17話 引っ越し

「そろそろ引っ越そうと思う」


「お?」


「にゃ?」


 ある日僕は唐突に2人にそう告げた。2人は突然のことに驚き、首を傾げる。


「どしたん、ご主人。この宿に不満でも?」


「いや、不満はないよ。ただ環境を変えたい理由があってね」


「お風呂入りたいにゃ?」


「それも……あるけど、もっと重要なことだよ」


「なんだよ、勿体ぶらずに教えてくれよ」


 僕は切実な思いを口にするように、力強く声を上げた。


「部屋で『鍛冶』をしたい……!」


「あーなるほどな」


 現在『鍛冶』はダンジョン内で行っている。理由としては『鍛冶』の際に発生する騒音で周囲に迷惑をかけないためだ。


 今まではこれでもそこまで不便はなかった。なぜならば『鍛冶』を行う対象がダンジョンでドロップした武具であり、その目的は冒険者ギルドでそれらを高値で売るためだったからである。


 しかし今は違う。ミルリィ会長と契約したことで、今後は魔装を作る必要がある。そしてその度にダンジョンへと赴くのは流石に効率が良いとは言えない。


 だから自室で鍛冶をしたい。故に【防音】の部屋が用意されている高級宿に引っ越したいというのが今回提案した理由である。


 その辺りを丁寧に説明すると、2人は納得した様子であった。


「お風呂! お風呂にゃ!」


 シュムが両手を上げて喜ぶ。どうやら彼女にとっては何よりも、もう一度お風呂に入れるという事実の方が嬉しいみたいだ。


「風呂かぁ」


「アイシャは入ったことある?」


「いや、ないぜ。村でも商館でも水浴びで十分だったからな」


「アイシャ、お風呂はいいにゃ。きっとアイシャも気に入るにゃ」


「へーそんなにいいもんなのか。そりゃ楽しみだな」


 アイシャがニッと笑う。この様子ならば、まず引っ越しを反対されることはないだろう。


「よし! それじゃ引っ越しすることで決定ということで!」


「異議なしにゃ!」


「あいよ」


 こうして2人の了承を得たこともあり、僕たちは高級宿へと引っ越すことに決めた。


 ◇


 数日後。現在の宿で事前に支払っていた分宿泊をした後、僕たちは引っ越し先へと向かった。


 ちなみに今回宿泊予定の宿はマルルの宿と言う。

 特徴は様々だが、なんと言っても好立地で、お風呂、【防音】の魔道具完備の上、食事が美味しいというのが人気の理由か。

 それだけでも十分なのだが、なんといってもあの紫電一閃の皆さんが宿泊しているという事実が、この宿にした決め手となっている。


「にゃにゃにゃ〜楽しみにゃ〜」


 僕と繋いだ手をぶんぶんと振りながら、シュムが鼻歌を歌う。いったい何の歌かはわからない、というよりもおそらく彼女のオリジナルではあるが、その陽気なメロディーから彼女の気分が高まっていることが窺える。


「シュムは元気だなぁ」


 対して僕のもう一方の手を握るアイシャが呆れたように声を漏らす。

 しかしその表情や、時折シュムの鼻歌に合わせて小さくスキップをしていることから、彼女もこの先を楽しみにしていることがわかる。


 そんなどこか浮かれた2人につられて僕も心を躍らせながら、歩みを進める。

 程なくして、目的地であるマルルの宿へと到着した。


「ほ、ほんとにここに泊まるのか?」


 その外観を目にし、アイシャが怖気付いたように声を漏らす。


「部屋の空きがあったらだけどね」


「空いてるといいにゃ〜」


「そこは運次第ということで。さ、いこうか」


 僕たちは繋いでいた手を離すと、宿の扉を開けた。


 中も非常に豪華な作りであった。おそらく初見であれば僕もアイシャのように怖気付いていたかもしれない。しかし僕たちはこの前紫電一閃の皆さんと食事を取った際に一度ここを訪れている。故に僕は平静のまま、受付へと向かった。


「いらっしゃいませ」


「すみません。宿泊したいのですが、今宿に空きってありますか。あ、3人1部屋で大丈夫です」


 僕の声を受け、受付の女性は困ったように眉を顰めた。


「申し訳ございません。ただいまお一人様用のお部屋1部屋しか空きがございません」


「そうですか……」


「にゃ。その部屋を3人で使っちゃダメにゃ?」


「お一人様用のお部屋を3人で、ですか。……確認いたしますので少々お待ちください」


 言葉の後、受付の女性は裏へと歩いて行く。少しして、女性は戻ってきた。


「オーナーに確認したところ問題ないとのことです」


「おお、ほんとですか」


「はい。ただしお一人様用の部屋故、3人で使用するには少々狭いことご了承ください」


「はい!」


「念のためお部屋の方確認されますか?」


「そうですね。お願いできますか」


「承知いたしました。それではこちらへどうぞ」


 女性に続き、その1人用の部屋へと向かう。そして内装を確認したのだが……正直僕たちが使うには十分な広さがあった。


 受付に戻り、女性が「いかがでしたか」と問う。


「問題ないので、このまま手続き進めていただきたいです」


「承知いたしました」


 言葉の後、女性と会話をしながら手続きを進めていく。その中で何泊か問われたため、ひとまず1週間とした。もちろん住んで問題なければ延長していく予定である。

 ちなみに料金は1泊金貨1枚だった。想像以上に安くて驚いたのだが、どうやら1人部屋を3人で使用するため特別料金にしてくれたらしい。ありがたい。


 こうして諸々の手続きが終わり、僕は宿の鍵を受け取る。それを手に、先ほど案内された部屋へと向かった。

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