第21話
「そうだな。まずはリリィについて話そうか。と言ってもリリィの話が全てのことの発端なんだがな。リリィはリーシュが拾った親無しのギーツで、血の繋がりはないがリーシュにとっては娘に等しい子供だ。リリィというのも愛称で、本名はリースリートというリーシュが始めに贈ったものだ」
「養子にしたってことか?」
アカツキは端的に話をまとめると、レオンコートが嫌そうな顔を浮かべた。
「お前…貴族連中に関わりでもあるのか? その言い方はないぞ」
「え? なに養子ってよろしくない言い方なのか?」
「貴族連中の養子縁組というものは、大抵ロクでもないものだろうが」
「えぇ…じゃあ…何て言えばいい?」
「拾い子で良いだろう」
「そっちの方がよろしくなくね?」
「……話を戻すぞ。リリィ自体になにかあるわけではないが、リリィを発端として街ではギャングの抗争が始まった。だが抗争は俺がギャングのトップになることで鎮静化し、リーシュとリリィを取り巻く事件も幕を下ろした」
アカツキはレオンコートがギャングのトップであることに驚きつつも、散々脅しを受けてきたせいか、なんとなく納得できた。そしてだからこそ、レオンコートの話を遮ってはいけないと、軽く相槌を打つことに決めた。
「リーシュとリリィは街で平穏に暮らしていた。それこそ実の親子と変わらぬ様子でな。彼女らはギーツであるために街では煙たがられていたが、ギャングの力で融通を利かせた。それが事件の最中で交わした取り引きだった。眩しいほどに優しい家族だったよ」
アカツキは軽く相槌を打っていたが、レオンコートの雰囲気が変わったことを察した。
「なにがあったんだ?」
「リーシュが首と心臓から出血しているリリィを抱き締めて、俺の屋敷に突撃してきた。助けてくれと懇願してきたが、診るまでもなく手遅れだった。それからリーシュは心を失くしたように、糸が切れた人形のように、呆然としながらリリィの墓を作った。なにがあったのか聞いても答えずに、俺や知り合いから距離を置いて1人で墓を作った。俺はそれをただ見ることしか出来なかった…」
レオンコートが深い後悔に押し潰されているように小さく見えた。
「それで?」
「別になにもなかったさ。なにも言わずにリーシュが街から消えた。それだけだ」
「レオンさんは、ずっとダブルを探していたのか?」
「リーシュがリリィを殺したことは明白だったからな。その答えを知りたかった。それと…いや、それだけだ」
「どうして、リリィを殺したことが明白だったんだ?」
重い空気を払拭するように、レオンコートは乾いた笑いを息と共に吐き出した。しかしそれは悲しいほどに軽かった。
「あの街にいたリーシュを倒せる奴は皆死んだよ」
「それだけ?」
「いや、リリィを殺したと思われる凶器を手に入れたが、それがリーシュが肌身離さずに持っていたナイフだ。大切な物だと言っていた」
「盗まれたとか?」
「あり得ないな。あの街でそのナイフの存在を知っていたのは俺とリリィだけだ」
「だから、ダブルがやったと?」
「リーシュは否定しなかっただろう?」
「肯定もしなかった」
「いいや。ダブルテイルという名前がそれを肯定している」
「どういう意味?」
馬鹿にしたようにレオンコートは笑った。
「ダブルテイルを名乗り、そしてそれに付きまとう悪評の全てを諦めたように受け入れているその姿が、その罪を自認していることの表れだろう。他になにがある」
さも当然と良いだけに断言するレオンコートへ、そもそもの疑問を口にする。
「…ダブルテイルってなんなんだ?」
聞いたことはあった。しかしあまり良く覚えていない。ロクでもない名前だという認識しか持っていなかった。
「お前、嘘だろう? 知らないと言うのか?」
「すみません。剣でして、教養がないんです」
異世界からやってきた等という訳の分からないことを言うと、怒りそうだと思い、アカツキは物を知らない理由として自分が剣であることをあげた。
「そうだな。確かにそうだ。なら教えてやる、ダブルテイルとは子供でも知っている話だ。いや、子供だからこそ聞かされる話だ」
「なにそれ」
「聞き分けのない子供を脅すための怖い話という物だ」
「あ~。童話とかおとぎ話とか、そんな奴?」
「分かっているのなら話は早い。ダブルテイルというのは肉親と忠臣を殺し尽くした狂乱の王の話だ。その王には尻尾が2つあったため、その話にはダブルテイルという名前が付き、恐怖の代名詞として広まった」
寝ない子誰だ的な話だとアカツキは理解した。そして知らなかったとは言え、その名前で呼んでいたことに少しばかり罪の意識を覚えた。
「なんの意味もなく、肉親を殺したバケモノの名前を自分に付けるなんてイカれているとしか言えないし、娘を殺したからと言って、その名前を名乗るのはもっとイカれているよ。どんなメンタルしてるんだって話」
「考えるまでもないが、マトモじゃないことは確かだ」
「はーーー。改名させようぜ。見てらんねーよ」
アカツキは正直に、思ったことを口にだした。
「あぁ。良いなそれは。お前のことは好きではないが、その意見には賛同しよう」
「なんで俺のこと嫌いなんだよ…なんかしたか?」
「態度が気に入らん」
「それは…善処できるかなぁ?」
「別にする必要はない。お前と関わることなど金輪際ないのだからな」
「お、器デケー! 流石ですボス!」
「お前のような部下は要らん」
レオンコートに心底嫌そうな顔をされた。
「ははは。そーですか。それじゃあ、レオンさん。ダブ…リーシュに勝つ方法を考えない? 真っ当にやっても勝てないのは身に染みてるだろ?」
「…お前になにが出来る。喋ることしか出来ないだろうが」
「魔力を貯めることが出来るぞ!」
「霧散するなら意味がない」
「俺をそこらの剣と同じにするなよ~。人間と同じように魔力を取り込むことだって出来らぁ!」
威勢よく、調子よく、顔があればドヤ顔をしている声音でアカツキが吠えると、レオンコートは少しキョトンとした。
「お前…魔剣だったな」
「最初から魔剣ですー!」
「…うるさいな」
「いや、ごめんなさい」
ゴミを見る目を向けられてアカツキは冷や水をかけられた気分になった。
「はぁ。異能力者に殴り勝つなど、骨が折れるな」
「諦めんの~?」
眉間にシワを寄せたレオンコートはアカツキの言葉を無視して呟いた。
「勝つために嫌いな奴と手を組む。全く俺の人生はそればかりだな」
随分と重みの乗った言葉でアカツキは何か言うことが出来なかった。
「さて、剣。名前はなんと言ったか?」
「アカツキ。赤月令治」
「そうか、ではアカツキ。勝つ方法を考えるとしよう」
男2人による悪巧みは都市に着くまで続いた。
「居ねーんだけど。どういうこと?」
ダブルテイルとレオンコートが出会った都市。アカツキが初めて訪れた都市ディア・ウル・ロスレス。そこにダブルテイルの姿はなかった。
ワーカホリックっぽくなっているダブルテイルのことだ。どうせ直ぐに仕事へ行ったのだろうと思い、ギルドで話を聞いてきたが、しかしなんの情報もなかった。
「逃げたか。まぁ次に会ったら殺すと言っていたからな。なにも驚くことはない」
「驚かなくても焦りはあるだろ。どーするよコレ」
「ふん、別に問題はないだろう。喜ばしくないが、喜ばしいことに、リーシュの奴は目立つ名前を騙っているのだ。嫌でも情報は集まる」
「あ、そっか。頭良いな」
「お前の頭が空っぽなだけだ」
「し、辛辣すぎる」
この世界で目覚めてから、アカツキは人も物も世界も当たりが強すぎると思っていたが、しかしなんというか、どこか優しさも感じていた。
(捨てる捨てる言いながら捨てなかったし、嫌いと言いながら役に立つと言って話をしてくれるし…こいつツンデレか?)
デレが分かりにくすぎるし、そもそもデレてすらいないような気がするが、アカツキはレオンコートをツンデレと思うことにした。
「ダブ…リーシュはなんで俺を置いていったんだ…?」
「お前がうるさいからだろう」
「ええ? 滅茶苦茶楽しそうに話をしたのに?」
「どういう話をした?」
レオンコートの雰囲気が少し変わった。どことなく怒っているような気配を感じたアカツキは、変に笑うことを辞めて淡々と求められるままに話した。
「シチューの偏食か…リーシュらしいな。話はもういい、結構だ。まだ擦りきれていないことが分かったのは吉報と言えるな」
「だから悪化しないよーに殴るってことな。どう考えても精神を病んでるしなぁ。3年間良くもこんなことを続けられたなぁ。目的もなく右往左往して生きていくなんて、俺なら耐えられねーよ」
「生きることを罰だとでも思っているのだろう。よくある話だ。くだらん」
明確な怒気を吐き出したレオンコートはそのまま都市を出た。ダブルテイル。などという嫌に目立つコードネームの傭兵を探すために。
アカツキはいつもように楽観的でいた。とっとと追いかけて、肩を叩いて飯に行くような気軽さを持っていた。
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