Coda:荒廃した世界を銀狼は少女とともに駆け抜ける

塩屋去来

第1章:銀狼と少女

崩壊した世界の片隅で





 砂が舞っている。風が鳴っている――滅びの歌を奏でるように。。


 しかしそんな所でもこの世界ではまだ恵まれている方だと言えよう。大破壊以前、そこはなだと呼ばれた街だった。ナダの街が人間を集めた理由は唯一つ、海水から真水を精製する機械がまだ稼働していたからである。この世界では水は何よりも貴重なものである。生物が生きていくためには必須のものだ。人間が生きるためにも、作物を栽培するためにも、家畜を飼うにしても。


 この時代、清浄な水資源を得られる場所は非常に少ない。だからナダの街は――文明が失われる以前よりは大分みすぼらしいと言えども――貴重な人類の拠点の一つとして動いている。とは言っても大規模ではない。


「やれるのか? お前さんひとりで」

「それが俺の仕事だ」


 仕事。そう、仕事だ。銀の目をした短髪の男、キョウジ(霧島恭二)がそこにいる理由がそれである。野盗からこの街を守るためだ。


 ナダは相対的に裕福な街だったと言えるが、それだけにしばしば無法者達の略奪に晒されてきた。自警団も組織されているが、デモン化したごろつき相手には分が悪い。それに弾薬も潤沢にある訳ではなかった。


 キョウジはたまたま通りがかっただけの旅人だった。街に立ち寄ったのはただ単に補給の為である。しかし彼はタダで何かを貰うような男ではなく、対価は必ず払う。単純に労働をこなすこともある。しかし彼は街の窮状を聞いて、その防衛を買って出ることにしたのだ。金銭はこの様な辺境ではほとんど意味がない。稼ぐためには肉体を使わねばならない。その報酬は水と食料、そしてガソリンである(石油は水に次いで貴重な資源だ)。


 この時代、法律は存在しない。無法者が世を謳歌している。絶望の世界でなお生きるためのものを育てる者もいれば、それを奪う者もいる。奪う者のほうが多いかもしれない。仕方のないことなのかもしれない――とキョウジは思う。超常的な力を持てば、それに溺れるのは必然なのかも。


「キョウジ・ザ・シルバー。お前はどうして略奪者にならない?」

「一度奪う側に回れば暴力の連鎖に巻き込まれることになる。そしてより強い者に奪われる側に回ることになる。俺はこの世で最強だと驕っている訳じゃない」

「しかしそうやって人々を助け回るのも辛かろう」

「別に善意でやっているつもりはない。仕事だ。この世界で、俺が生きる術は命を賭けること位なんだよ」


 キョウジは街の長老と話していた。長老というがまだ若く、50代後半に見える。それでもこの時代では長生きな方である。老境に至るまで生きる人間は稀――まあ、そこまで生きたいと思う人間もそんなにいないのかもしれないが。


 ともあれ、キョウジは決して自分を善人とは思っていない。誇りがあるだけだ。


「しかし独りで戦うのは厳しいのではないか? 人類の守護を目指すなら〈ザ・ラウンドテーブル〉に参加した方がいいんじゃないのか?」

「ラウンドテーブルは人間の組織だ。デモンの俺には入れない。それに、言っただろう。俺は仕事でやっているだけだ。守るのは別に目的じゃない。やるべきことは別にある」


 無駄話はこれ位で良いだろう、とキョウジは言った。


「それで、今日襲撃があるのは間違いないことなのか?」

「偵察隊によれば、間違いなく今日だ。奴らも物資が枯渇しているんだろう」

「中々優秀な偵察隊だな」

「しかし戦う力はない。そういったものは先に死んでいった」

「力あるものから先に死ぬ、か。まったく無常な世界だな、ここは」


 自分にはまだ生き残る力はあるのか?――そう自問しながら彼は言った。



         ◇



 西暦、という数字がまだ意味を持っていた21世紀中盤。文明の崩壊は突然やって来た訳ではなかった。


 第一の災厄は空からやって来た。宇宙展望台が発見したその小惑星は99・86パーセントの確率で地球に衝突すると推測された。しかもそれに対抗するための時間も碌に与えられてはいなかった――発見時で5年以内であることが明白になったのである。


 世界の混沌はすでに始まっていた。しかし人類もそこまで無能ではなかった。反核主義者たちは嘆いたかもしれないが、核弾頭ミサイルを大量に投射して小惑星を破砕する計画が直ちに取られ、その為のミサイル発射場も世界各地に建設される。


 ゼロ・デイ――発射場からの一斉飽和射撃。完全に破壊出来る公算はなかった。しかし軌道を逸らすことは出来るかもしれない。人類はそこに一縷の望みを託した。果たして攻撃は行われた。核ミサイルは小惑星を割る事には成功した。しかし3分の2は軌道から逸れたものの、残り3分の1は残り、破砕された隕石として世界各地に降り注いだのである。


 政治経済ともに狂乱が訪れた。完全な壊滅ではなかったことが、むしろ混沌を加速したのかもしれない。アメリカ合衆国を中心とした先進国は団結して秩序の回復に向かおうとしたが、各地の紛争は止まらなかった。奪えるものから奪う――その混沌はこの頃から始まっていた。そのアメリカにしてからが、特にに隕石落下の被害を蒙った地域であり、政情不安は加速し、分裂国家になった。この被害を機に旧秩序を転覆せしめんとする勢力が躍動したのだった。団結は崩壊した。


 しかし、それが決定的な破壊をもたらしたのではない。


 その災害の直後、怪異が発生した。超常的な力、不老、異能を発現した人類が現れたのである。特に強力な者であれば一個戦車中隊ですら鎮圧できないほどの恐るべき力だったのである。彼らは特異体――デモンと呼称されることになる。デモンの発生は世界各地で報告された。証明された訳ではないが、隕石に付着していたウィルスが原因ではないかと言われている。それだけ同時多発的だったのだ。


 勿論、その全てが無法者と化した訳ではない。しかし力こそが全てとなりつつあったこの世界に於いてそれは暴威となった。食料生産も不安定になっていたから、軍事国家とともに彼らも徒党を組むようになり、闘争は激化した。それは原始的闘争の復活であった。戦争は他を以てする政治の延長、という有名な言葉は意味を為さなくなった。そこにあったのは無制限な略奪の応酬だった。


 最初は誤動作だったと、今では言われている。


 小惑星破壊の為に大量生産された核兵器が人類に牙を向いた。1発目の核弾頭がモスクワに着弾した。そして応報の女神ネメシスが目を覚める。すでに強力な秩序も失われ、軍事独裁国家の小国ですら核武装している時代になっていたのである。その結果は自明の事。全面核戦争がやって来た。


 破滅の予言を信奉していた輩の願望が現実になった。文明は崩壊した。


 残されたのは砂塵の舞う乾いた世界。そして混沌の世に蔓延る悪魔デモンたち。


 しかし人類はまだ生きる希望を捨てた訳ではなかった。どれほどの悪夢の世界だったとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る