ミヤビブリオ
ああそうか
幸運は準備した者に訪れる
その日帰宅途中の電車内で大きな耳を生やした青髪の女の子がいた。
向かいの席にちょこんと座りながらライトノベルを読んでいる可愛い女の子から何故か目が離せない。
服全体に星が散りばめられていて青いケープに黒のレース、胸元の大きなリボンには金のブローチの装飾がしてあり腰には茶色のコルセットでクビレが美しい。
その時電車が揺れケープの下からたわわに実ったお山が揺れ目のやり場に困ったのだが何故か逸らす事が出来なかった。
俺ってこんなにムッツリだったか?そう思った時ふと誰かに似てると感じてしまった。
早朝6時頃の通勤時によく目で追ってしまうあの子に雰囲気がどこか似ていた。ストレートの時もあればハーフアップの髪型をして可愛さが増したりするあの子もライトノベルをよく読んでいた。そして読んでる姿が酷似している事に気付いた時、目が合ってしまった。
じっと見られている事に気付いた彼女は顔をライトノベルで隠しチラっとこちらを見てくる。なんて声をかけていいのか分からず目線を耳の方に向けて誤魔化す。ピコピコと可愛い耳が動くのを眺めつつ降りる駅になんとか着いた。
足早に去ろうと一歩踏み出すと袖口を誰かに引っ張られ思わず振り返ってしまった。袖口を掴んでいたのは青髪の女の子だった。意を決して声を掛けてみることにした。
「あの、何か御用ですか?」
「先程から私の方をじっと見つめて微笑んでましたけど何か可笑しかったですか?」
「全然そんな事ないですよ、寧ろ似合ってます!そのお耳動くんですね、青い髪も綺麗ですし何かのコスプレかな?絵画のような美しさですね」
真剣な目でこちらを見つめてくるので反射的に口に出てしまった。傍から見れば挙動不審の男が早口で気持ち悪い事を言ってしまったと今更気付き謝ろうとした時━━
「・・・身バレした」
「えっ?身バレ?いきなり何ですか?」
「あなたみゃ〜ともじゃないの?」
「みゃ〜とも?そういうアニメのコスプレでしたか」
そう答えると彼女は自分のスマホを取り出し画面を見せつけてきた。
「よく似てますね、これがみゃ〜とも?」
「この子はつじみやび、私のVTuberの姿なんです」
スマホと彼女を交互に見比べ完成度の高さに舌を巻く。そして次の言葉で私は混乱してしまった。
「あなたには私がこの姿に見えてるの?」
いったい何を言っているのか理解出来なかった。目の前にいる彼女は同じ衣装を着ているのだから。
「当たり前じゃないですか、この青いケープなんて高そうですね」
そう言うと彼女はニパ〜っと笑顔になりながら私の手を取ってブンブンと勢いよく腕を振ってきた。
「凄い凄い凄いっ!こんな事ってあるんだ!」
訳がわからない、私からしたら可愛い子から喜ばれ手を握られてる事の方が異常だ。早くこの場を去った方がいい。そう思ってるのに足が動かない、喜んでる彼女の揺れるお山から目が離せずにいる。
「どこ見てるんですか、さてはあなたヘンタイさんですね」
胸を腕で隠す仕草をされ、ハッと我に返った私はもちろんそんなつもりはないと強く首を横に振った。
「冗談ですよ。それに何回かお見かけした事ありますよね?」
「そうだね、確かに何度か会ってるね。ただ、その時は黒髪にスーツだったけど今日は会社お休みなのかい?」
「いえ、いつも通りのスーツ姿です。何故かアナタにはVTuberの姿で見えてるみたいですけどね」
微笑みながら言われた言葉を噛み砕いて考えてみる。確かに他の乗客は無反応だったしじっと見ていなかった気もする、となると本当に私だけに見えているのか。
「疲れているのかもしれないな、こういう日は飲んで忘れよう」
「そのお誘い良いですね。ご相伴に預かります」
屈託のない笑顔を向けられ独り言だとは切り出せず口から漏れ出た言葉は━━
「行きますか、つじさんは美味しいお店知ってます?」
正直驚いた、これが私のテンパった時に出るセリフなのかと自分自身のボキャブラリーの貧困さと軽率さに、まるでナンパしているようにしか見えないだろう。周りから最悪パパ活と捉えられても仕方がない。
「みやびちゃんでお願いします。つじさんだと余所余所しくて距離を置かれてる感じがして嫌です」
物事をハッキリ言える子だと感心していると何やら期待の眼差しを向けられている気がする。
「何か食べたいのあるかい?みやびちゃん」
「お肉がいい」
どうやら焼肉を所望しているらしい。ここから近く美味しいお店・・・
「完全個室焼肉 GYU CHIBAはどう?」
「お願いします!」
間髪入れずにいい返事がもらえた。どうせ家に帰っても誰もいない寂しい部屋で過ごすだけだ、可愛い子と一緒に焼肉を食べれると考えたら見栄も張りたくなる。
直ぐ様空いてるかの確認と予約を済ませ店に向かった。
「焼肉すきなの?」
歩きながらみやびちゃんに聞いてみた。
「私12月15日に活動1周年だったんですよ、そのお祝いをお兄さんにしてほしいなって思いまして」
この子甘え上手だ、そう思った時には手遅れだった。一気に懐に入られたような感覚と上目遣いの可愛さに頭がクラクラしてきた。
「だってお兄さん私のVTuberの姿が見えてるし綺麗って褒めてくれたのが嬉しくって」
眩しすぎる笑顔を向けられ胸が高鳴る。凄く顔が熱い、直視出来ない、心臓の音が周りに聞こえてないか心配になりそうなくらいうるさい。自分の身体の中を血液が鳴り響いていた。
お店に着くと個室に通され上着を脱ぎハッとした。何故ならみやびちゃんが椅子にかけた上着はスーツだったからだ。
「え、スーツ?ケープじゃなく???本当に私にだけ見えてるのか」
私が驚いているのを見かねてみやびちゃんはケラケラと笑い出した。
「お兄さん本当につじみやびを認識しているんですね、嬉しいなぁ」
彼女の屈託のない笑顔が眩しい、その可愛い笑顔を見ていると心が温かい。
「好きな物頼んじゃっていいからさ、お酒は何がいい?1周年お祝いしよ」
「じゃあこれとかお願いします」
メニューを見ながら次々注文しテーブルには直ぐにお酒が届いた。
「「乾〜杯」」
キンキンに冷えたビールが喉を潤していく。一気に緊張の紐が解けていく感覚と独りじゃない嬉しさが押し寄せてきた。
「そう言えばみゃ〜ともだっけ?ファンネーム?」
「そうなんですよ、活動半年で決めてもらったんです。いいでしょ」
「既視感を覚えるなぁ」
「どうしてです?」
「だって私の苗字宮友って言うんです」
彼女は口に含んだお酒を勢いよく吹き出し笑いながらこう言った。
「宮友って、出来過ぎですね。私をVの姿で見えててみゃ〜ともならず宮友って」
楽しそうに話す彼女を眺めてたら運命だなんてちっぽけな言葉は言えなかった。そう、これは━━
「必然ってやつか」
ポツリと呟いた言葉と同時に美味しそうなお肉が沢山運ばれてきた。お酒も追加し焼き始めると彼女の目が輝いていた。これは狩人の目だ。焦がしてなるものか、最高の状態で食べてやる!そんな気迫すら感じる視線をよそに私はどんどんお肉を並べていく。
「そんなに焼いたら食べる頃に焦げちゃいますよぉ」
「大丈夫、食べてみな」
焼けたお肉をトングで皿に取ると一瞬で消えた、すでに彼女の口の中に放り込まれていたのだ。
「何これ美味しい!えっ、蕩ける〜」
見惚れてしまうくらい美味しそうに食べる彼女にハッと我に返りどんどんお肉を皿に置いていく。
焼き、渡し、焼き、渡しの繰り返し作業だが彼女の幸せな表情を見ているともっと食べてほしいと願ってしまう。
「宮友さんも食べましょうよ」
そう言われ差し出されたお肉を食べて気付いた。そう、これは所謂あ〜んなのではないかと。いや間違いなくそうだ。
「どう?美味しいですか?」
「えぇ、とっても」
彼女の微笑みが私には魅力的すぎた。何か、何か話題を変えなければ勘違いしてしまいそうだ。
「そ、早朝の電車内うつらうつらとしてる時を見るのですがキツいお仕事なんです?」
「そんな事ないですよ、好きでやってるお仕事ですから。それに眠いのはVとしての活動とゲームや読書などの時間が足りないからかもしれません」
しまった、食事中に仕事の会話なんか持ち込むんじゃなかったと思い彼女の表情を伺うと美味しそうにどんどんお肉を口に運んでいて幸せそうだった。
「もっと食べる?気にせず追加していいよ」
「宮友さんこそ箸止まってますよ、一緒に食べるから美味しさが増すんじゃないですか」
それもそうかと納得し今あるお肉を網に並べ終えて私も食べる事に専念した。彼女はこれ美味しいですね、脂が滑らかでいっぱい食べれると呟きながらずっと幸せな表情を浮かべていて連れてきて良かったとさえ思える食べっぷりだった。
お酒も進みお肉を食べ終えた頃いつの間にか彼女はスヤスヤと寝息をたてていた。そしていつもの黒髪の姿が私の目に映っていた。これが夢から覚めるという事なのだろうかとも思いつつ会計を済ませ戻ってきてもまだ眠っていたので起こそうと声をかける。
「おんぶ〜〜」
近くだからお願いと甘えた声で強請られてしまったら断る事など私には出来なかった。彼女を背負うと背中に温もりと柔らかい感触が襲ってきたが、人間を人間たらしめるものこそ理性である。
煩悩を消し去り彼女の柔らかさと戦いながら帰路に着く。スマホの地図を見ながら10分もしない場所に彼女の家があった。インターホンを鳴らし出てきたお母様にお腹いっぱいになったら寝ちゃいましてと告げるとすみませんと謝られながら彼女は引き取られていった。
この寒い季節に良い思い出が出来た。不思議な縁だったが心が温かくなった。幸せってこういう事なんだろうと実感した俺は明日からも頑張れる気がして足早に自宅に帰ったのだった。
ミヤビブリオ ああそうか @aasouka_
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