クリーピング・デス
結局の所ミユが正しかった。旨い焼き魚の弁当を食べるとやる気が漲ってきた。
「デモンの代謝能力ってどうなっているのかな」
「そんなのあたし、知らないよ」
頬に米粒をくっつけたままのミユが答えた。彼女が知る訳もないが、デモンの生体は研究者にとっても謎なのである。息をするし、食べるし飲むし、排泄もする。だがその身体は黒い霧で構成されているのだ。そして成長も老化も停止する。半不死の存在である。キョウジはその疑問を呟いたのだった。答えを求めた訳ではない。しかしたまに、自分がそんな存在であることが空恐ろしくなるのである。
「兄ちゃんは兄ちゃん。あたしはあたし。それだけでいいじゃない」
慰撫するようなミユの言葉にキョウジは苦笑した。難しく考える必要はないのだろう。そして今はやるべき事がある。それを思い出させてくれた返礼として、キョウジはミユの頬から米を取ってやり、そのまま撫でた。ミユはくすぐったそうな笑みを見せた。
さて、戦いである。
数は大勢いるだろう。物の数ではない、と舐めるほどキョウジは傲慢ではない。しかし強力な統制の取れた、優れた戦闘集団でもないだろう。彼は先の戦闘からそう推測していた。所詮は無法者が無法者同士集まっただけの野盗である。となればどうするのが最善か。決まっている。敵の頭を迅速に潰すのだ。そうすれば自然と瓦解するだろう。
「短剣だけで大丈夫なの?」
「俺の場合、能力を考えれば軽装備の方が有利になる」
速度を何よりも重視するキョウジなのだった。
〈スパルタカス団〉のアジトは外から見る限りでは中々本格的なものだった。広さはそれほどでもないが、木造の宿舎が数棟並んでいて、中央には高く建てられた物見櫓もある。周りは尖った木が鋭く威嚇する防護柵で囲まれていた。
「一応防衛も考えている訳だ」
キョウジは感心した。デモンの力に溺れず、用心を行っているのだ。ということはそれなりに頭の切れる奴がいるに違いない。彼は更に気を引き締める。
「兄ちゃん、きっと気付かれてるよ」
ミユは櫓を見上げながら言った。キョウジは頷いた。
「分かっている。しかし打って出てこないってことは……迎撃のつもりか」
つまりキョウジがこちらに向かってくることは奴らにとっても計算内の事なのだ。それだけの準備が出来ているに違いない。
「とはいえ、潤沢な武装が出来るほどでも無さそうだったがな」
特に対デモン弾は持っていないだろう。ということは銃火器でハチの巣にされる心配は無い。彼はそう算段した。
速攻で叩き潰す。それだけだ。
キョウジは短剣を鞘から抜いた。
「ミユ、お前はここで待っていろ」
「うん」
奇襲は不可能である。となればむしろ正々堂々立ち向かった方がいい。キョウジはミユをバイクに置いて、正面の門に足を進めた。
「来たぞ! 奴だ!」
入口には守衛が二人立っていたが、キョウジの顔(というよりは瞳だろう)を見るなりアジトの中に走り去っていった。各個撃破される訳には行かないということだ。
「少々面倒な事になるかな」
キョウジは用心深く、内部に侵入する。伏撃を警戒して神経を張り詰めさせている。しかしそういう必要はなかったのかもしれない。井戸が中心にある広場に、30名程の賊が集まっていた。数で潰す気だな、とキョウジは判断した。奇策を使うような感じは、今のところない。
野盗の群れは見分けが付かないほど、誰もが似たようなごろつき顔をしていた。顔が為人を象徴するのは本当なのだ。キョウジはそういった例を幾度となく見てきた。
彼らはめいめいの武装をしていた。銃が無効である事を分かっているのか、全員近接戦闘武器を所持している。マチェットを持っているのが大半だったが、中には斧や斧槍を持っている者も見受けられる。長い得物を持っている奴から潰すのが先だな、とキョウジは判断する。
そして一番奥にいる筋肉ダルマの男。奴がリーダーだろう。キョウジはそこに早く辿り着きたくて、そして賊たちはそれを妨害する。なんと単純な戦闘だろうか。
キョウジは距離を取って仁王立ちした。格好付けたような口上はしない。そんな性質ではないのだ。
「さあ、行け! やっちまえ!」
そのリーダーの号令とともに〈スパルタカス団〉の主力が一斉に動き出した。罵声を伴った咆哮が響く。勿論キョウジはそんな事で怯みはしない。ただうるさいと思うだけだ。
悪鬼の牙が向く――しかしそれはキョウジも同じだった。
まずは斧槍の男から潰す。〈加速時間〉はまだ使わない。この数相手に最初から飛ばしているとガス欠を起こすからだ。時間は掛かってもいい。着実に潰していく。能力は基本的に緊急回避用に使うつもりだった。
「死ねェッ!」
3人の賊が同時にマチェットを振り下ろしてくる。キョウジは前進するようにしてそれを回避。がきん、とマチェット同士がぶつかる音がした。それを後ろに聴きながら、まずは最初のターゲットを駆けながら冷静に捉えていた。長物を振り下ろそうとする男。だがそれをキョウジは身体を逸らして、紙一重のところで躱す。そして素早く懐に潜り込み、心臓を一突き、それは必殺の一撃となり、男は黒い霧となって消え、あとには斧槍だけが残された。
「怯むなッ! やれッ、やれッ、
だが賊の刃はキョウジを捉えることは出来ない。〈加速時間〉を小刻みに発動させ、回避しながら目の前にいる奴から屠っていく。皆殺しは最初から考えていない。彼が希求したのは目標への最短距離。それ以外は目に入れていない。
「な、なんて速さだッ!」
それでも目標に届くまでは10人を殺していた。黒い霧がお互いの視界を遮る。だが相手の動きは読めている。だから霧はキョウジに有利に働いた。
そしてこの時こそ力の使い所である。
「覚悟しろッ!」
霧を抜けた所にダニ(キョウジはその名前を知らなかったが)がいる。彼は両手剣を得物にしていた。動きが鈍く見える中でも、ダニはキョウジの刺突を剣で捌いた。そして後ずさりする。
「見えているのか。伊達にリーダーはやっていない訳だな」
「そう簡単にやられてやるほど俺は甘くないんでねェ!」
だがそれはぎりぎりの所だった。勝てる相手だ――キョウジはそう確信した。〈加速時間〉による連続攻撃を全て躱すことは出来まい。しかし時間も無い。雑兵どもが混乱している内に始末を着けなければならなかったからだ。
集中する。力が湧き上がってくる。力は高揚感を与えるものでもある。それはあまり良くない傾向だとは思う。だが仕方ない。
キョウジは足に力を入れ、加速に備える。
だが、その時だった――
「そこまでですよ、〈シルバー〉!」
後ろから澄んだ、しかし冷酷そうな声が響いた。
それに立ち止まる必要な無かったのかもしれない――だが得体のしれない嫌な予感がしたのでキョウジは停止した。良い予感は当たらないが、嫌な予感は当たることを彼はよく知っていた。
振り向く。
そこには副リーダーと思しき男、キミオが立っていた。ひとりではない。彼はミユの首根っこをつかんで捕えていた。彼女は震えながら怯えた顔をしていて、しかし刀だけは大事に持っている。
「この子の命が惜しければ、武器を捨てて投降しなさい」
キミオは三下の台詞を吐いた。
「兄ちゃん……」
しかしキョウジは武器を捨てる事はしなかった。この後の残酷な運命を分かっていたからだった。
「へっ、小娘をこんな所まで連れて来るとは不用心だったな。キミオ、よくやったぞ!」
「馬鹿が」
キョウジは悔やむよりもむしろ哀れむように吐き捨てた。
そして異変が起こる。それまで大人しくしていたミユの眼光が鋭いものに変わる。そして腕を折るような勢いでキミオの縛めを振りほどいたのだった。
「な、なんだと……?」
ミユは地面に降り立ち、しゃがんだままの姿勢で「春日守桔梗美奈」の刃を抜き身にした。
そして――少女の「鬼」が覚醒する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます