課題短編「東京に降る雪」

木村 瞭 

第1話 柴田の智紗に対する望みは性急過ぎた  

 東京育ちの柴田は智紗を人気スポットへ案内した。

 東京駅から皇居や丸の内エリアを探索し、浅草とお台場で東京の新旧を満喫した。

 日本橋では隅田川を巡るクルージングに興じ、東京スカイツリータウンで水族館やショッピングを楽しんだ後、アートとコーヒーの街、清澄白河を散策した。

 上野では浅草同様に粋で伝統的な下町文化を体感したし、谷根千では昔ながらの東京の風情を楽しんだ。上野公園周辺は明治時代以降の近代建築の宝庫だった。

 又、映画「男はつらいよ」の主人公、寅さんの舞台を訪ねて、葛飾柴又の下町人情溢れる門前町の賑やかな参道を抜けて帝釈天題経寺へお参りした。更に、江戸川から矢切の渡しへ出て山本亭の庭園を抜けた後、寅さん記念館まで歩いた。

 東京には自然もたっぷり在った。JR青梅線の「御嶽駅」で降りると、東京とは思えない山と渓谷が織りなす大自然の風景が眼に飛び込んで来た。駅の直ぐ傍に多摩川が流れ、御嶽渓谷と呼ばれる美しい渓谷が拡がっている。遊歩道が整備されていて、遠くに望む御岳山や季節の花々が眺望出来たし、多摩川で釣りやラフティングを楽しむ人や川岸でスケッチや写真撮影に興じる人などの姿も見られた。遊歩道沿いにはギャラリーやカフェが有ったので柴田と智紗は川のせせらぎを聞きながら愉しい昼食を摂った。

 柴田は事前に、インターネットやガイドブックで丹念に下調べをし、予備知識を仕込んで智紗を案内した。それは、智紗に少しでも愉しんで貰いたいと願う彼女に対する熱い思いの為せる故だった。


 いつの間にか時は流れて二年が過ぎた。

その間に、柴田は卒業して大会社に就職し、智紗は大学四回生になっていた。

そして、柴田が入社した三年目の二十四歳の春に、突然にニューヨークへの転勤が命じられた。

「僕と結婚して一緒にアメリカへ行ってくれないか。いや、是非、一緒に行って欲しい、頼む」

それを聴いて智紗は泣き笑いの表情を浮かべ、そして、答えた。

「少し、考えさせて・・・」

「一体何を考えようと言うんだ?」

そう畳みかけられて智紗は言った。

「わたしは未だ二十二歳の大学生よ。一人前の大人じゃないわ。それに、あなたは東京の人だし長男だし、私は京都生まれの一人っ子だし、やっぱり考えなくちゃならないことは一杯在るわ。だから、お願い、もう少し待って」

柴田の智紗に対する望みは彼女にとっては性急過ぎたのだった。



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