第9話:ラティフは勘違いされる
ラティフはメモを誰かに読ませたことはある。それらのメモを元に演劇を嗜む人々に脚本をおろしたこともある。それでいくらかの小銭をもらうこともあった。
ラティフは親から受け継いだ資産や、この街での安住を約束されている。脚本代などはさして重要ではなく、脚本家としての個人的な名誉を尊んでいた。
しかし、目の前で読まれているのを見るのは初めてのことだ。
どんな反応をされるものか。わからずに早くにメモを取り上げたい。取り上げたいが反応もみてみたい。
妙な気持ちに耐えきれなくなったラティフは声を掛けた。
「奥様、そのメモを読むのはお控えになった方が……」
「なにかまずいの?」
「いや、まずいってことは。ええっと……」
「ズバイル、あなたの名前がこのメモにあるわ。あなたのことじゃないの?」
「あの。その。それは……」
人と話すことが滅多にないのがラティフである。アミーナと過ごすことで一ヶ月分以上の言葉を発した気がする。
「なにか言いにくいことなんでしょう。別にいいわ。言わなくても。少し過ごしただけでわかるわ。ズバイルは寡黙な子だというのはね。あたしがおしゃべりで辛かったりしない?」
「いえ、あの。そんなことは」
「本当に?」
メモから目を離したアミーナがズバイルを見上げる。アミーナはラティフがいつも座る座布団に腰掛けている。ラティフは立ち上がってようやくアミーナを頭ひとつ見下ろすような体格差だ。
威圧感などはなかった。
「……実はちょっとだけ。言葉に困ったりすることもあります」
どんな返事をしようか。先程もそうだったが。ラティフが言葉を考えている間にアミーナは話題が変わる。
このメモのことも興味が移ってくれないか。ラティフはそういう期待もした。しかし、アミーナはメモを離さなかったし。続きの束をもう見つけてしまっているようだった。
「ズバイルはあたしに無理に言葉を返さなくてもいいのよ。あなたのペースであなたの言葉を返せばいい。話したくないことがあるなら、話さなくていいの。急にあたしが嫁ぐことになって、迷惑かけるのを悪いと思っているの」
「迷惑だなんて」
「だって、あなたは女も勝てないほどの愛らしさを持ち合わせた少年で。男ぶり逞しいであろう年頃の男性と暮らしている。あなたの名前を入れた物語を書き記すほどの親密な仲じゃない。それにあたしも賢いってわけじゃないけど。察しが悪いわけでもないわ――」
ラティフはなにか嫌な予感がしている。
アミーナは急にいたわるように。優しい態度だった。
「この家にあなたの部屋を見かけない。ズバイルは旦那さまと一緒の部屋で暮らしているのよね。ごめんね。あたしは邪魔だろうにね」
アミーナはおそらく勘違いしている。
ラティフはどうしたものか。悩み始めた。
自分の愛らしさを誇らしく思っていたが、ここで裏目に出るとも思っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。