第2話 秋葉原に詳しい兄も知らないお店
背が高い、といっても、スーパーモデルになれるほどではない。とはいえ、低めのヒールでも履けば平均的な男性の身長を越えかねないくらい。
体力勝負となる場面も多い製菓の現場では、むしろありがたいが、こんなときばかりは気にしてしまうのも仕方がないだろう。
そういえば洋平の身長は美咲とほぼ変わらなかった。
(あぁ、もう。三股クズのせいで卑屈になってどうすんの。不貞の片棒、ギリギリで回避できてセーフ! 将来カフェを開くとしたらいいシミュレーションも出来たし、お店のために取った資格も無駄にはならない)
どんなに自分に言い聞かせても、まだ胸はチクチク痛むけど、自分にはこうしてわざわざ休日に都内まで車を出してまで励ましてくれる優しい兄もいるし、開業のためと称して法外な財産を巻き上げられたりもしていない。PCの他はせいぜい、店を彩るささやかな小物ぐらいしか出費はなかった。
何もかも失くしたような気持ちにはなっていたが、実際にはそれほど損害は大きくない。他に失くしたものといえばあのカス野郎に傾けていた真心と、共に生きる未来を夢見ながら費やした時間だ。
まだまだ取り返しはきく。
「よし。お茶したら、PC買って帰ろうか。君のお店、どこ?」
気を取り直した美咲は、上も下も白い巫女さんのような衣装を身に纏った少年に声を掛けた。こういう服、初詣以外の時に近所の神社の神主さんが着てた気がする。
何かの動物なのか、頭には丸っこい耳が付いていた。葉っぱの髪留めがサイドについているあたり、タヌキがモチーフのコスプレなのかもしれない。
「ふぇ?」
ポカン、と口を開けた少年は美咲よりも小柄で、垂れ目がちで丸っこい目も見開かれていた。
「おいおい、我が妹はショタコンに宗旨替えでござるか〜? 犯罪はやめとけよ。それにお兄ちゃんは王道のメイド喫茶が良かったな」
「うっざ。ござるって何よ。太一さ、狂人を真似て大路を走らばって知ってる?」
「知ってるよ、美咲の口癖」
「口癖になるくらいアンタが言わせてるんでしょうが」
ポンポンと交わされる軽口に、神主タヌキ少年ははわはわとオタつきつつ、会話の切れ目で「ご、ご案内しますぅ」と声を上げた。
「お店、遠いの?」
「すぐそこだけど、初めてだと辿り着けないかも?」
首を傾げる仕草はあざといが、よく見ると少年はちょっとないくらいの美形で、一昔前のアイドルっぽい雰囲気がある。
「へぇ〜そう」
「うぬぐむぅ。今回は美咲に任せるけど、今度はお兄ちゃんに付き合うでござる。夕飯はメイドにゃんに萌え萌えキュ〜ンしてもらうのだ」
「やだよ。オプションでぼったくられそうだし、どうせ奢りなら美味しいもの食べたい。そゆとこってどうせ冷食でしょ」
「せっかくだし、3ショで記念にチェキってもらおうず」
「何の記念よ」
「お兄ちゃんと秋葉原デート記念?」
「キモいキモいキモい。本気でやめなよね、面白くないから」
「そんな〜」
「ここです」
太一と美咲が戯れあいながら案内された先は、やや路地を入ったところにあった。
「はぁ?」
「へぇ〜雰囲気あるじゃない。でも、知らなかったら入りにくいわね」
「そうですか?」
「いやいやいや。美咲、いやいやいや……」
「何よ」
素直に感心する美咲に対して、太一は落ち着かなげに横を見て、後ろを見やって、また左右を確認した。
「えぇ、こんなとこあったか? ステーキ屋のとこ通り過ぎて……カクタ跡地があっちで……トンカツ屋が……えぇ〜……」
「だから、何よ」
「アキバの生き字引と名高いお兄ちゃんだけど、俺の庭にこんな建物あるなんて知らなかった……」
「都民ですらないくせに俺の庭って図々しいこと言う〜。たんに太一が知らなかっただけじゃない?」
「えへへ、知る人ぞ知るってやつですね」
タヌキ少年が案内してくれた店は、パッと見、コンカフェというより、時代劇の煮売屋のような風格があった。
軒先には縄のれんに杉玉がぶら下がっていて、戸口の横には木樽まである。どちらかというと、コーヒーよりも酒の方が似合う趣だ。
「いやいや、お兄ちゃん、今はなき万世橋の鉄道博物館に通い詰めた幼少期よりも昔、戦後闇市と青物市場の……」
「うちらどころか、お父さんすら生まれてるか怪しいこと言い出さないでよ」
美咲が呆れながらツッコんだが、タヌキ少年が何故かやたらに嬉しそうに目を輝かせている。
「おぼっちゃまは昔のことにもお詳しいのですね」
「あ、おぼっちゃまっていい……いやぁ、それほどでもあるかな。秋葉原には何せ、オタクの街と呼ばれる以前、白物家電で夫婦の街だった頃から庭みたいなものでしたからな」
「はいはい、嘘乙。アンタ幾つなのよ。何目指してんの」
「こう、エルフの森の長老的なポジション狙って行こうかと。あの祠を壊したんか、みたいな」
「バカじゃん? 誰が取材に来てる設定なの、それは」
「うーむ、一周回って金田一とか?」
「エルフの森に金田一が来るの? それにどう考えても太一よりそっちの方が詳しいでしょ」
「む、確かに。しまったな、いきなり企画倒れだ」
くだらないことを話している間に、タヌキ少年が中に声をかけて、席へと案内してくれる。
内装の方も時代劇みたいな作りで、お冷の代わりにお茶が出た。
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