3話 狩りとはじめてのレベルアップ

 翌日。武具を何も所持していない僕は、念のためと先日修繕したナイフを持って狩りグループの集合場所へと向かう。


 するとそこには1人の男性の姿があった。


「おお、ファン! はやいじゃないか!」


「ボッケさんおはようございます! 楽しみで待ちきれなくて!」


 その男性、ボッケさんはこの村の狩りのリーダーだ。髭をたくさん蓄えた豪快な人で、とても頼り甲斐のある人物でもある。


 ボッケさんは僕の言葉を受け力強い笑みを浮かべた。


「ガハハそうか! 狩りが楽しみとはファンは見かけによらず血気盛んなんだな!」


「そんなんじゃないですよ! これで今まで以上にみんなの役に立てるなと考えると嬉しいだけです!」


「ファン……うぅ。そんなことを考えてくれていたとは……大きくなったんだなぁ」


「あはは!」


 言葉の後、デルフさんは僕の頭をワシワシと撫でてくる。僕は思わず笑い声を上げた。


 と、そこに「なにじゃれあってるんだ?」という声が届く。


 僕はすぐさま挨拶をした。


「あ、デルフさん。おはようございます!」


「おう、おはよう。ずいぶんとやる気満々だな」


「聞いてくれよデルフ。ファンのやつな、村のことを思って……」


 こうして人が来ては僕が村を思っていることを伝えてを繰り返していると、この日の狩りのメンバーが集まる。

 当然僕が最年少だ。他10代が1人に20代が3人、30代以上が3人の計8人がこの日のメンバーである。


 ここで僕はぐるりと見回し、皆の装備を確認した。するとやはり貧村だからか、まともな武具を纏った人間はいない。


 基本的にはツギハギだらけのボロボロの革鎧を部分的に纏っており、武器である剣や槍、盾なんかも錆や綻びが目立つ。

 パッと見では手入れもしているようだが、やはり元の品質の問題で、手入れが追いついていないようだ。


 それはリーダーであるボッケさんも同様であり、彼が帯剣しているものも、錆びがかった切れ味の悪そうな長剣であった。


 ……わかりきっていたことではあるけど、やっぱり皆武具の品質がかなり悪いな。


 まともな武具を購入できるほどの金や、金になる名産など一つもなく、日々その日暮らしを行っている以上仕方がないこととも言える。しかしこんな武具を使っていては現状から状況が好転することはないだろう。


 ……これは早急にレベルを上げてみんなの武具を直せるようになった方が良さそうだな。


 皆の出発準備が整うまでの間、彼らの姿を目にした僕は改めてそう強く決意をした。


 と、ここでどうやら準備が整ったようで、ボッケさんが僕たちに声を掛ける。


 どうやら狩りの時にはある程度決まった陣形があるようで、その声に従い、ボッケさんを先頭に皆が位置を変えていく。

 僕はどうなるかというとその陣形の中心、つまり皆に周囲を囲われた形になる。


 やはり魔物との戦闘の想定した場合、この形が最も僕を守りやすいらしい。


 皆に守られる立場だということに、頭では理解しつつもどこか申し訳なく思ってしまう。


 ……なるべくはやく皆と一緒に戦えるように強くならなきゃな。


 僕は内心そう決意すると、狩りチームの輪に加わりながら村の外へと出た。


 ◇


 今回の目的地は近くの森である。この森は通称迷いの森と呼ばれており、その名の通り入ると出口がわからなくなってしまうらしい。


 そんな場所に入って大丈夫かと最初は不安に思ったが、どうやら迷いの森が本領を発揮するのは森の中程辺りからであり、入り口周辺であれば迷うことはないらしい。


 加えてボッケさんたちは何度もこの森に入っているため、当然入り口周辺のみではあるが、どう歩みを進めても帰り道がわからなくなることはないそうだ。


 僕はその話を聞きながら安堵の息を吐く。同時に迷いの森とはなんとも紛らわしい名だなと、命名した人物に対して内心で悪態をつくのであった。


 と、そんなこともありつつ会話を交えながら歩くことおよそ30分。僕たちは目的の迷いの森へと到着した。


「ここからは魔物も出てくる。今日はファンもいるからな。お前らいつも以上に気合いを入れろよ!」


 ボッケさんの声に皆で返事をした後、彼に続いて森へと足を踏み入る。


 森の中は比較的木々に隙間があり、先を見通しやすい作りになっていた。

 またこれまで足を踏み入れた人々による天然の道ができていたこともあり、特に足を取られることなく歩みを進めることができた。


「ファン、大丈夫そうか?」


 僕の右を行くデルフさんが周囲を警戒しながらもこちらに小声で声をかけてくれる。

 僕はそれに力強くうんと頷く。


「そうか。強いなファンは」


 言ってニコリと微笑むデルフさん。その声に僕はどこか無駄な緊張がほぐれる感覚を覚えた。


 それから皆で森の中を進んでいると、ここでボッケさんが手を横にやり皆の歩みを止めた。


「いたぞ。ツノウサギだ」


 ツノウサギとはその名の通り額にツノを生やしたウサギ型の魔物のことである。


 魔物にはその討伐難度等様々な基準によってFからSまでランクが定められているのだが、このツノウサギはその中のF、つまり最弱の部類になる。


 それは討伐のしやすさや攻撃の単調さからなるのだが、しかしだからといって侮ってはいけない。


 たとえ最弱とはいえ魔物は魔物であり、ツノウサギのツノは薄い革鎧であれば簡単に貫通するほどの鋭さと威力があるのだから。


「デルフ。やれるか?」


「あぁ、任せてくれ」


 言葉の後、デルフさんが弓を構える。そしてジッと狙いを定め矢を放つ。


 瞬間、木製の矢は一直線に目標へと飛んでいき、そして狙い通りか、ツノウサギの頭部を貫いた。


「よくやった。いくぞ」


 ツノウサギやその周囲の様子を慎重に探り、すでに事切れたことや安全を確認できたのか、ボッケさんはそう言うと歩みを進める。僕たちもそれに続く。


 そしてツノウサギの目の前までやってくると、僕たちのうちの1人が急いで血抜きを始めた。


 その様子をジッと見つめていると、ボッケさんが声を掛けてくる。


「見たかファン。これが狩りで、普段食べている肉の取り方だ」


「はい」


 目の前で先ほどまで生きていたツノウサギがどんどんと見慣れた肉へと変わっていく。


 その様は現代日本の価値観では、はっきりいってグロい。

 しかしこれが狩りであり、今後僕がやっていくこと、やらなくてはならないことなのだと理解し、僕は脳内で合掌しながら、片時も目を離さずにその様子を眺めた。


 ◇


 その後も僕たちは魔物を見つけては狩っていった。


 そのほとんどがツノウサギではあったが、本日はこれに加えてイノシシを狩ることもできたため、村の食料としてはある程度行き渡る量の肉を確保することができた。


 こうして目的も達成できたため、皆で森から出ようと歩いていると、ここでボッケさんが再び歩みを止めた。


「待て。あそこにゴブリンがいる」


 ……ゴブリン!?


 僕はある意味では聞き慣れたその名に、内心で強く反応する。


 ゴブリン。前世のファンタジー小説でよく雑魚として登場するように、この世界でも単体では弱い魔物として扱われている。


 ただしそのランクはE。つまり最弱であるツノウサギ等と比較すれば、1段階強者ということになる。


「どうするリーダー」


「そうだな。見たところはぐれのようだ。周囲の様子を探った感じ、仲間らしきものは見当たらない。それにあのゴブリンは武器を持っていない。だからここは討伐すべきだと思う」


「とどめはファンに任せるか?」


「ぼ、僕ですか?」


「あぁ。ファンはまだレベルアップの経験がないだろ? きっとあのゴブリンを殺れば、レベルが上がるはずだ」


「レベルが……」


「それに魔物を討伐する感覚も知ってほしいと思ってな。もちろん瀕死状態にまでは俺たちでもっていく。だからファンの仕事は最後の一撃を入れることだ」


「待て、さすがに初日のファンにやらせるのは酷じゃないか?」


「そうは思うが……ファンは狩りに張り切って参加してくれたからな。少し早いが、ここで経験させるのもありかと思ってな」


「どうする、ファン。決めるのはお前次第だ」


 ボッケさんの声に、僕はあらゆる葛藤を払拭するように力強く、しかし静かに言葉を返した。


「……やります。やらせてください!」


「よく言った。よし、バルド、ルドー、カイロ。ゴブリンとの対峙はお前たちに任せる。危険であればもちろん仕方がないが、そうでなければ瀕死状態で止めてくれ」


 ボッケさんの声に、名を呼ばれた3人はそろそろとゴブリンの元へと向かった。そしてバルドさんの弓矢での一撃を合図に、戦闘を開始した。


 相手はEランクの魔物、ゴブリン。とはいえ、武器などを所持していない個体の上、3対1という状況では流石にこちらに分があったようで、ゴブリンはあっという間に傷だらけになり、地へと仰向けに倒れ伏した。


「リーダー、きてくれ」


「よし。ファン、いくぞ」


「はい!」


 ボッケさんに続き、僕たちはゴブリンの元へと行く。


 ……うわぁ、傷だらけだ。


 目前には切り傷だらけで荒い息を吐くゴブリンの姿がある。どうやら最早身体を動かすことも叶わないようで、天を見つめながら近い将来に訪れるであろう死を待っている状態だ。


 ……魔物は敵とはいえ、この状態はあまりにも酷だな。早く楽にしてあげないと。


「ファン、いけるか」


「はい。大丈夫です」


 僕は力強く言葉を返すと、倒れるゴブリンの目の前へとやってくる。


「よし」


「ファン、俺の武器を使うか?」


 ここでボッケさんが剣を渡そうとしてくれるが、僕は首を横に振った。


「大丈夫です。一応刃物は持ってきてますので」


「そうか」


 僕は腰にかけていた革でできた鞘のようなものから、銀色に輝くナイフを取り出す。


「随分と立派なナイフだな。それは……いや、そうか」


 ボッケさんが口を噤む。きっとなんとなくではあるが、このナイフの在処に気がついたのであろう。


 他の皆も僕の持つナイフに驚いているが、その在処を問うたりはしない。やはりボッケさんが言葉を止めた以上、それを聞くのは野暮だと判断したのだろう。


 ……みんながいい人でよかった。まぁ、だからこそこうして見せたんだけど。


 貧村故に村の皆が家族のような存在であるからこそ、信頼をしている。そうでなくてはナイフを見せるのももう少し躊躇ったはずだ。


 僕はナイフを構える。目前には風前の灯であるゴブリンの姿がある。


 ……ごめん。そしてありがとう。僕の『鍛冶』のためにも、その命いただくね。


 僕は心の内でそう唱えると、ゴブリンの胸元へと勢いよくナイフを振り下ろした。


 ナイフは驚くほどすんなりとゴブリンの胸へと埋まっていき、そして「グギャッ!」っという声の後、ゴブリンはその命を停止させた。


 瞬間、僕の全身を言いようのない温かさと全能感が包む。


 ……これがレベルアップの感覚?


 思い自分の身体を探ると、どうやら魔力量が倍近くなっていることに気がつく。

 やはり先ほどのはレベルアップの感覚であったようだ。


「ファン。気分はどうだ?」


「あまり良いとは言えませんが……大丈夫です」


「そうか。やはりファンは強いな」


 デルフさんはそう言うと、僕の頭を軽く撫でた。


 ◇


 途中ゴブリンに遭遇するというイベントがあったが、なんにせよ初めての狩りは怪我もなく無事に終えることができた。


 村に戻り、帰宅した僕は本日のわけ前である肉を焼きながら改めて今日1日を振り返った。


「いやー、濃厚で勉強になる1日だったな」


 ただ狩りに同行しただけではあるが、森の歩き方や魔物の狩り方など、学びを得る機会がたくさんあった。

 目の前で肉を捌く様を見たり、実際に魔物を自らの手で殺したりすることなど、貴重な経験をすることもできた。


「ただこれが日常になるわけだから……特別なことと思わず慣れていかなきゃな」


 僕はそう口にしながら強く決意をした後、グッグッと2度ほど手に力を込めた。


「それにしてもまさか初日にしてレベルを上げることができるなんて」


 力を込めた感覚は正直あまり変わらないが、なんとなく力が向上していることがわかる。

 なによりも顕著なのが魔力で、レベルアップの際に感じたようにやはりその量はおよそ2倍になっていた。


「まぁここまで大幅に伸びるのは最初だけだろうけど……ただなんにせよこれで──質によっては武器の修繕も可能かもしれない」


 そう思うと、僕は早く試したくて仕方がなくなった。しかし今この時間からデルフさんの元を訪れるのもどうかと思ったため、この日は逸る心を抑えるようにして眠りについた。

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