第15話

 ダブルテイルは無言で腰に下げたアカツキを鞘に入ったまま、キョロキョロと声の主を探している女の子へゆっくり差し出した。


「魔剣だ」


 女の子へアカツキを簡潔に紹介すると、それに乗っかりアカツキが自己紹介をした。


「喋る魔剣のアカツキだ。よろしく」


 女の子はおっかなびっくり、アカツキとそれを差し出すダブルテイルを交互に見ていた。


「重いから気をつけてね」


 無言で剣を差し出し続けるダブルテイルに、やがて女の子は両手を使い慎重にアカツキを受け取った。


「わわっ」


 ダブルテイルが手を放すと重みで女の子がアカツキを落としそうになった。


「うおっ。大丈夫か?」


「…大丈夫」


 女の子は大丈夫と言ったものの、やはり重かったのかアカツキを胸に抱き締めるようにして抱えた。


「あー。とりあえずシートベルトをつけようか」


「しーとべると?」


 聞き慣れない言葉だったようで、女の子はアカツキの言葉をオウム返しした。


(普通シートベルトの話からするか? もっと話すべきことや聞くべきことがあるだろう。シートベルトなど、こんな状況ではどうでもいい)


 ダブルテイルはそんなことを考えながら、アカツキと女の子の話に耳だけ傾けた。


 アカツキは女の子にシートベルトとは何なのか、何のためにつけるのか、などの話を懇切丁寧に話して聞かせ、そして女の子はアカツキに促されるままにシートベルトを着用した。


「…苦しくない?」


「大丈夫」


 胸に抱えたアカツキごとシートベルトを着用する女の子に、アカツキは何か言いたげだったが飲み込んだようで、「そう、なら良いけれどね」と笑いかけた。


「それで、君の名前を教えて貰っても良いかな?」


「…リズィ」


「そう、リズィか。良い名前だ、よろしくね。さっきも言ったけれど俺はアカツキ。アカツキさんと呼んでいいよ」


「アカツキさん…?」


「そう、アカツキさん」


 アカツキと女の子──リズィは穏やかにゆっくりと親交を深めていく。


 ダブルテイルはそんな2人の様子を見て、自己嫌悪に陥った。


 もっと実用的な、聞くべきことや話すべきことを自分はこの小さな女の子に求めていたことを知り、そんな己を嫌悪した。


 ダブルテイルは元々合理的な考え方をする。人間関係にもそれを適応させていて、基本的には他人に冷たい。


 しかし、相手は子供。よりにもよって傷だらけの小さな女の子だ。


 自己嫌悪の中で、アカツキの言葉がリフレインした。


(ロボットではないのだから、か。私は……楽しむことが人の在り方だと言うのならば、ロボットでいい)


 うわずってしまった気持ちの落としどころを。否、うわずった気持ちを落としきったダブルテイルは、もうそれ以上考えることをやめた。


 無駄を削ぎ落とし、機械的に人を殺す。それだけ。


 そうやって気持ちを改めた時、助手席の会話はダブルテイルが望んでいたものに変わり始めた。


 アカツキとリズィ、2人の会話の中から必要な情報だけを抜き出す。


 そうして浮き彫りになった事実は、なんの捻りもない予定調和だ。


 先ほどまで訪れていた村を、どこからかやってきたならず者たちが荒らしている。そのならず者の振る舞いから、やってきたならず者たちはここら辺にいる統率の取れたギャングまがいとは異なること。


 貴族様の気紛れお掃除によって生まれた、予想通りの悲劇。


 心を痛めることはなかった。ダブルテイルはただ、そうだろうな、と受け入れて極めて事務的に、依頼通りにならず者を殺しに行こうと判断した。


 助手席から聞こえてくるリズィの泣き声を、ダブルテイルはその存在ごと頭の中から意図的に消した。無駄だ。


 それから直ぐに先ほどまで見張りがいた地点までたどり着くが、そこに見張りはいない。魔動車を止めずに、そのまま緑地をタイヤで踏み潰す。


 やがて現れた、踏みなさられて禿げた茶色の道をたどって、たどり着いた場所には鼻につくほどの血の匂いと人の亡骸が転がっていた。


 ダブルテイルはアカツキを回収しようとリズィの方を向いて、やめた。


 剣ならば予備がある。別にアカツキでなくともいい。


 魔動車を降りて、緩慢な動作で辺りを見回す。突然やってきた魔動車とそこから降りたダブルテイルに嫌でも視線が集まる。


 そのためほとんど全ての人と目が会う。


 殺すべき人物とそうではない人物を見分けることは酷く簡単だった。


 逃がすつもりないため、数をしっかり数える。


「ギーツがなんのようだ!」


 1人が吠えた。ダブルテイルはそれを無視し、即座に行動に移した。


 ゆるりとした態度と雰囲気から、突如最も近くにいた敵に向けて走る。


 瞬間移動に見紛う速さで1人の首が落ちた。


 殺意すら持たずにただ処理する。ここに来るまでに緩んでしまった自縄自縛の罪をきつく締め直し、迷いを締め落としたダブルテイルは、明らかに、誰の目から見ても化物だった。


 近くにいる殺害対象に向けて走る。


 手加減抜きの魔力放出による神速の斬撃が、防御行動よりも速く到達して通り過ぎる。そしてダブルテイルは足を止めることなく次の敵に向けて走り、同じように剣を振るう。


 6名ほど瞬殺した所で初めて、剣と剣がぶつかった。


 剣と言う鉄のかたまりで人間が出して良い音ではない轟音を奏でる。


 初めて攻撃を受け止めたのは男。それもダブルテイルと種族が近いが、近いからこそ最もギーツを嫌っている種族。


 狼と変わらぬ犬の耳を頭に生やした。牙のビークス。ウェンズ。


「はっ! ギーツが───」


 なにか言いたげだったが、ダブルテイルはぶつかったままの剣を無言で滑らせて、力の向きをズラす。それから即座に剣を引いて、守られていない場所へ剣を叩き込む。


「───うお!」


 男は魔力放出を使って無理やり剣を滑らせてその一撃を受け止めた。しかしダブルテイルはそれを別に必殺の一撃として放ったわけではない。初撃よりも体勢の整わない受け方を相手にさせたかっただけだ。


 ぶつかり合った剣を今度は無理やり押し込む。


「くっ」


 男がそれを受け流そうとした瞬間に、押し込む力に魔力放出を重ねて、男が受け流そうとしている方向へ、受け流せないだけの力で強引に男の剣を弾き飛ばす。


 技量と不意打ちと圧倒的な力業でねじ伏せる。


 殺しあいの場で問答を交わすことが出来るのは、実力が拮抗している場合と、強者の側に相手と話すつもりがあった時だけ。


 男には発言権などなかった。そしてこれからは永遠に口を開くことはない。


 それからは、逃げ出す者、戦おうとする者に二分された。しかしそのどちらも同じ結末にたどり着いた。


 ダブルテイルは背を向けて逃げた最後の1人を殺したのちに村の方へ振り返った。


 あぁ。まただ、また同じ結末だ。


 守ったはずの人々の目には恐怖が浮かんでいる。


 彼らから目にはいったいどんな風に自分が映っているのだろうか。


 目の前ある人の亡骸がダブルテイルが来たときより増え、空気に混じる血の匂いもより濃くなった。


 きっと、あのおとぎ話と同じだ。


 ダブルテイルは自分の魔動車に向けて歩きだした。


 視線が突き刺さる中でランウェイを歩くように恐怖で着飾った。


 魔動車の近くに見覚えのある小さな背丈が屈んでいる。


 1人の女の亡骸に向けて泣いている。 


「あ、あぁダブル。この人はリズィの…」


 地面に落ちているアカツキはそれ以上は口にしなかった。


 ダブルテイルはなにも言うことなく、アカツキを拾う。


「アカツキ。私はこのまま帰るが、あなたはどうする?」


「どうって?」


「このまま私についてくるのか、この子の側にいるか、だ」


「ダブルも一緒にリズィの側に居ると言う選択肢はないのか?」


「周りを良く見ろ」


 ダブルテイルはアカツキを持ったまま体ごと周りを見回す。


「やめて! その子を殺さないで!」


 1人の女が恐怖を抱えたまま、決意と覚悟で武装している。見た目はギリギリ大人と呼べるほどで、きっとダブルテイルがここに来なければひどい目に合っていたことは間違いがないだろう。


 圧倒的な暴力で人を殺し回ったギーツが、子供の側で剣を手にして辺りの様子を見回した。


 その女が考え付くことなど予想できる。


「ほらな」


 ダブルテイルはその女から視線を外してアカツキに語りかけた。


「あ~。分かった。最後に頭撫でてやってくれ」


 自分でやれと言いそうになったが、アカツキが剣であることを考慮し、その言葉を飲み込んだ。


 アカツキを腰に下げてからダブルテイルはリズィの頭を少しだけ乱暴に撫でた。


 撫でられたリズィはダブルテイルにもアカツキにも視線を向けないが、それで構わなかった。深く関わるつもりはない。本来ならば頭を撫でることすらしたくはなかったほどだ。


 別れの挨拶もせずに、ダブルテイルは魔動車に乗り込んだ。


 ハンドルを切り、進んできた道を逆走する。


 少しだけ開いた窓から乾いた冷たい夜の風が滑り込んできた。その風に刺されているような気がして、ダブルテイルは窓を閉めた。


 緑地から飛び出してやがてリズィと出会った地点を過ぎ去ると、アカツキがボソリと言った。


「もっと速く、もっと近くに魔動車を停めていれば、あの人も助けられたのかなぁ」


「そうかもな」


 会話がそれで止まり、嫌な圧迫感だけが残る。


 ダブルテイルは話題を変えることにした。


「アカツキ。なぜ私と共に行くことを選んだ?」


「え? 悪い?」


「悪いとは言っていない」


 本当か、嘘なのか、自分でも良く分からない言葉だ。


「そうだな。確かにそうだ。なんだろうな…良く分からないな。なんとなくダブルに着いていこうと思った。というよりも、そもそも置いていかれるとは考えてもなかった」


「そうか。私はこれからも人を殺し歩くはずだ。それでもアカツキは私の側にいるつもりか?」


「なんだよ? 置いていくつもりか?」


「そんなつもりはない。ただ、私と共に居てもなんの楽しみもないはずだと言っているだけだ」


「確かに。でも別に今答えを出すべきことじゃないだろ?」


「そうだな」


 そう口では同意しつつも、ダブルテイルの心の内側では答えが出ていた。


 その踏ん切りがつかずにいた。いつも通りに自分では動けずに、誰か、なにかに期待している。自分の不幸を期待している。自分の意思とは関係なく、自分の思い通りになって欲しいという哀れで愚かなまま。ただ待っていた。


 自分の破滅を願っていた。自分を呪っていた。


 奈落に落ちるように、なににも手が届かないまま、足掻いても変わらないと、足掻いてもより事態を悪化させるだけだと自分に言い聞かせて、流れに身を任せて、その身を焼き焦がす。


 理由が欲しかった。誰かが悪いと言い放ってしまえるような理由が。




 ◇




 ダブルテイルはあれから一睡もせずに都市まで運転した。都市に入って魔動車を降りると朝焼けが目に痛い。


 こんな明朝にもホテルというものは開かれている。ビルの合間を縫って、比較的綺麗な道に面したホテルを選んで入ると、カウンターには3名ほど女性が並んでいた。


「すまない。今からでも1泊することは可能だろうか?」


「申し訳ございませんが、高層階しか空いていませんので比較的お値段の方がお高くなってしまいますが、よろしいでしょうか?」


 ダブルテイルは受付に提示された金額に了承して金を払う。それから鍵を受け取ってエレベーターに乗り部屋まで向かった。


「なんてこった。本当にここは異世界かァ?」


 部屋に入ると開口一番にアカツキが不服そうに言った。


「なんの話だ?」


「ガラス越しに見える景色が、俺の元いた世界とほとんど変わらねーんだけど?」


「同じ人間だから当然ではないのか?」


「いやいやいや。そんな悲しい話はしないでくれよ」


「まぁいい。私は風呂に入る。アカツキは…窓辺に置いてやろう」


 そうして風呂を終わらせたのち、ダブルテイルはギルドが開くまで寝直した。


「起きるの早くない?」


「もうギルドが開くだろう?」


「ワーカホリックかよ! 冗談じゃねぇ。寝ろ!」


「断る。さっさと行くぞ」


 アカツキを腰に下げてからダブルテイルはさっさとホテルをチェックアウトした。先ほどまで会話していた受付が案の定まだカウンターに居て、困惑したような顔をしていたが、ダブルテイルはそれを無視した。


「なんでこんな朝っぱらから…もう少し寝てもいいのに」


 そんなことを言い続けるアカツキを黙殺し、ダブルテイルはギルドに入る。


 受付に話を通し、受けた依頼を終わらせたことを報告する。それからギルドマスターと話がしたいと言い。前回と同じように通された、質素な応接室で足を組んでギルドマスターに今回の依頼の詳細を語った。


 貴族の依頼のせいで荒野の秩序が狂い始めていることを話すと、ギルドマスターは渋い顔を浮かべて、それから感謝を口にした。


 それを鷹揚に頷き受け取ると、ダブルテイルは応接室を出た。


 もうこの都市にとどまる理由はない。殺すべき者はごまんといるが、もう殺してはならない者しか残っていない。


 悪人もより多くを守るために必要なのだ。その悪人による犠牲に目をつむることは間違いなく悪だろうが、それはもう仕方がない。ダブルテイルの中では許されている。


 ギルドを出るとアカツキがすぐに話し出す。


「あれ? もしかして今日は休みか?」


「いや、この都市から移動する」


 アカツキが、「ウソだろ!?」とダブルテイルの言葉を否定してくるが、もう既に決めたことだ。


 迷いなく都市から出ようと歩きだして、そこで───


「リーシュ…! やっと見つけたぞ。リーシュ!」


 ───1人の男が現れ、ダブルテイルの過去のコードネームを口にした。

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