第2話


 その日は神に召喚されし36名の勇者達は気疲れしているだろうから、ゆっくりと休んで英気を養って欲しい。

 そんな、シメオン・リヌスの御好意に皆は甘えざる得なかった。

 大半の者達は勇者として活躍する己の英雄譚の始まりに興奮していた。

 だが、一部の者達は戦争に参加する事への恐怖に身を震わせ、中には絶望する者達も居た。

 そんなクラスメイト達とは異なり、叛骨精神に満ちた3人は聖神教会の総本山たる教皇の城。

 其処の人気の無いバルコニーに来ていた。

 3人はそれぞれ異なる方向を見やって周辺を確認。

 そうして、見張りや盗聴等が無い事を確認すると、バルコニーの端に並んで立った。

 そして、夜の城下町を眼下に臨みながらプランの打ち合わせが始まった。


 「インストールされた術式の解析には3日は欲しい」


 開口一番に要件を切り出したのは涼子であった。

 涼子は魔女と言う魔導の専門家として、自分達の身に負わされた神の祝福と言う名の呪いを解析する為に3日は欲しい。

 そう告げると、千雨と善人は承諾した。


 「専門家に任せるわ」


 「俺も同じ意見だ」


 2人から承諾を受けると、涼子は「ありがとう」と感謝を返してから解析に関して申し訳無さそうに補足する。


 「3日と言ったけど、場合によっては延びる可能性も考慮して欲しいの」


 相手はウルシアなる神。

 形はどうあれ、神を相手に魔導で挑む以上は不測の事態アクシデントが起きる可能性は濃厚と言わざる得ない。

 だからこそ、専門家として涼子は自分が決めた期日をオーバーしてしまう事を2人へ正直に告げた。

 そんな涼子に2人はアッケラカンに承諾する。


 「言ったでしょ?貴女に全てを任せるってさ?だから、任せるわ」


 「この中で魔導の専門家は君だ。その君がそう言う以上、ソレは仕方無い事なんだろ……だったら、素人が口出しする事じゃない」


 2人の答えは明らかに涼子を完全に信頼している事を示すモノであった。

 実際、この中で魔導に長けているのは涼子だけ。

 それ故、2人は涼子に望みを託すしか無かった。

 自分に全幅の信頼を寄せる2人に涼子は改めて感謝する。


 「ありがとう」


 「礼は要らないわ。でも、インストールされた術式とやらを除去する事に成功した際のデメリットはあるの?」


 千雨は身に負わされた神の祝福とやらが、取り除かれた際に生じるだろうデメリットが何か?

 問うと、涼子は「仮説で良いならだけど……」そう前置きしてから答える。


 「先ずは与えたられたチートとか強化されたスペック等が無くなる。貴女を例にした場合だと、インストールされてる事で魔法が使える状態なら本来の魔法を使えない貴女に戻るって感じね。勿論、インストールされた事で強化された身体能力も本来の貴女のソレに戻るでしょうね」


 涼子が専門家として想定されるデメリットを簡潔明瞭に答えれば、千雨は涼しい顔で返した。


 「なら、問題は皆無ね」


 「まぁ、有ったとしても生殺与奪を握られてるよりはダントツでマシだしな」


 善人も当然の様にインストールされた神の祝福を取り除いた事で生じるだろうデメリットに対し、そのままにするよりはマシだと本心から返した。

 だが、問題はある。

 涼子はその問題点を可能性として述べる。


 「私達がコントロールから外れた時、相手がどう動くかコレに関しては解らない。否、それ以前に私が解析してる最中に妨害を仕掛けてくる可能性すらあるわ」


 「何せ、魂が紐付けされちゃってんだから当然よね」そう、自嘲気味に締め括れば、善人は暢気に返した。


 「多分、大丈夫だと想うぞ」


 「何処をどうしたら、そう思えるのよ?」


 暢気な善人に千雨は呆れ混じりに問えば、善人は絶対の自信と共に答える。


 「ウルシアって奴がアマンダ・ウォラーみたいなコントロール中毒だって言うなら、叛逆の意志を隠しすらしない俺達をとっくに殺ってる」


 「確かに。そう言われるとそうね」


 千雨は何故か納得してしまった。

 無論、涼子も同様に納得していた。

 そんな2人へ善人は更に言葉を続ける。


 「コレは解析結果と与えられた祝福の効果次第だから、現時点では何とも言えない。だが、一般論として異世界から召喚した奴等にはソイツの適性も加味した上で相応の力を与える事はあっても、スペックをランダムにする事は有り得ないだろ?」


 「大概の物語だと何故かスペックにバラつきがあるけどな」そうシニカルに締め括った善人の説明は理路整然としていた。

 2人は理解はした。

 だが、何を言いたいのか?

 言葉の真意までは解らなかった。

 だからこそ、涼子は自分の中で既に脳裏に浮上している最悪の想定を否定したい気持ちも込め、問うた。


 「何が言いたいの?」


 「本当に勝たせたいならスペックにバラつきを与えねぇよな?って事以外にか?君は既に察してるんじゃないのか?」


 善人は意地の悪い笑みと共に答えをはぐらかした。

 だが、その答えは善人が自分と同じ可能性を想定している。

 そう判断するには充分過ぎた。

 そんな2人の遣り取りを沈黙と共に耳を傾けていた千雨は確認する為に端的に問う。


 「バトルロワイヤルって映画みたく?」


 千雨の問いに涼子と榊原 善人は肯定した。


 「ソレは最後の締め括りでしょうね」


 「あぁ、フィナーレにバトルロワイヤルは確定だろうな……」


 2人の肯定に千雨はウンザリとした表情を浮かべるて大きな溜息を漏らすと、侮蔑も込めて毒吐いてしまう。


 「最悪。どんだけ性根が腐ってんのよ?」


 「トコトン腐った糞野郎なのは確定でしょうね」


 他人事の様に同意する涼子に補足する様に善人は2人に尋ねる。


 「その序幕が魔王の軍勢と勇者達の戦いになる訳だが……第二幕は何だと思う?バトルロワイヤルの可能性も否めねぇけどよ?」


 その疑問に千雨が仮説を吐き捨てる様に答えた。


 「ソイツが悪趣味極まりない下衆ゲスなら、護るべき無辜の人々全てに勇者達を殺させようとするんじゃない?何せ、そのまま嬲り殺しにされる勇者達を愉しむも良し。その逆であっても、罪悪感とか色々な感情に焼かれながら無辜の人々を手に掛ける姿を肴に愉悦に浸るも良し……悪趣味な野郎は世界が違っても似た嗜好を持ってるんじゃない?」


 まるで見てきたかの様に吐き捨てる千雨の言葉に対し、涼子と善人は否定しなかった。

 寧ろ、意見が一致していたが故に同意した。


 「概ね、そんな脚本なんじゃないかしらね……」


 「俺もその意見に賛成だ。だが、そうなると……益々、引っ掛かる」


 善人が疑問を口にする。

 彼の中で引っ掛かる疑問が何か?

 気付いてるのだろう。

 涼子は答えた。


 「仮説でしかないけど……奴はゲームをしたいんじゃないかしら?でも、ウルシアとやらにとって、この世界はオモチャ箱つうかゲームの中の世界。そして、生き物は全てオモチャ箱のオモチャであり、ゲームのキャラ程度でしかない」


 涼子の答えに千雨は自分なりに噛み砕いた解釈で以て問う。


 「ウルシアとやらはプレイヤー対戦相手を求めてるって言いたいの?」


 千雨の問いを涼子は肯定した。


 「その認識で問題無いわ。そして、それこそ私達が未だ生きている理由なんじゃないかしら?っていうのが私の説でもある」


 肯定と共に自分達が殺されていない理由ではないか?

 そんな仮説も加味して答えれば、千雨と善人は理解すると共に一応は納得した。


 「なら、私達は当面は安全って言う事かしら?」


 少しだけ安堵した様に千雨が言うと、涼子は呆れ混じりに否定する。


 「そんな訳ないじゃない。私達の生命は相手の胸先三寸むねさきさんずんで喪われる状態な事には変わりないんだから……」


 「オマケにこの会話も筒抜けなんだろ?それなのに、何で敢えて話を進めるんだ?」


 善人が一番最大の疑問……会話を始めとした遣り取りが全てモニタリングされている状態で、プランの打ち合わせをしたのか?

 それを敢えて理解した上で問えば、涼子はスンナリと答えた。


 「そうね……敢えて聞かせて、誘えるか?そんな運試しと言うべきかしら?」


 何と言えば良いのか?

 何処か自信無さげに答える涼子に千雨は察したのだろう。

 吐き捨てる様に言った。


 「なるほどね。向こうが誘いに乗ってくれたら、私達は今直ぐには殺されない。誘いに乗る気が無いなら、私達は今直ぐに死ぬ……最低の賭けね」


 「だが、他に方法が無いのも事実な訳だろ?」


 善人がそう問えば、涼子は肯定する。


 「不愉快だけどその通りよ。現時点で私達は生命を文字通り握られているも同然……そうなると、不愉快極まりないけど敵の慈悲。と、言うよりは気分に賭けるしか無い」


 「召喚された時点で負けが確定してるんだから当然よね」そう悲観を交えて締め括ると、後ろ。

 バルコニーの出入口から小さな足音と共に神聖な気配がした。

 その気配の主に対し、千雨は何時の間にか右手に握り締めていたスナブノーズ短銃身の小さなリボルバーを振り向きざまに向ける。

 だが、引金を引くよりも早く。

 撃鉄の起きたリボルバーの上部へ、涼子が手を被せる様に乗せられて下ろされてしまった。


 「無駄よ。ソレ銃弾で殺れるんなら苦労はしないわ」


 涼子に窘められると、千雨は忌々しそうに舌打ちしてリボルバーの起きていた撃鉄を戻した。

 そんな遣り取りを気配の主……シメオン・リヌスの傍らで控えていた銀髪で白磁の様な白い肌をしたシスター修道女は気にする事無く要件を告げる。


 「我等が偉大なる主より言伝メッセージを預かっております」


 切り出された要件に3人が沈黙と共に言葉を促せば、偉大なる主とやらの遣いであるシスター修道女は大事な役目を果たす為に告げる。


 「邪魔はしない。精々愉しませてみせろ……主からは以上です」


 告げられた言伝に対し、涼子は自分からもメッセージを残したくなったのだろうか?

 シスター修道女へ言伝を頼んだ。


 「私からも貴女の主に伝えたいメッセージがあるんだけど、良いかしら?」


 「どうぞ」


 言伝を承る返答が来れば、涼子は言伝の内容を告げる。


 「親愛なるウルシア様。この度は御冥福を御祈り申し上げます。黒き魔女より愛を込めて……以上よ」


 涼子から告げられた慇懃無礼なメッセージに対し、シスター修道女は一瞬だけ殺気を露わにした。

 だが、直ぐに殺気を収めた。


 「我が主にしかと御伝え致します。では、失礼します」


 シスター修道女が背を向けて歩き出してバルコニーから去ると、善人は呆れ混じりにボヤく様に問う。


 「で?どうするんだ?」


 「今は解析と解呪するのが先。貴方の封印はその後に解くから待って」


 善人の問題は後回しにする。

 そんな判断を下した涼子に善人が「解った」と、納得すると、今度は千雨が要望を挙げた。


 「私は魔法使えない凡人だから使える武器が無いと役立たずなんだけど?」


 遠回しに私向けの武器を用意してくれ。

 他力本願ながらも、千雨にとっては切実な要望に涼子は少しだけ申し訳無さそうに返す。


 「其処は貴女が昔、取引した奴に頼む事になるけど?」


 涼子の挙げた昔の取引した相手。

 そのキーワードは千雨が多数の苦虫を噛み潰すのに充分過ぎた。

 だが、背に腹は代えられないが故に……


 「向こうが接触してくれる事を願うわ。でも、期待はしないで……コレも不愉快だけど奴次第だから」


 取引相手を喚ぶ事を了承した。

 しかし、応じてくれるか?の疑問以外に問題が無い訳ではなかった。


 「それに呼び掛けに応じてくれるにしても、私は奴に払えるモノは持ち合わせてないわよ?」


 取引するならば、代価を支払うは必須。

 そして、その支払う代価が無い。

 そう告げる千雨に涼子はアッケラカンに返した。


 「ソレ代価は私が請け負うから気にしなくて良い」


 対価を何とかする。

 涼子がそう告げると、千雨は断固たる意思と共に告げる。


 「でも、敗けてくたばるくらいなら野郎ウルスラに魂は渡したくないし、野郎を道連れに出来るんなら私は魂をくれてやっても良いわよ」


 千雨が言えば、善人も差し出す事を選んだ。


 「なら、俺の魂も対価として利用出来るんなら利用してくれ。負けたらどっちにしろ終わりだろ?だったら、奴にくれてやるなんざ御免被る」


 平然と己の魂を差し出す意志を見せれば、涼子は一蓮托生上等。

 そうとも言える覚悟ガンギマリな2人に呆れながらも、涼子は感謝した。


 「ありがとう」


 感謝する涼子に対して2人は暢気に「気にするな」と、さも当然の様に返すのであった。




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