第3話 行進曲

 ソフトボール部に入って、お姉ちゃんとゆきの距離はまた広がった。

 ソフトボール部もマーチングバンド部も練習に運動場を使う。

 ソフトボール部は、運動場の半分とか四分の一とか、内容によっては端っこのほうだけとかでも練習ができるが、マーチングバンド部は練習に運動場全体を使う。

 運動場をいつ使うかは曜日で決まっているのだけど、運動会とか、マーチングバンド部のコンテストとか、そういう行事があると、その直前にはマーチングバンド部は毎日運動場を使って練習する。そのぶん、ソフトボール部とかサッカー部とかの運動系の部活動は練習ができなくなってしまう。それも、直前まで説明がないまま「今日は運動場は使えません」と言われたりするのだ。

 お姉ちゃんに文句を言うと、お姉ちゃんも困った顔で

「それはわかるけど、わたしたちで決めてることじゃないから」

と言った。

 そのお姉ちゃんは、瑞城ずいじょう小学校から瑞城女子中学校に進学して、中学校のマーチングバンド部に入った。

 部活動だけで瑞城を選んだのではないとしても、それも大きな要素だった。

 六年生になった雪。

 雪はというと、瑞城小学校にいる以上は瑞城女子中学校に進むものでしょ、という思いと、公立の宮戸中学校に行ったほうがいいんじゃない、という思いがある。

 迷っていた。

 瑞城小学校は共学で男の子もいるけれど、瑞城女子中学校は女子校だ。だからかどうか知らないけど、瑞城小学校から瑞城女子中学校に上がるには入学試験を受けなければいけない。

 男子とは離ればなれになっても、女子校でもいいか、とは思った。

 試験問題を解いてみた感じでは、雪の実力ならば、大きいミスをしないかぎり問題なく合格するだろう。でも、「わざわざ試験を受けて入るもの?」という気もちもあった。

 一方で、公立の宮戸みやと中学校に入るとすれば、その生徒の大部分は三つの公立の小学校から進学してきた生徒だ。たぶん、もともと友だち関係ができている子がたくさんいるだろう。そのなかでうまくやっていけるか、という心配もあった。

 小岩ひな子も同じようなことで迷っているらしい。

 もっとも、小岩ひな子のばあい、もっと難しい明珠めいしゅじょ学館がっかん第一中学校とどちらにするかで迷っていた。レベルがちがう、といえばそうなのだけど。

 それで二人で瑞城女子中学校を見に来た。

 学校の門を入って、さらに坂を上っていくと、運動場と校舎を見渡せるところに出た。

 「あー」

と小岩ひな子が声を立てる。

 その運動場の向こう側で、マーチングバンドが整列して、練習していた。

 演奏している曲は、瑞城の「行進曲」という曲らしい。小学校のマーチングバンドでも演奏している。

 でも。

 「うん」

と雪もひな子のほうに向いてうなずいた。

 ほっ、とついた息が、顔の前で白くまとまる。

 またそのマーチングバンドのほうを見る。

 先頭を行く、房のついたバトンを上下させている人はドラムメジャーというらしい。マーチングの指揮者にあたるとお姉ちゃんが教えてくれた。

 小太りという感じのお姉さんがそのドラムメジャーで、きびきびとそのバトンを動かしている。赤い房の先まで神経が行き届いているようだ。

 その後ろで旗を振っているのはカラーガードという。その後ろに、きらきらきらめくバトンを回すバトントワリングのメンバーが続き、その後ろがドラム、その後ろにトランペットを含む管楽器が続く。

 みんな、着ている服は、赤と白と紺色が組み合わさったポロシャツらしい。

 小学校のマーチングバンドにも、カラーガードもバトントワリングもあるが、ぜんぜん違う。

 小学校マーチングバンド部も全国的なコンテストを含めていろんなところで賞をもらっているから、下手ということはないのだろう。そのレベルの高さを実現するために、ソフトボール部やほかのスポーツ系の部活を押しのけてまで練習しているのだろうけど。

 しかし、この瑞城女子中学校のマーチングバンドは、それよりはるかに上だ。

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