2. 観察 ○○XX年1月(XXXX年)

 予想通り冬は厳しい。天気の良い昼間はいいが、曇りの日はすごく寒い。雪が降ると最悪だ。

 特に夜が辛い。板敷きに布きれ一枚で寝かされている。掛け布団にも綿が入っていない。さほど厚着もしていない。

 唯一の救いは乳母が添い寝してくれることだ。暖かい若い女性に抱きしめられていると体の内側から暖かくなる。ありがたいことだ。


 どうやら現在は身分制度があるようだ。私は上流階級に産まれたようで、母は時々しか会わない。面倒を見てくれている若い女性は乳母だ。お乳が出るので経産婦だろうが若い。まだ20代ではないだろうか。


 先日、父らしき男性がやってきて私を抱き上げ頬ずりをしてきた。父も若い。まだ20歳そこそこといったところだ。おっさんではないが、男性に頬ずりされるのは良い気がしない。

 父がこんなに若いとは、やはり過去なのか? 大勝利と言っていたな。戦があるのか。江戸時代以前か?


逆行転生?


 ラノベでよく出てくるやつだ。ラノベファンの私にとってはなじみ深いが、まさか本当にそんな現象があるのだろうか?


 逆行転成だとしてもだ。父も迷彩服を着ていた。髪型も髷ではなく短髪だ。だが、腰には脇差しを差している。

 抱き上げられたので近くでよく見ると、迷彩服だと思った服は洋服ではない。和服と洋服の中間のような見たことのない形をしていた。

 それに私の名前だ。クーは令和のキラキラネームにもないと思う。過去にも日本にはそんな名前はなかったと思う。


異世界転生? 平行世界転生?


 過去の日本によく似た異世界に転生したのだろうか? 疑問は尽きない。




 正月になった。周りの様子でわかる。と言っても逆行転生の場合だ。異世界だと正月のような時期ということになるか。

 朝から騒がしいと思ったが、大勢の人のいる広間に連れて行かれた。今日の父、いや父上と呼ぼう。父上は迷彩服ではなく普通の和服だ。少し良いものに見える。


 父上の隣には母上が座っている。父上と母上を起点にして二列に人が並んでいる。

 私は乳母に抱っこされて母上側の4人目の席に着いた。母上のすぐ横には40代ぐらいの女性がいる。前世だったら私の母でもおかしくないが、この時代だと祖母だろうか?

 その女性と私の間に子供が2人居る。兄と姉なのかも知れないがどちらもまだ幼い。父上も母上も若く見えるが、私が3人目の子なのだろうか?

 向かい側は大人の男女が並んでいる。一族だろうか。青年はいるが子供はいない。


「明けましておめでとう」

「「「おめでとうございます」」」


 父上の挨拶に合わせて皆が挨拶する。伝統的な日本の正月のようだ。異世界だとしても前世からあまりかけ離れてはいないようだ。

 父上が杯を仰ぐと皆が食事に手を着け始めた。乳母がサジで何かを食べさせてくれるが、味が薄くて何を食べているのかよく解らない。粥かな? 最近離乳食を食べているが、どれもこれも味など解らずに丸呑みしている。やっと前歯が生えてきたが、食べ物の咀嚼はまだできない。もちろん言葉を話すことはまだできない。


「去年も良い年でしたね」

「そうだな。関東からアシカガが消えた。だがまだホウジョウもいるし、常陸が残っている。何より安房が離れていったことが残念だ」


 母上の言葉に返した父上の言葉が凄い。ものすごい情報量だ!

 ここは関東なのか!? 今は戦国時代か? 鎌倉とか室町時代っていう線も残っているな。この前大勝利の報告があったから戦争しているんだろう? すると天下太平の江戸時代ではないな。目の前の食器とか道具とかの出来具合から言って、平安時代以前っていうのはなさそうだ。まさか幕末?

 アシカガってことは鎌倉公方か? 古河公方か? 消えたってことは堀越公方とか小弓公方も居ないのだな? いやいや鎌倉時代なら御家人の足利家かも知れない。

 ホウジョウって執権の北条か? 伊勢宗瑞の後北条か? どっちなんだ? 時代が解らない。イライラするな。


 登場する家名や地名は知っている、ものと同じだと思う。だが状況が私の知っている歴史とは違うようだ。父上の髪型や服装から見ても、どうやら前世とあまり離れていない平行世界の過去に転生したようだな。しかし何時代なんだ? 前世とどこが同じで何が違うんだ?


「カイタロウ、手習いはしっかりしているな?」

「はい、父上。文字はたくさん覚えました。今年は武芸を習いたいと思います」

「うん、お前はこのサトミ家の嫡男だ。だがサトミは知略の家だ。武芸の前に学問を身につけなければならない。それにお前はまだ6つだからな。まだ体が小さい。武芸は8つまで待ちなさい」

「はーい」

「これ、カイタロウ。父上に向かってそのような態度を取ってはなりません。無礼をお詫びしなさい」

「はい、母上。父上、無礼をお詫びいたします」


 これも情報量の多い会話だ。

 サトミって里見か? ここは千葉南部なのか? いや、さっき安房が離れたって言っていたよな。客観的な言い方だから安房の里見ではないのか。字が違う可能性もあるな。

 兄の名前はカイタロウか。どんな字だ? タロウは太郎とか太朗かな。サトミは武家っぽい。源氏なら太郎かな。カイの字はまさか甲斐か? 関東だから違うよな。さっぱり思い浮かばない。


「リクはもう7つになったな。行儀見習いをしっかりしてどこに嫁に行っても恥ずかしくないようにな」

「はい、父上。母上や先生によく教えて頂いています。今年は1人で小袖を縫います」

「それは素晴らしいな。しっかり励めよ」


 隣の女の子は姉のリクか。リクってどういう字なんだろうか?

 弟の方が上座に座っているってところは男尊女卑社会なんだな。

 それにしても7歳でもう嫁入りの話か。女は家を繋ぎ子を産む道具として扱われているのだろうか? 私も女として生まれてしまった。令和の価値観を持ってこの社会で女性として生きることは喜べないな。大きくなったら女性の地位向上に取り組む必要があるかも知れない。今世は苦労するかも知れないな。


「何よりも去年はクーが産まれたことが一番目出度かったな」

「男の子が産めずに申し訳ございません」

「いやいや、女の子でも満足しているぞ。よい子を産んでくれたな。改めて礼を言う。ありがとう」

「殿・・・」


 母上が感極まっている。周りの女性達ももらい泣きしてるよ。父上は母上に対して優しいみたいだ。私が産まれたことも喜んでくれている。怖い父でなくて良かった。

 それにしてもクーって、何で私だけ名前が日本語じゃないんだ? もしかして姉のリクも日本語じゃないんだろうか? カイタロウは日本語だよな? 他の人達の名前はどうなっているんだろうか?

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