お狐コンカフェ営業CHU☆彡
白生荼汰
第1話 燃え上がる女たち
「太一、休憩。もう足だるい。コンカフェでいいから、どっか入ろ」
本当に売り物なのか段ボールにざっくりと投げ込まれた基板を嬉々として漁っている男に、美咲はうんざりしながら声をかける。
「美咲ぃ、呼び捨てにすんなよ。おにいちゃま、とかにぃに、とまでの贅沢は言わないから、せめて兄貴、とか、太一兄とかさー」
「キモっ」
「ひどっ。あんまり妹が冷たいとお兄ちゃんだって泣いちゃうんだぞ」
くねくねとする兄を一太刀で切り捨てて、居並ぶ様々なコスチュームをまとった少女たちに目を向ける。
一見すると中高生にしか見えないが、バイトをしているくらいだし実際には自分と大して変わらない年齢なのだろうな、と考えると、言いようのない尊敬の念みたいなものが湧いてくる。
「無理だわー」
「ン、何が?」
「私には無理だって話。あぁいう可愛い恰好とか……だから、変なのに引っかかっちゃったのかなぁ……」
はぁー、と深々とため息をつく妹の頭を、髪をくしゃくしゃにしない程度に撫でる太一は、それなりにイケてる。
優しくて、身長もあり、細マッチョで、顔立ちも整っていて、そこそこ稼いでいる太一は、黙っていれば美咲にとって自慢の兄だ。
ただし、口を開くとオタク特有の早口な上に、その内容も妙なホラばかり吹かすので、とてもではないが女友達に紹介なんてできない。
紹介してと言われる度に『あの人、彼女しか目に入らないからさー』と躱しているが、実際にはその彼女とは、季節ごとに覇権を競っている二次元の美少女たちだ。兄がはまったキャラについて語ったプロフィールを適当に搔い摘めば、たいていの友人は諦めてくれる。あるいはそれとなく悟ってくれる。そこでさらに食い下がるような相手ならば、むしろ美咲のほうがお付き合いをご遠慮したいので、そっと距離をとることにしている。数多の理想を詰め込んだ二次元美少女たちに生身の女が勝てるわけがない。
いい歳してそれでいいわけ? と、兄に対して偉そうな口を叩けていたのも先日までの話で、失恋したばかりの身としては、二次元彼氏もいいかもな、とぼんやり考えてしまう。
変な男に引っかかって、将来の展望をまるっと見失ってしまった美咲は今、二次元の嫁を取っ替え引っ替えしている兄の方が堅実な人生を歩んでいるのではないかと思えるほどに血迷っていた。
小坂美咲22歳の人生設計は、他人のせいで方向転換を余儀なくされているところだ。
元々大好きな祖父の跡を継いで和菓子職人になるべく、製菓を学んでいた学校で、変な男こと草井洋平に出会った。
洋平は社会人講座でフードビジネスを受講していて、在校時は顔を見たことがある、程度の関係だった。
製菓学部を卒業して、まずは他所も見てきた方がいいからと就職したブーランジェリーで再会したのが洋平だ。
洋平はその当時、地元の商工会議所に勤めていたが、親が持っている土地でカフェを開こうとしていた。
どうせならケーキに力を入れたいんだよね、と夢を語られたのが、ケチの付き始めだった。
当初はスタッフのひとりとして、という話だったのが、あれよあれよとまるで共同経営者みたいな話になり、それが人生も共同経営していこうってな具合に膨らんでいって、美咲も舞い上がってしまったのだ。
美咲にとってより不幸だったのは、別に詐欺なんかじゃなく、洋平も至って本気だったことで、美咲が幸運だったのはもう開店を待つばかりだった店が火事で燃えたことだ。
洋平は妻帯者だった。
親から店舗だけ借りているはずの自宅には、洋平の妻と子供も住んでいて、火事と聞いて慌てて駆けつけた先では、洋平の妻と不倫相手がキャットファイトを繰り広げていた。
多分息子だろう幼児と同じくらいにぼんやりと野次馬にしばし混ざってしまったが、徐々に状況が認識できると、洋平に声を掛けるのをやめて、そっと人混みを抜け出し、洋平の連絡先をミュートするやいなや、頼りになる兄に連絡した。
「お、お、おにいちゃーん! わたし、結婚詐欺に遭ってたかもしんない」
「お、おぅ」
混乱していたからというのもあるが、太一を兄と呼んだのは随分久しぶりな気がした。
司法書士という仕事柄、一般人よりは法律に明るい太一は、いきなり連絡先を削除するのではなくミュートに留めた美咲を褒め、不倫相手として訴えられるかもしれないからと証拠を保全させ、きっぱりと別れを告げさせた。
火事となった店舗には美咲の私物であるPCがあったが、もう関わりたくないからと保険も諦めて、ゲンが悪いから新調すべし、と秋葉原まで美咲を引っ張ってきたのが今日だ。
さすがの美咲も三日くらいは何も出来ずに呆然としたままだったが、その三日の間に『こんな時だから慰めてほしい』だの、『美咲には本気だったから結婚していると言えなかった』だの、『もう随分前から妻とは破綻している』だのと、美咲は婚姻を知らなかったという証拠が蓄積されていって吹っ切れた。『おーい』とか、『生きてるよね』とか、『拗ねてないで連絡くださーい』といったメッセージの中に『店に火を付けたストーカーは捕まったからもう安心だよ』なんてのもあったが、何一つ安心できない。店に火を付けたのは不倫相手だったんかい。
どっちが本妻で不倫相手かは知らないが、どちらのおなかも膨らんで見えたのに、破綻した随分前っていつのことだ。
もう今は、深い仲になる前でよかったと胸を撫で下ろせるが、キャットファイトをしていたふたりが可愛い系と綺麗系でどちらも華奢だったのはまだ引っかかっている。
美咲は身長もある方だから。
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