4.

 父さんに言われて、洗濯物を取り込みに屋上へ上がった。秋の風が吹き始めた空からは雨の気配がした。


 小さかった頃の姉さんと僕にとって、実家の民宿の屋上は最高の遊び場だった。コンクリートじきで大した広さもなかったけど、あの頃の僕らにとっては広大で、なんでもできる魔法の空間だった。特に夏になると始まる水遊びは格別だった。父さんが水道の蛇口じゃぐちにホースを繋ぎ、シャワーヘッドを外して、ホースの口を指でつぶしながら、僕らに向かって水をき散らしてくるのだ。


 僕も姉さんもきゃあきゃあと声を上げながら走り回って、その水をかわしたり、びしょびしょになってホースに向かっていったりした。そうして全身ねずみになったら、すみっこで母さんが作ってくれたビニールプールに入って、また遊ぶのだ。もう十年以上も昔の話だけど、今でもあのキラキラした飛沫ひまつと陽射しの中にいる姉さんの姿が目に浮かぶ。


 姉さんはひとしきり遊ぶと、いつも自分から部屋に戻っていくことが多かった。姉さんでも開け閉めしやすいようにと、父さんが小さな蝶番ちょうつがいで作った軽い扉を押し開けて、母さんがあらかじめいてくれたタオルで身体を拭き、みんなが屋上に残っていても、自分だけで下の部屋に戻っていくのだ。


 お転婆てんば、というよりもむしろ、自分勝手というか、意志が強かったんだよな、と今になって思う。だからこそあの年齢でも子どもを産んだし、育てた。母さんにとっても父さんにとっても、家族全体にとって、今となっては生きがいのような存在になっている未来みくを産んでくれたのは、姉さんの意志の強さが成した奇跡だったんだと、お世辞せじ抜きに思った。


 そういえば、未来ももうすぐ屋上デビューするかもしれないなと、僕は屋上を眺めた。

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