第19話

 ダブルテイルは笑った。いつか来るべき破滅、予想していた終わりに出会い。それに絶望するように笑った。


「私の今のコードネームはダブルテイルだ」


「そんなことはどうでもいい。答えろ。なぜリリィを殺した」


 ダブルテイルは困ったように顔を背けた。


「そう興奮するな。話ならば、そこらの店に入ってからで良いだろう」


 目の前にいる男に顔を向けずにダブルテイルは歩を進める。


 男は言いたいことを押さえつけているような、目の前にあるオヤツを我慢させられている犬のような気配を漂わせて、ダブルテイルに着いてきた。


「な、なぁこの人なに? 知り合い…だよな」


 小さな声でアカツキが恐る恐る疑問を口にした。


「なに、3年前に別れた友人だ」


「別れた…?」


 やがてダブルテイルは奥まった場所にある落ち着いた雰囲気の喫茶店に入店した。


「さて、そうだな。なんの用だレオンコート」


 隅っこの席を選び、そこに座ると対面に座ったレオンコートへ冷たく良い放つ。


「こっちに顔を向けろよ。リーシュ」


 怒りが滲んでいる声に答えずに、ダブルテイルは余所見をしたままタメ息を吐く。


「はぁ…今の私のコードネームはダブルテイルだ。そう呼べ」


「ふざけるなよリーシュ。その態度はなんだ」


「どうもこうもない。これが私だ」


「そんなゴミみたいな女は知らない」


「そうか、人違いだな。帰らせてもらっても?」


 レオンコートが机を叩く。


「ふざけるな! どういうことだ。なにがあった。答えろ」


 向けられる怒りに、しかし相変わらずに顔を向けずに相対する。


「だから言っているだろう。そう興奮するな」


 2人の間を流れる空気は最悪だと言えた。


 烈火のごとき怒りをフツフツと滲ませるレオンコートに、顔も向けずにのらりくらりと笑うダブルテイル。


 お互いに言葉に詰まる。


 ダブルテイルはレオンコートの言葉を待っているようで、レオンコートはダブルテイルの返事を待っている。全く噛み合わない無言。


「あの~突然ですけど。あなたはダブルの友達で良いんですよね?」


 恐る恐るといった声で、この重い無言を破ったのはアカツキだった。


「なんだ? 誰だ」


 言葉の主を探そうとするレオンコートに、ダブルテイルは答えを示すように腰に下げていたアカツキを机の上に置いた。


「コイツだ。つい3日前に拾った魔剣で意思があってよく喋る。いるか?」


「え? 俺、捨てられる?」


「いらない」


「え? 悲しい」


「なんだコイツは? 今、俺はリーシュと話している邪魔をするな」


 レオンコートは舌打ちをしてアカツキに怒りの矛先を向けた。しかしアカツキは黙らない。それどころか喧嘩を売るような事を言い始めた。


「でも、話し合いになってないじゃん」


「お前ッ!」


「落ち着いて、落ち着いてください」


 アカツキの言動に強い不快感を覚えたらしく、レオンコートは先程より強い舌打ちと露骨な怒りの声音を含んで言った。


「なんだコイツは?」


 その怒りに答えになっていない返答をつまらなげにダブルテイルは言う。


「よく喋るだろう? いるか?」


「要らん!」


「悲しい」


「黙れ!なんだこの剣は!」


「あーどうも魔剣のアカツキです」


「名前を聞いているんじゃ……あぁ! クソッ! あぁ! なん、チッ、コイツは、コイツはなんだ? なんなんだ?」


 レオンコートは怒りが頂点に達したらしく、言語化能力に致命的なダメージを受けたらしき言動で混乱していた。


「まぁまぁ落ち着いて、落ち着かないと話し合いにならないって。片方がイライラしたままする話し合いなんて、一方的な暴論に近いって」


 怒らせた本人が落ち着かせるという普通はあり得ないことが起こっているのは、アカツキが人間ではなく剣であるからだ。


 人は、人の顔を見て怒ることは出来るが、剣に対して、物に対して本気で怒るというのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。そしてどう怒ることが正しいのかも掴みかねる。


 その道具が欠陥品で苛立ったということは分かるが、その道具におちょくられて苛立つというのは、如何せんどんな感情を持つべきなのだろうか。


 自分の道具であるならば捨てたり、投げたり、叩いたりと色々と発散方法はあるだろう。しかしアカツキはダブルテイルの剣だ。レオンコートの物ではない。


 レオンコートは紅茶を啜って無理やり落ち着く選択を取った。


 紅茶のカップを机に置き、息を短く吐き出してからレオンコートは落ち着いた声でアカツキに言葉を向けた。


「それで剣。なんの話だ」


「お、落ち着いたー良かったー。それで、なんの話かって言うと、質問かな。まず名前を教えてください」


「…レオンコートだ」


「そう、レオンさんは、ダブルの友達で良いんだよな」


「そのダブルというのがそこの残骸のことを言っているのなら、そうだ」


「おっけ。それで、レオンさんはなんでダブルに怒っているんです?」


「ソレの態度を見て分からないのか?」


 レオンコートはもう一度ダブルテイルにキツイ視線を向けるが、ダブルテイルはどこ吹く風で余所見をしたままだ。


「なぁダブル。なんで顔を背けるんだ?」


 ダブルテイルはアカツキの疑問にどう答えようか、少し迷って、ウソをつかないことにした。


「…私が好き好んで人を殺すロクデナシだからだ」


 アカツキの言葉よりレオンコートの言葉のほうが早かった。


「それで、そんなことになっているのか。そんなゴミのように自分を卑下して、ダブルテイルなんて名前を名乗って、自分をロクデナシと宣うのか。それが、今のお前だというのか」


 どこか泣きそうな声で、言葉を絞り出すように、痛切極まる様子でレオンコートがすがるよう言った言葉は、しかし簡単に肯定された。


「あぁ。これが、今の私で、あの日からの私なんだ」


 変わらず顔を背けたまま、疲れきった言葉を疲れ果てたように言うダブルテイルに、レオンコートは一言、「そうか」と受け入れるような声をあげた。


 レオンコートは机の上のカップを持ち、紅茶をもう一度口に含んだ。それから実に緩慢な仕草で机の上にカップを優しく置き直すと、一呼吸だけ優しく吐き出して、ダブルテイルと同じ方向に顔を向けて独白する。


「俺は、ダブルテイルなんて名前を名乗っていることを特に気にしていなかった。お前は意思が強く、誇りがあり、信念を押し通すだけの力があって、弱さとはおおよそ無縁の女だったからな。ダブルテイルなんて蔑称も道具として、所詮ただの記号でしかないとして利用していると思っていた」


 ダブルテイルはなにも言わず、顔も向けない。


「だが、実際は違った。お前はそのコードネームを名乗ることで自分を否定している。誇りも意思も信念もなく、ただ力のままに死んでいっている。自分のあり方をそのコードネームに無責任に任せている」


「随分と知ったようなことを言うんだな」


 相変わらず顔を向けずに、誰に向けていっているのか分からないほど軽く、そしてなんの感情も感じさせないほどに淡々したダブルテイルに、レオンコートは芯のある声音で返した。


「知ってるさ、お前のことを6年前から知っているんだ。そしてそれが3年前のあの日から変わったというのならば、殴ってでもそのコードネームを改名させよう。そしてリリィの墓の前に引きずってでも連れていく」


 静かに落ち着いた声だったが、しかし明確な意思が強く伝わってくる。


 ダブルテイルはタメ息を1つ吐き出す。


「良いだろう。しかし私はこの都市で注意を受けていてな。ここでの喧嘩は出来ないから、都市の外に行こうか」


 実に軽い調子で、なにかを言うこともなく、怒号1つないままゆったりとした歩調で2人は店を出た。


 都市の外の荒れた荒野を2台の魔動車が駆けていく。その先頭を走る魔動車の中で、広がっていた無言に堪えかねたアカツキが口を開く。


「なぁダブル。なにがあったのか聞いても良いか?」


「あなたには関係がない。気にするな」


 突き放すようにダブルテイルは言い放つ。すると会話は元々あった無言に押し潰され、新たに発生することはなかった。


 やがて都市の姿が小さな点になるほど走った後、ダブルテイルは魔動車の速度を落とした。


「レオンコート。ギャングはちゃんと機能しているのか?」


 魔動車から降りて念のための確認をする。相変わらず顔を背けたままに。


「俺が死んでも火種はない。気にするな。お前が気にするべきなのは1つだけ、リリィの墓前で言う言葉だけだ」


 ダブルテイルは、「そうか」とだけ言うとアカツキを抜剣した。


 レオンコートも同じように剣を引き抜く。


 そこで初めてダブルテイルは、レオンコートをしっかりと見据えた。


(あぁ。これは…ダメだな。やっぱりダメだ)


 ダブルテイルは改めて絶望すると全てを片付けるために心を凍らせた。


 荒涼とした大地に、乾いた風が吹く。


 先に動き出したのはレオンコート。そこらにいる殺し屋より高い身体能力は一瞬でお互いの距離が縮まっていく。


 高い身体能力によって加速し、振るわれる剣をダブルテイルは姿勢を整えずに受ける。


 その刹那に交錯した視線。レオンコートの表情に僅かばかりの驚愕が浮かぶのをダブルテイルは確認すると、無理やり力ずくで剣を押し返す。


 レオンコートはその力に逆らわずに半歩後ろに下がりつつ、受け流した。そしてすぐさま剣を振るう。


 剣速はダブルテイルの方が速い。


 受け流され、剣が手元から遠くへ行ったとしても間に合ってしまう。


 剣と剣が再びぶつかるとレオンコートの顔は確信を得たような表情になった。そしてダブルテイルが再び力押しをする瞬間に、違う角度から力を加えてその力を逃すと、追撃することなく一度後ろへ下がった。


「おま───」


 何かを言おうとしていたレオンコートに、ダブルテイルは距離を詰めて剣を振り、無理やり黙らせた。


 それから息もつかせぬ連続攻撃に移行する。鍔迫り合いなどにはならない、速度優先の軽い攻撃。いくら軽くとも剣であるために当たれば負傷する。


 気の抜けない瞬間を連続して継続させる。


 会話など論外、言葉を組み立てる余裕など欠片もない。圧倒的な暴力にレオンコートは剥き出しに食い縛っていた歯を更に食い縛り耐えている。


 ダブルテイルの方が圧倒的に全てが上。


 剣速も膂力も技術も、全てが上。しかし手を抜いているような剣技によってレオンコートは辛うじて食らいついていた。そしてそれが分かっているレオンコートの目には怒りが滲んでいた。ダブルテイルを食い殺そうとするような、それこそ親の敵にでもあったような、そんな顔を浮かべていた。


 断絶しない死の暴風の中で、手を抜いた剣技の隙間を縫ってレオンコートは剣に流した魔力を放出する。


 放出した魔力によって加速する剣技。体内の魔力量が減るため、身体能力の低下と引き換えになる一時的な加速。狙いはダブルテイルの剣を弾くこと。


 それを、ダブルテイルは悲しい目で見下していた。そしてレオンコートの剣を、同じく魔力によって加速した剣技で叩き折る。


「リーシュ…ッ! お前、もしかして異能スキル────ッ!!」


 ダブルテイルの蹴りがレオンコートの腹部を直撃して言葉を黙らせた。そして腹部に綺麗に入った足が、レオンコートをボールのように蹴り飛ばす。


「ちょっ! ダブル落ち着け!」


 焦ったアカツキの声を無視して、ダブルテイルは自らで蹴り飛ばし、跳ね飛ばしたレオンコートの元まで歩み寄る。


 地面に四つん這いになり、ゲホゲホと息を崩しつつも痛みに耐える顔をレオンコートがダブルテイルに向けた。


 ダブルテイルは無慈悲にその顎を蹴りあげた。


 言葉にならない言葉と共に、レオンコートが宙に飛んでいく。


「おい! おいダブルテイル! 落ち着けって! 聞いてるのか!? 俺の声が聞こえなくなったのか!? レオンさんを殺す気か?」


 喧しいアカツキを鞘にしまうと、仰向けに倒れてピクリとも動かないレオンコートに歩み寄る。ダブルテイルはレオンコートの側に立つが、レオンコートはなんの反応も示さない。


 意識がないと思わしきレオンコートを見下ろした時、ダブルテイルは自らの心の内側で、忌々しい衝動が炸裂するのを感じた。


 それを無理やり押さえつけようとする瞬間。


 突如レオンコートが飛び起きてダブルテイルの胸ぐらに掴みかかった。


「リーッ…シュ…ッ!!」


 ダブルテイルは片足を半歩後ろにして、バランスを取り倒れないようにする。その後その足で飛び膝蹴りをするように、レオンコートの腹部を強打する。


 それでも離さないレオンコートの首もとを逆に掴み、ダブルテイルはレオンコートの足を払う。そして掴んだ首もとを軸にして、地面に叩きつけた。


 地面に叩きつけられてやっと、レオンコートは手を離した。


 ダブルテイルは地面に仰向けに倒れているレオンコートを冷たく見下す。


「諦めろ」


「ふざ、けるな、ぁ!」


 痛みに耐えながら、足りない息で必死に否定の言葉を紡ぎ、弱々しくも必死に立ち上がろうとするレオンコートを、ダブルテイルは蹴り飛ばし地面に転がす。


 転がっていったレオンコートの側に立つと、鞘に収めたアカツキをダブルテイルは今一度抜いた。


「おいおいおいおい!! 待て! 本気か!? 何を考えてるダブル!」


 アカツキが騒ぐが、それを無視してアカツキを逆手に持つ。そしてダブルテイルは地面に倒れているレオンコートと目があった。


 ダブルテイルは逆手に持ったアカツキを勢いよく突き刺した。

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