第9話
代わり映えもしない荒野を1人と1本は魔動車の中から眺めていた。
「にしても、スッゲー乾いた土地。雨とか降らないのか?」
「雨などが降ったとしてもこの土地が良くなることなどないさ」
「え? なんで? 土壌が悪いって話? 雨を溜め込めないよ~ってこと? 砂漠みたいに?」
「砂漠…とは違う理由だが、土壌が悪いという疑問は当たらずとも遠からずと言ったところだ」
その疑問は学のない傭兵でも知っている当たり前だ。本当に最低限の常識と言って問題ない。
アカツキはそれを本気で知らないらしく、あまりにも無知だ。しかし生れたての子供というには不自然で、時折不自然な知性を感じさせる言葉を使う。
(別の世界からやってきた…か)
よく分からない魔剣の、様子がおかしい妄言が真実味を帯びていく。ダブルテイルはそれを少しだけ気味悪く感じながらも、それと比するようにアカツキという魔剣により強い興味を持っていた。
「この荒野は戦争の結果できた不毛の土地だ。戦争によって発生した壊れた魔力により草木が育たない。土壌が悪いというより、この空間、この地域が悪いと言ったところだ。だから雨が降っても、種を撒いても、この荒野に緑が戻ることはない」
ここが荒野の理由を説明すると、アカツキはダブルテイルが想像だにしない、常識以前の言葉を吐き出した。
「え? 魔力あんの? この世界」
ダブルテイルは心底驚き、狼狽した。
「なにいって…なにを言っている…? 魔力は…あるのが当たり前だろう?」
「うおぉぉぉぉ! マジか! ファンタジー! スゲー!」
今までで最も大きな声を上げたアカツキに、ダブルテイルは恐怖を覚え、運転中だというのに思わず視線を向ける。
アカツキは興奮したまま質問を重ねる。
「俺でも魔力使えるかな!」
「え…いや…どうだろう。分からないな…」
「どうしたら魔力使えるようになる?」
「使える…というか、魔力は生まれた時から無意識に体に取り込まれているんだが…アカツキは、その…剣だろう? どうしたら使えると言われても…」
呼吸の仕方を教えてくれと言われたようなものだ。しかもそれを言ったのは剣。
ダブルテイルは大変困惑した。
そしてアカツキは落胆した様子でテンションが露骨に下がった。
「魔力…使えないのか…魔力……」
その落ち込みようは思わず罪悪感がわいてくるほどだった。
「その…なんだ。魔力を通してみようか? もしかし───」
「頼む! お願いします!」
「お、わ、わかった」
ダブルテイルは魔動車を停車し、アカツキを持って車外へ出た。
「念のために約束して貰うが、魔力を使えるようになったとしても私がコントロールしている時にはなにもするなよ?」
「なんで?」
「危険だからだ」
「危険?」
「魔力のコントロールを誤れば命に関わる」
「デンジャラス。マジかよ。わかった」
ダブルテイルは体内の魔力をアカツキに流し始める。それからすぐのことだ。アカツキが新しいオモチャを貰った子供のような声をあげた。
「うお! なんだこれ! これが…魔力!? おもしれぇ…」
「魔力が分かったのか?」
「分かった。むしろなんで今まで分からなかったのか不思議ってぐらい分かった。すげぇ…魔力ってそこら辺にあるんだ…つーか俺以外の全てに魔力がある…すげぇ。世界は魔力で満ちている」
ダブルテイルはアカツキへの魔力供給を終わらせ、魔力的な繋がりを切った。
物に込めた魔力は持続せず、緩やかに放出されていく。
アカツキに与えた魔力はそこまで多くはない。そのため直ぐに魔力は霧散するはずだ。しかしアカツキの赤色の幕は薄れていかない。
「魔力切ったの分かったぞ。好きにしていいんだな?」
「あ、あぁ。その、魔力は流れ出していかないのか?」
「いや、全く?」
「凄いな…本来ならば物に込められた魔力は外へ放出されていくんだが…不思議だ」
「ふーん。人の場合はどうなん?」
「許容量を越えた魔力は放出されるが、それだけだ。魔力容量を越えない限りは勝手に放出されない」
「もしかしたら俺が元人間ってのもあるのかも知れないな」
「考えても分からない。分からないが面白いのは確かだな」
ダブルテイルはそう結論づけて魔動車に戻った。
助手席にアカツキを固定してそれからふと思い付いたことを質問した。
「ところで、魔力に過剰に反応していたが、もしかしてアカツキのいた世界には魔力がないのか?」
「ない。そんなのは創作の中だけだ」
「信じられないな」
「俺にとっては魔力の方が信じられねーよ。おもしれーな魔力。つか、なんだ? 変な魔力があるんだが…なんだこれ? 集められないというか…なんというか…なんだこれ?」
「変な魔力?」
「なんか薄いって言えばいいのか? 幽霊みたいな魔力? なにを言っている俺?」
人は魔力の区別がつかない。
ダブルテイルにはアカツキの感覚が分からなかったが、しかし変な魔力、薄いなどと聞けば思い浮かぶのは1つだった。
「それは
「壊れた魔力?」
「先ほどの話を覚えているか?」
「え? ごめん。分からん」
「地域が枯れている話だ」
もし本当に分からなかったならもう一度説明しないといけないと思い、ダブルテイルは内心で疲れを感じていたが、どうやらそれは杞憂だったらしくアカツキは思い出したような声を上げる。
「あぁ。戦争がどうこう言ってたやつね」
「そうだ。戦争で壊れた魔力が産み出され、それがこの地域を終わらせているという話だ」
「で? その壊れた魔力ってなんなん?」
「名前の通りにそのままだ。普通の魔力ではない壊れた魔力。元々はまともな普通の魔力だったのだが、魔力増幅装置によって2つに割られて生れたのが壊れた魔力だ」
「その壊れた魔力があるとなんで地域が枯れるんだ?」
「そうだな…まず前提として人は体内の魔力が著しく減ると魔力欠乏症になる。魔力欠乏症は酷いと命に関わる病だ。それは植物も同じで、そもそも魔力なくては育たない。そして壊れた魔力は取り込めない。だからこの地域は枯れているんだ」
「環境汚染じゃないか…ゆ、夢が無ぇ。魔力って夢の万能エネルギーじゃねーのかよ。つかそれって直せないのか? 壊れたって言うならほら、直すことは……?」
「出来たらいいな」
アカツキはしみじみとした声でもう一度夢がないと嘆いた。
「はぁ…そうそう上手くはいかないようで、異世界でも現実ってやつは世知辛い…」
剣のくせに人間よりも人間みたいなことを考えると思い、ダブルテイルはそのままそれを口にした。
「人間みたいなことを言うな?」
「人間だよ。いや元か? いや、俺は今でも人間だ」
剣が人間を自認しているからといってなんだというのだろうか。いくら喋れようとも剣は剣でしかない。
「剣だろう?」
「違ーいーまーすー。いや剣だけど、心は人間のつもりですー」
「心…心って……はは。剣が心って」
「あーあ! 剣が心持っちゃいけねーんですかね? 差別だ差別」
差別という言葉を聞き、ダブルテイルは心にチクりとトゲが刺さったような気持ちになった。
「あ、そうか。そうだな。差別だな。悪かった」
「うお、どうした? 急にしおらしくなって」
「なんでもない」
「ふーん? じゃ話変えるけど、魔力があるなら魔法ってある?」
それも当たり前のことだった。わざわざ聞く必要もない。
ダブルテイルは魔法があることをアカツキに伝えると、またアカツキは喜ばしげに質問を重ねてきた。
「魔法って俺でも使える?」
「無理、多分無理。いくら喋れたとしても流石に無理だ」
「なんで? ワンチャンない?」
「…犬?」
「ワンちゃんじゃねぇーよ!」
突然キレられたためダブルテイルは普通に驚いた。脈絡もなく犬の話を始めたのはアカツキの方だろうに。
「なんというか…理不尽な」
「突然『犬?』とかいう小ボケかました方が悪いだろ!」
「理解できないな。アカツキが言っていることの意味が分からない」
「え? まて、本気で言ってるのか…?」
恐れおののいたようにアカツキが疑問を投げ掛けてきたが、ダブルテイルにはその原因が分からない。
普通に肯定するとアカツキは狼狽えたような声を上げた。
「マジかよ。ワンチャン通じないのか? ワンチャンスって意味なんだけど…もしかしてそんな言葉はない?」
「いや、ワンチャンスという言葉の意味は分かる。しかし、それがなぜワンちゃんになるんだ?」
「単純に略しただけだよ」
「言葉が壊れるのでやめた方がいい」
「言葉が壊れる? なんとも斬新な言い方だな。結構好きかも」
「そうか? それはよかったな」
ダブルテイルが他人事のように会話を投げ捨てると少しの間が空いた。その後、アカツキが話を戻してから改めて同じ質問をした。
「なんかだいぶ脱線したな…。話を戻そう。俺は魔法使えないのか?」
「無理だ」
「そっかぁ……ダブルは使えるのか?」
「私は魔法を持っていない」
「持っていない? 魔法ってなんか杖とか必要なのか?」
また会話の中で突然杖が出てきたが、先ほどの犬よりは理解できる。まだ魔法というものに関わりがある物体だからだ。しかし杖は所詮王冠に並んで、王位を示す錫杖という役割しかない。
「そんなものは必要ない。魔法に必要なのは血統だ」
「血統って…それこそ犬か何かか? お貴族様が好きそうな話だな」
「まさにその通り貴族様が大好きな血統だ。たまに魔法を宿していない両親から魔法を宿す血が生まれたりするが…ごくごく稀だ。基本的に魔法は国のお偉方の特権と言って差し障り無い」
「えぇ…じゃあ後天的に魔法を使う方法とかないの?」
「魔剣などの特殊な遺物や、魔力変換器とかの力が必要だ。それにしても遺物の類いは貴族様が象徴として保持していることが多く、魔力変換器に関しては魔法と認められていない」
「認められていない?」
アカツキはまた変なところに引っ掛かりを覚えたらしく、態度と声音で言外にダブルテイルに説明を要求してきた。
「お偉方にとって魔法は権威や支配の正統性を示すものなんだ。だから変換器などという道具を魔法とは認めていない。それに変換器を介した魔法と、純正の血統から発生させる魔法では、出力も効率も段違いだ。偽物の魔法と言っても納得できてしまうほどにな」
アカツキは間の抜けたような、本当に分かっているのか怪しい返事をした。
「あ、いや待ってくれ、やっぱりこの世界には貴族様っているのか?」
突然話が変わる。しかしダブルテイルもこの短い時間で慣れてきたため特に感慨を抱くことなく平然と返す。
「普通にいるな。もしかしてアカツキの居た別の世界では居ないのか?」
それからアカツキの「この世界は」という言い方に違和感を覚え、逆に質問をした。
「昔は居たらしい。俺が生きてた頃はいない」
「1人も?」
「俺の国にはいない」
「なんというか…凄まじい国だな」
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