雪の決心

清瀬 六朗

第1話 雪の吹きつける坂道

 濃い灰色の雲にずっと覆われていた空から、ついに雪が降り出した。

 「嬉しい。わたしの名まえも「ゆき」だから」……。

 ……雪が降ったらだれかにそう言ってみたい、とずっと思っていた。

 でも、現実はそんな生やさしいものではない。

 雪は、前を行くひなに言った。

 「うわ、寒いよ、これ!」

 毛糸のカーディガンの上に、一昨年までお姉ちゃんが着ていた、とても体積のあるオレンジ色のダウンジャケットを着てもまだ寒い。

 ひな子に、「えー? わたしは寒くないけど」とか返事されたらどうしようと思ったけど。

 「寒いねー」

 ひな子も振り向いて言う。

 同じダウンジャケットでも、ふかふかの、大人びた、丈が膝まであるあったかそうなのを着て、小岩こいわひな子はどんどん坂を上っていく。

 ひな子は背が高いので、一歩の歩幅が大きい。背の低い雪はすぐに取り残されてしまう。

 道の両側からは木々の葉が頭の上へとせり出している。どの木も、灰色にちょっと緑か茶色を混ぜただけ、という色の葉っぱを、暗い空へと伸ばしていた。坂道はその下を続いている。

 その木の葉の下を、花びらのような雪は坂の上から勢いをつけて吹き下ってくる。

 つまり、ここは、雪が降っていなくても、寒い季節は風がきついということだ。

 両側の木が、風や雨を防ぐためには、何の役にも立っていない。

 もしこの学校に通うことになったら、学校のある日は、毎日、この坂を上らなければいけない。

 それだけで、この学校はやめだな、と、雪は思う。

 授業料も高いというし。

 おとなしく公立の宮戸みやと中学校に通っておこう。

 雪がそう思ったとき、その寒い空気を切り裂くように、鋭いホイッスルの音が響いた。

 雪の首筋に、寒さの震えとはちがう、別の震えが走った。

 ひな子が振り向く。

 「何?」

 「行ってみよう」

 雪は駆け出した。

 走ったので、ひな子を追い抜く。ひな子もいっしょに駆け出した。

 いや、ホイッスルの音を聞いただけで走ることはなかったな、と思う。でも、ひな子もいっしょなので、止まるのもいやだった。

 続いて響いて来たのは、いっせいに打つドラムの音。

 背筋の緊張感が高まる。

 でも、その感覚は長くは続かなかった。

 「なんだ。マーチングバンドか」

 それは瑞城ずいじょう小学校に入ってからずっと聞いてきた音だ。

 もう、きるほど。

 走って見に行くようなものではなかった。

 走ったことで、体があったかくなったから、いいか、とは思う。

 思うことは、思うけど。

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