第5話 なんか……ごめん

 支度を終えて校舎に向かう。

 道中、誰もエルドラの姿に視線を向けない。

 俺には見えてるのに、誰にも見えないっていうのはすごく不思議だ。


 教室に入ると、賑やかだった室内から一瞬、声が消えた。


 なんだよこの反応……。


「おっすハヤテ!」

「白河くんおはよう」

「大斗、安達、おはよう」


 俺たちの挨拶が終わると、再び室内に活気が戻った。


「さっきの沈黙はなんだったんだ?」

「みんなお前を怖がってんじゃね?」

「別に怖がるようなことしてないだろ」

「おいおい、胸に手を当ててみろよ」

「……俺の心臓は今日も元気だ」

「そういう意味じゃねぇよ! 昨日ホロ訓練で全クリしたじゃん? あれだよあれ」


 むしろあの後イケメン三人衆に喧嘩売られたんだが、原因はそれじゃね?


「――って、そうだ、思い出した。大事なもん持ってきたんだった」


 イケメン三人衆に近づくと、途端に会話が消えた。


「……ンだよ白河」

「約束のものを持ってきたから、渡そうと思ってな」

「約束?」


 千葉が首を傾げた。

 とぼけてるようには見えない。

 えっ、マジで? 本当に覚えてないの?


「昨日俺を煽っただろ。ゴブリンを倒せとかなんとか」

「なんの話かわからねぇな」

「白河くん、その話は後でしないかい?」

「一条の言うとおり、朝一番にする話ではないな」


 ん、もしかしてこいつら、自分たちが圧かけたって知られないようにしてんのか?

 あー、そういや昨日ゴブリンを倒せって言ったとき、近くに誰もいなかったな。


 他人の目があるときは良い顔を見せて、他人の目がなくなったら本性を現すとか、こいつら本当にSSRキャラかよ。

 やり口が汚ぇわ。


「話ならすぐに終わる。お前らに『ダンジョンに入って、ゴブリンを倒せ』って言われたから、その証拠を持ってきただけだ。ほら、受け取れよ」


 インベントリから、ブツを取り出す。

 その瞬間だった。


「「「キャァァァァ!!」」」


 教室内に悲鳴が轟いた。

 女子生徒が青い顔をして尻餅をつく。

 畠山は眼鏡を押し上げ顔を背けた。

 千葉レオンは、


 ガタッ!!


 大きな音を立てて椅子から転げ落ちた。

 一条は俺を睨み気色ばんだ。


「こ、こんなものを出して、どういうつもりなんだ!?」

「証拠を持ってこいっていったのはお前たちだろ?」

「だからって、ここで出す必要は――」


 そのとき、ツンとする臭いに気づき足下を見る。

 

 水?


 よく見ると、その水は次々溢れ出している。

 ――レオンの股間から。


「あっ……」

「「「…………」」」


 なんともいえない空気が、教室内を埋め尽くす。


 おい、こっからどうすんだよ。誰かどうにかしてくれ。

 そんなクラスメイトたちの心の叫び声が聞こえてくるようだ。


「あー、なんか、すまんかった。実技二位の千葉が〝ただのゴブリンの耳〟を、まさかここまで怖がるとは思わなかったんだ。ほんとごめん」


 空気が凍り付いた。


『マスター、それ、煽ってますよ?』


 知ってる。




 それから、何故か俺だけ教師に呼び出されて説教されるハメになった。

 ……解せぬ。


「一条たちが証拠を持ってこいって言ったから、持っていっただけなのに、なんで俺だけ説教されるかね」

『やり方が悪かったからでは?』

「当然だろ。悪い要求には、悪い応えが返るってのはこの世の節理だぞ。こっちは命を賭けてるのに、なんの見返りも対価も払わない奴に、どうして優しい対応をしなきゃならん」

『なるほど、マスターの言う通りですね。失礼しました』

「わかればよろしい」

『それではワタシがあの三人を消しましょう』

「なんでだよ!?」

『マスターが嫌な思いをしたのは、あの三人のせいです。なら、あの三人を消せばすべて解決です!』

「うん、やめてね?」


 当然のように無茶苦茶言うな。

 エルドラの戦闘力がどれくらいあるかは知らんが、自由に動かしたら不味そうだ。


 授業1コマ分の長い説教が終わり、授業中の廊下を一人(+エルドラと)歩いていると、不審な女子生徒が目に入った。

 茶色く長い髪に、うちの学校の制服。

 きょろきょろと不安げに周りを見回している。


「あー、そこの」

「はひっ!?」

「君は、どうしたの?」

「あ、すみません。自分の教室がどこかわからなかったので……」


 転入生? この時期に?

 この顔にどこか見覚えがある気がしないでもない。


「何年生?」

「一年です」

「クラスは?」

「Cです」

「じゃあ同じだね。一緒に行こうか」

「あ、ありがとうございます!」


 ぺこり。

 小動物めいた動きで頭を下げる。

 うん、なんか、庇護欲が掻き立てられる動きだな。


「俺は白河颯。君は?」

「朝比奈萌木です」

「――ッ!?」


 あっぶね。

 うっかり声出るところだったわ。


 朝比奈萌木。

 課金ガチャで登場するSSRキャラじゃん!


 ああ、どっかで見たと思ったらゲームか。

 たしかにイラストと似てるけど、雰囲気が少し違う気がするな。


 年齢が違うのか?

 ガチャで排出されるタイミングは、たしか卒業後だったからそのせいかな。


 萌木がいなかったらボスで泣きを見る。かなりの人権キャラだ。

 職業は聖女で、強力なヒールやバフを使用する。


 それがまさか、同じ学校にいるとはな。


 一緒にCクラスに向かい、扉を開く。

 生徒全員の視線が俺と、萌木を射貫く。


「ひっ!」


 あまりの視線の強さに、隣の萌木が小さく悲鳴を上げた。

 あっ、これはちょっと、マズったかも……。


「白河、自分の席に戻りなさい」

「はい」

「白河くん、ありがとうございました」


 丁寧にお辞儀をする萌木にひらひら手を振る。


「この子は、今日からクラスに加わることになった、朝比奈萌木さんだ」

「朝比奈萌木です。宜しくお願いします!」


 教師から紹介されるが、教室は静まりかえったままだ。

 あー、やっぱやらかしたかも。

 どうするかな……。


 俺の机に戻る途中、大斗から感じるドロドロとした視線。


「お前、あんな絶世の美少女と、どうやって知り合いになったんだよ!?」

「偶然、廊下で迷ってるところを見つけた」

「くっそッ!! なんでお前はこう、立て続けに恋愛イベントに遭遇するんだ!」

「なんだよ恋愛イベントって……」

「迷ってる転校生に偶然遭遇して道案内。そこから始まるラブストーリーって定番じゃん!」

「ねーよ」


 現実見ろよ。


「おれに女運を分けてくれよ……」

「俺にもねぇよ、そんなもん」


 分けようにも、面倒ごとしか付いてこないぞ。

 おもにイケメン三人衆とか、な。


「それにしても、久々にハヤテのアレを見たな」

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