第23話 菓子の力

 あんこを炊き、餅米を蒸す間、茹で上がった白玉にきな粉と黒蜜をかける。


「美咲ちゃん、次はまだ?」

「はい、きな粉白玉です」


 始めこそ無理矢理口に突っ込まれたものの、しばらく突っ込まれたものを飲み下しているうちに、加賀野は自らの手で菓子を口に運び始める。

 同じものばかりを食べていては飽きるだろう、と、漬物を刻んで巻き寿司を作り、ランチ用の芋やカボチャを潰して芋餅にする。

 食べている客はひとりしかいないのに、満席のランチ時よりも忙しい。

 炊き上がったあんこと餅米を急いで冷ましておはぎを作り、豆類と粉物などの保存がきくもの以外を粗方使い尽くしたところで、ようやく加賀野の手が止まった。


「ようやく落ち着いたか」

「はいぃ。この加賀野、不徳の致すところ。尾崎様のおかげで堕ちることなくすみましたが、守護代として契約者を守ること敵わず、慚愧の念に耐えませぬぅ」


 再びハラハラと加賀野は泣き始めた。

 美咲はへとへとになりながらも、使用した調理器具を片付けていく。


「御菓子司のみこ殿にもぉ、この度は大変な労苦をおかけいたしましたぁ。この礼はいずれ何らかの形でお返ししたく」

「いえ、これがわたしの仕事ですんで」


 あれだけの菓子が細い身体のどこに消えたものか、加賀野はけろりとしている。


「で、おんかしかのみことやらはなんなんですか? それと、やたらに大量のお菓子が必要だった理由は?」

「御菓子司の神子、な。今美咲ちゃんは契約によって、俺らの加護を得て、この信田庵の神職になってるわけ。で、この聖域で美咲ちゃんが作った菓子を通して、俺らの力を他のあやかしにも分けられるんだ」

「ほほぅ……?」


 伝八に説明されてもよく分からず、美咲は首を傾げる。


「つまり、ここで作ったわたしの菓子を食べると店長兄弟の不思議パワーを貰える……?」

「手短にいうと、そう。俺たちだけじゃなく、ポン吉や環の力も込みだけど」

「そんな便利パワーがあるなら、直接えーい! って出来るのでは」


 ますますわからず質問を重ねた美咲に、宗旦も伝八も難しい顔をした。


「出来ないわけではないが、それをするのにはもっと力がいるな」

「それに、それをすると加賀野が加賀野でなくなる。強すぎる力は存在自体を消し飛ばしてしまうから」

「め、めちゃくちゃ怖い話じゃないですか」


 存在自体を消し飛ばすというパワーワードに、鳥肌が立った。

 人間ではないと言われても、美咲には加賀野はただの人にしか見えない。

 顔見知り程度の付き合いしかないが、それでも目の前にある知人が消えるかもしれないというのは恐ろしい話だ。


「わたしのお菓子を通せば大丈夫なんです……?」


 人が消えるとなると、美咲の感覚では殺人である。万が一にもその片棒を担ぐようなことはしたくない。


「お菓子の食べ過ぎで消し飛ばされちゃったりとかは……」

「ここに入ってこられるほど力あるモノなら、たとえ穢れに飲み込まれていても消えたりはしないよ」


 美咲の心配を理解したのか、励ますように伝八は言った。


「ここに入ってこられないくらいなら、たとえば持ち帰ったお菓子を食べたりしたらどうなります? 今はテイクアウトやってないですけど。今後もテイクアウトはしない方が良かったり?」


 お持ち帰りをしたいという要望は今までにももらっているが、まさか暗殺みたいな目的じゃないよね、と怖い想像が美咲の頭をよぎる。


「ふむ、持ち帰りか……」

「それだぁ! 宗旦様。こちらの菓子を持ち帰らせてはいただけませぬかぁ? 我が守り子に試してみたく存じますぅ」

「よい。美咲ちゃん、包んであげてくれないか?」

「え? お、おはぎくらいしか出せませんけど」


 これまでの話を聞いてしまうと、持たせて良いものか迷って、ついささやかな抵抗をしてしまう。


「美咲ちゃん、大丈夫。食べるのは人間だから、何かが消えてもデトックスみたいなものだって」

「それならいいですけど」


 美咲が店にあった空き箱などを駆使しておはぎを詰めると、加賀野は嬉々として帰っていった。


「あの、消し飛ばすって大丈夫なんですか?」


 まだ怖くて美咲が聞くと、環は美咲を宥めるように背中を撫でた。


「ここは東京近郊の淀みを浄化しているのだけど、飲食物を通せば緩やかな力になるから大丈夫よ」

「浄化……?」

「力は循環し、固定した場によって純化される。これまで浄化は茶によってでしか出来なかった。それが美咲ちゃんの菓子で、より強い浄化が可能になった」

「加賀野は美咲ちゃんの菓子がなければ堕ち神になっていた。危なかったんだ」


 宗旦の言葉を補足して伝八がいう。


「堕ち神……」

「悪鬼悪霊っていうとわかりやすい? そういうものを作らないためにこの店はあるんだ」

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