たのしいたのしい野盗狩り
〈スパルタカス団〉のリーダー、ダニは明らかに苛立っていた。街の襲撃に出した部隊が一向に帰ってこないからだった。そして部隊壊滅の一報が知らされた時、その苛立ちは頂点に達した。
「たったひとり、たったひとりに、だと!」
彼は身長こそ低いが筋骨隆々であり、背丈以上に身体を大きく見せる。その顔付きは他の荒くれどもと同じ様なものであり、その象徴とさえ言えるものだった。当然、彼もデモンとして覚醒している。
「へぇ。しかし……相手はあの〈シルバー〉だったとか」
「銀だか金だか知らんが、そんな奴一匹に後れを取るとは、あの恥知らずどもめ」
とは言え、ダニもキョウジの事は知らないではなかった。デモン狩りを生業にするデモン――キョウジ・ザ・シルバー。その名前はすでにこの界隈では知れ渡っていた。先週、〈スパルタカス団〉と同じような野盗団が近郊――アマガサキ付近で壊滅させられた事はすでに噂になっている。
「噂によりゃ、小娘を一匹連れてほっつき歩いてるロリコンの腑抜けって話じゃねえか。そんな奴にやられるたぁ、俺の部下ながら情けないもんだ」
「それで、どうしますか、頭」
腰巾着のひとりがそう問うた。
「11人の部隊をひとりで片付けるなんて相当な手練れであるに間違いありませんぜ。話によりゃあ、奴は時間を止められるとかなんとか」
「そんな神様みたいな能力があるものかよ」
ダニはフンと鼻を鳴らした。デモンに覚醒した者の中には超能力――言わば「異能」と呼ぶべき力を発現するのも多い。だからと言って時間停止などとは噴飯物である。そこまで超常的な存在がいる筈がない。
「そいつは旅をしながら稼いでいるんでやしょう? 放っとけばまた別の所にいっちまうんじゃないでさあ」
別の部下が言った。だがそれはダニの逆鱗に触れるだけだった。彼は飲んでいた椀をぐっと握り締め、そのまま粉々にしてしまった。それだけの怪力の持ち主である。そして先程まで鯨飲していた清酒の瓶――もちろん、ナダの街から略奪したものである――をその部下に勢いよく投げ付ける。
「ここまでコケにされて黙っていられるものか! 俺はな、舐められるのが一番大っ嫌いなんだよ!」
「しかし、只者ではないことは確かですよ」
野盗の巣窟には似つかわしくない涼しい声が響いた。それでダニも少しだけ冷静になった。横暴な賊の頭を絵に描いたような彼も、話を聞く存在はいる。それが机の真向いに座っている茶髪の優男風、キミオだった。彼はダニの相棒、そして参謀である。それ以前に親友でもある。年の頃はどちらも30代。ふたりでこの崩壊した世界でのし上がろうと誓った間柄であり、〈スパルタカス団〉をそれなりの規模に押し上げた立役者だった。
キミオはダニのことを友情はありながら、同時にボスと感じている。カリスマ性があると思っていた。だが直情的でもあり、それを常に補佐しなくてはとも思っていたのである。
「それに、別の所に移動する保証もありません。もしかしたらこちらに向かってくるかもしれぬ――その危険性は十分に考えられます」
「だとすれば、どうすればいい?」
「早急に他の集落を襲撃している者どもを帰還させましょう。戦いは万全でなくてはいけません。11人を屠る相手であるならば、少なくともひとりで一個小隊分の力があると見積もっていなければなりません」
「しかし雑兵どもを並べても意味がないんじゃないか」
「部下どもは陽動に使います。その裏をぼくとダニ、あなたで撃つ」
ダニはほくそ笑んだ。キミオが全く冷静さを欠いていないのがよかった。そして戦いになればダニ自身よりも強いのが彼である。ふたりで戦い続ければ天下無敵。
そう信じてここまでのし上がってきたのである。それをどこぞとも知れぬ馬の骨に壊されることがあってはならない。ならないと信じていた。
◇
「どこまで行っても荒野だなあ」
大破壊前は、この地球は緑溢れる星だったらしい。もちろんキョウジはそんな時代を知らないが、写真などで見た事はある。それがこうなるとは。この荒野は人類、そしてデモンの罪に対する応報であった。
「南東には少し緑が残ってるところもあるらしいよ」
「そりゃまあ、草木が全く生えてなかったら酸素が出来なくなって死ぬからな」
いずれはそんな所にも行ってみたいと思った。ミユも思っているだろう。だが今は生活の為の稼ぎと、情報収集が先決である。お気楽な旅ではないのだ。そもそもこんな世の中で旅して回っている彼らはかなりの例外である。
今向かっている〈スパルタカス団〉のアジトはナダから10キロ程離れた所にある。車やバイクを調達できる位には、略奪によって潤っているらしい。無辜の民が奪われ、悪党がのさばるのは何とも堪え難い。しかしそれが今の世界である。自警団なども組織されているが、デモンに対抗する手段が乏しい以上、それは小規模にならざるを得ない。
キョウジは〈シルバー〉の渾名とともに〈デモン狩りのキョウジ〉とも呼ばれていたが、完全な善意で行っている訳ではない。ほとんどは日々の糧とする為である。とすれば、自分も悪党と大して変わらないのかな、と彼はしばしば自虐的な気持ちに陥る。
そもそも今乗っているサイドカー付きの年代物ハーレー・ダビッドソンもあるデモンを殺した時に奪ったものだった。必要な物があれば遠慮なく貰う。それはこの絶望の世界で生きていくには不可欠の意識である。
「少し寒いな。ミユ、大丈夫か?」
「あたしは寒いのは平気。暑いのは嫌いだけど」
サイドカーに乗っているミユにキョウジは訊いた。それがこの返答だった。一張羅のワンピースは冬が訪れつつあるこの時期辛いのではないかと思うのだが、彼女はあまり気していない様だった。強がっている風でもない。防寒具も手に入れ辛い貴重品だが、それを気にしている訳でもなさそうだ。それは前々から知っている事である。でも何となくキョウジは訊いてしまうのだった。
「しかし何で付いてきたんだ?」
キョウジは最初独りで向かうつもりだった。しかしミユは同行すると言って聞かなかったのだ。
「兄ちゃんが心配だから」
「お前、俺が負ける訳ないって言ってたじゃないか」
キョウジはミユを戦いの場に立たせたくはなかった。それには理由がある。
だがそれ以上にミユには思う所があったらしい。
「……ごめん。本当は独りが淋しかったの」
「だからって危険な所に付いてくる必要もないだろう」
彼が彼女を連れて来たのは不承不承だった。しかし一度言い出したらきかないのがミユの頑固な所で、キョウジはいつも手を焼いている。まあ、そういう面も少女らしく、キョウジは決して嫌いではないのだが。
そういう訳でキョウジたちは二人で走っている。
「そろそろ着くな……」
エンジンを吹かせながらキョウジは呟く。そして気を引き締める。自分が強い事は分かっているし、死ぬ気もないが、戦闘に向かう際にはどうしても緊張する。そしてそれは必要な緊張だと思っている。キョウジは自分を結構な楽観主義者だと自覚しているが、楽観と油断は別物なのである。
だから運転しながら精神統一を図っていたのだった。だが。
「そんなに急ぐ必要も無いんじゃないの?」
それに水を差すようにミユが言った。彼女はいつもは黒髪を流しているが、今は後ろに纏めてヘルメットを被り、ゴーグルを着けている。ちなみにキョウジはノーヘルである。
「急いでる訳じゃないが、集中しているんだよ」
「その前にお弁当を食べようよ、兄ちゃん。腹が減っては、でしょ」
「ミユは食いしん坊だな……ピクニックに来た訳じゃないんだぞ」
「いいでしょいいでしょ」
キョウジは集中を乱されたことに不満を持った。しかしミユのお願いなら何でも聞いてしまうのが彼でもあったのだった。
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