雅で不思議なあの子の正体

筋肉痛

本編

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません


 それは青というのか疑義があるところではある。

 そう例えて言うなら信号機の青だ。あれは青か緑かの議論が始まれば、三日三晩は喧々諤々の議論が繰り広げられるだろう。

 

 だけど、今、問題はそこじゃない。この国の多くの政治家がそうであるように問題の本質を見誤って多くの時間を費やしている場合ではない。


 緊急事態だ。未知との遭遇ともいえる。だからこそ、私の正常性バイアスはその事実を見間違えにしようと必死のようだ。


「……えっと、大丈夫?」


 大丈夫でないのは私の心中の喧騒具合であったが、相手をというより自分を落ち着かせるために、下校の道端で転んでいるクラスメイトに声を掛けた。


 確か名前はミヤビといったはず。苗字は覚えていない。平安貴族のようにおっとりしていて、雅な雰囲気を纏っているので名前とぴったりだなという印象でファーストネームを覚えていた。


 そのクラスメイトの擦りむいた膝から流れている血がどう見ても青いのだ。いや、緑かもしれない。とにかく通常の人類と同じように赤黒くないのは確かだ。


「はい、大丈夫です。まだこの体に慣れていなくてよく転ぶんですよ」


 応答にうまく飲み込めない部分はあるが、今は他に処理をしなければならない事があるためスルーを選択。


「あの、血が出てるよ……それ、血だよね?」

「あっ本当ですね!」


 ミヤビさんは可愛らしい蒼いハンカチを取り出して血を拭いた。青が好きなのかな。青が好きだと血も青くなるのかな、すごいな、令和キッズ。


「あーやっぱりだめだ、気になる。おかしな事聞いてもいいかな?」

「え!? いきなり結婚の申し出ですか!?」

「違うよ!? 同性だし。 なんでそう思うの?」

「いえ、私の見た資料映像に類似した言葉から結婚を申し込んでいる個体がいたので」

「ああ、あのD社の映画ね。……映画の事を資料映像、キャラクターの事を個体って言うんだ。変わってるね」


 言及すべきところが多すぎて本題に行けない。ここは勇気をもって前進すべき。


「とにかくね! 質問してもいい?」

「ええ、どうぞ」

「なんで血が青いのかな?」

「それは勿論、青が好きだからです」


 何の躊躇もなく彼女は即答した。

 私は正解していたのか。そうか、おかしいのは世界じゃなくて私なのか。……ってなるかい!


「えーとですね、なんというのかな、普通はあれ、血液の色って赤黒いんだよ。赤血球のヘモグロビンがうんぬんかんぬんで、ぴーちくぱーちくって感じ」

「えっ! 人類って血液の色、選べないんですか!?」


 いや、そんな年収の低さに驚くような顔されても困るなぁ。


「少なくとも私の知る範囲の人類にはできないかなぁ」

「分かりました。次から気を付けます!」


 理想的な後輩が笑顔でミスを改めるようなノリで言われることじゃないんだけどなぁ。でも彼女の笑顔を見ていると小さなこと(ではない気がするけど)はどうでもよくなるな! うん、そうだ。どうでもいい。


 そうして、私とミヤビさんはちょくちょくお話したりするくらいの友人となった。彼女と話すのは新鮮な驚きしかなくてとても楽しい。


 時は過ぎ、私の誕生日。ミヤビさんが私にプレゼントをくれた。先に彼女の誕生日(誕生日という概念も知らなくて聞き出すのに苦労したけど)に彼女によく似合う碧いリボンを送っていたからお返しということだった。


 綺麗に包装された箱を開けてみると、“ひも”だった。虹色だか何だか分からない色に輝いているというか蠢いている。


「ええと、ごめんね。これは何だろう」

「あれ? お気に召しませんでしたか? 先日、可愛い紐をプレゼントされたのでお返しに“10次元ひも”です」


 すごく残念そうな顔をされる。誤解の大渋滞になっているな。ひとつずつ解いていこう。ひもだけに。


「ええと、まずプレゼントしてくれることは嬉しい。純粋に何か分からなかったから聞いたんだ。あとね、私がこの前プレゼントしたのは、リボンって言ってね、髪に結って使う紐なんだ。ただの紐じゃないんだよ」

「まぁそうなんですね! あんなに可愛い紐で何を結べばいいか悩んでいたので良かったです」


 そうか、プレゼントをしたリボンをしてくれないのは別に気に入らなかったからじゃないんだな。今後はちゃんと使用例も添付しないとダメだな。

 ミヤビさんは恐らく違う文化圏の人だ。もしかしたら、成層圏も抜けた先の人かもしれない。


「で、大事なのはここからなんだけど、これはなんだっけ、じゅうじげんひも? 一体どういうものなの?」

「第三宇宙の全てが詰まっているひもです」

「第三宇宙の全てが詰まっている……」

「これでこの星域の文明レベルは飛躍的に向上しますよ」

「文明レベルが飛躍的に向上する……」


 うん、なんだかとんでもないものを貰ってしまった気がする。ミヤビさんには申し訳ないけど押し入れの肥やしにしよう。面倒には近づかない、気づかない。それが平穏に生きるコツ。ミヤビさんの血液の色にツッコミを入れた事で私は学んだんだ。


「すごい重要なものをありがとう!」


 私には扱えない代物だけど、感謝の意は最大限に示さないとね。


「どういたしまして。ソラさんにはいつもお世話になっていますから」

「ところで、私達はお祝いの時にこうして贈り物を贈るだけど、ミヤビさんの地域ではどういう文化があるの?」


 地域という言葉でファジーにはぐらかす。ここで星とか銀河とか使ったら負けだ。


「よくぞ、聞いてくれました。私達は手頃な衛星同士をぶつけて、その様子を観察するんです。とても綺麗ですよ!」

「へぇーそうなんだぁ♪ みてみたーい☆」


 私は思考停止しておバカな女子高生っぽく振る舞った。衛星の言葉の意味なんて理解したくない。

 その様子を見て、ミヤビさんが何故かにやにやしている。


「実はですね……今夜、用意してあるですよ!! ほら、あの月とかいう―」

「やめて!! ごめん、それはスルーできないわ。質量がでかすぎる」


 こうして、私は自分の主義を捨てて、地球を守ったのだった。

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