」

心に駆け寄り、目線を合わせるように少しかがみながら、男性は言った。

黒髪のなんだか少し幼い顔立ちをしていて、ちょっと可愛い。見た目と雰囲気から優しさがあふれ出ていて、自然と警戒心がなくなる。

でも、なんというかすごくイケメンというより、ちょうどいいイケメンって感じがする。

「あ、えっと、違います」

「そっか。でも、こんなところでどうしたの?」

「えっと、その……散歩、です」

半分本当で半分嘘だけど、この際仕方がない。

「散歩楽しいよね。あ、こっちおいで」

男性が建物の前に置いてある二人掛けのベンチに座った。手招きされてその隣に座る。

「きみ、名前は?」

「知彗心です」

知らない人にむやみに名前を教えていいのかと思いつつ、雰囲気に乗せられて答える。

「心くんね!俺は橋本来貴。呼び方はなんでもいいよ。よろしく」

橋本来貴……。多分年上だから、馴れ馴れしくない方がいいよね。

「えっと、よろしくお願いします。らいき、さん」

「うっ、可愛い」

来貴のほうを見て、とりあえず笑顔で言うと来貴が謎の反応をした。

大丈夫かなぁ。

「ふぅ、危なかった。あ、さん付じゃなくてもいいよ。敬語も使わなくて良いし」

「あ、じゃあ…らいき?」

「なんで疑問形?まぁいっか。心くんは何年生?」

「中学一年生です」

「中一かぁ。いろいろ大変な時期だね」

明るい太陽のような笑顔をみせる来貴を見ると、こっちも自然と笑顔になる

それから、いろいろな話をした。

好きな食べ物、最近の趣味、むうの事、ほとんど心が話していたけど、来貴は頷きながら優しく聞いてくれた。この時間だけですごく仲良くなれた気がする。

「あ、心くん。時間大丈夫?」

「え?あ、大丈夫です。多分…だけど」

だから、たった数十分だったのに、もう何時間もたっているような感覚だった。

「本当?まぁ、もし遅くなっても送ってあげるよ」

「いや、そんな、迷惑だから…」

でも、なんだろう。し、視線が……圧がすごい。

なぜか分からないけれど、少し恐怖を感じた。

「ん?どした?」

「え、あ、大丈夫…だよ」

少し、ぎこちなく答えてしまった。

「そっか。あ、そういえば鍵知らない?一応二本あるんだけど変に入られたら困るからさ」

鍵…え?あんな形の鍵を真面目に使っている人いたの……?

「もしかしたら、さっき鍵拾って……」

「え!みせてみせて」

カバンから拾った鍵を取りだした。

「これ……だけど」

「あああぁ!それだぁー。えええぇ、ありがとぉ。よかったぁ。助かったよ」

すっごい目をきらきら輝かせて、嬉しそうににこっと笑った。

「いやー。まじで、ほんとに、ありがと!これで怒られずに済む。では、お礼にその鍵を心くんに授けよう。大切にするんじゃぞ」

……なんかゲームのキャラクターみたい?いや、そうではなくて…。

「いや、いやいやさすがに。どこの鍵か分かんないけど……迷惑じゃ……」

「いいの、行方さえ知っていればいいから。それに、その鍵くんが言ってるよ、『僕は、心くんと一緒に居たいよー』ってね」

ちょっと裏声を使いながらニヤっと来貴が言った。

「……でも…」

「あげるその鍵は心くんに引き寄せられたんだから。心くんのこころに……なんちゃって」

…………この鍵が、僕のこころに……?

「じゃあ、ありがたくいただきます!」

来貴のほうを見てにこっと笑った。

「え、俺すべったみたいじゃん。ま、どういたしまして。その鍵は肌身離さず持っておいてね」

「うん、分かった」

一つ間を開けてしまったせいで来貴が少しダメージを受けている。

「あ、そろそろ帰らないと……」

冬場だし、前よりも日が落ちるのが早い。

夏よりも早い時間に帰っても怒られる事があるし、極力早く帰らないといけない。

「あー、もうそんな時間か。送ってあげようか」

「いえ、遠慮しときます」

また誘われるも、きっぱり断る。

なんか、こう、変な事が起きそうな気がする。

「あ、鍵をもらった事は内緒ね。他の人たちがきっとびっくりすると思うから」

「うん。あの……また明日も来ていいですか?」

来貴を見上げて少し緊張しながら言う。

「うん!もちろんいいよ!あれ、心くんって俺ん家が古書店やってるって知ってたの?」

「え?……古書店?ええええ!」

し、知らなかった。本好きだし、内装とか分からないけど絶対に行きたい。

「あ、知らなかったの?さすがに俺と話すためだけに行くとは思ってなかったからさ」

「し、知らなかった。あ、明日いいですか?」

「もちろんいいよ。あ、スマホ持ってる?」

「え?うん」

カバンからスマホを取りだして見せる。

「じゃあ、LINE交換しようよ。ちょっと待っててね」

そういって、来貴は建物の中に入って行き、少しした後スマホと何かの紙を持ってきた。

「これ、名刺。裏に電話番号が書いてあるから」

“古書店「flare」店長 橋本来貴”裏に手書きの電話番号と「flare」までの簡単な地図。

「ありがとう。いつか電話してもいい?」

「うん。いつでもいいよ」

自然と笑みがこぼれる。こころの中がすごくぽかぽかする。とても、あたたかい。

そのあとLINEを交換してまたね、と言葉を交わした。

家に帰っても残っている暖かいぽかぽかと、よく分からないもやもや。

正反対な気持ちだけど、それがまた心地よかった。


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