近代への永い道

浅間 数馬

1. 目覚 ○○XX年X月(XXXX年)

「ここは死後の世界か?」

 周囲が明るいことはわかるが目が見えない。騒音がうるさい。体が重くて思うように動かせない。

 人の気配がする。何か話しているようだが聞き取れない。体に触れられているようだ。

 どうやら死にそこなって看護師さんのお世話になっているようだ。




 うっすらと意識が戻ってから何日過ぎただろうか? 薄らぼんやりと周囲が見えるようになってきた。騒音もおさまってきて人の会話が聞こえるようになってきた。だがまだ会話の内容までは聞き取れない。

 体は相変わらず重い。いろいろと介護をされていることはわかるが、具体的にどんな処置を受けているのかはさっぱりわからない。

 話すこともできない。時々、意思とは関係なくうめき声が出してしまう。無意識に泣いている気がする。


 ここは病院ではないようだ。介護施設か? 88歳だ。もう死んでもいい。延命処置はしないでほしいのだが・・・

 それにしてもなんて硬いベッドだ。布団は硬めが好きだが、いくらなんでもこれは硬すぎるだろう。まるでフローリングに直に寝ているようだ。この苦しみをなんとか伝えたいものだが・・・


 何か柔らかいものを口に当てられた。本能的に吸い付くと生暖かい液体が出てくる。夢中で飲んだ。

 おむつを替えられているようだ。恥ずかしい。最近の若い者は将来介護を受ける時のために永久脱毛していると聞いた。私らの世代はそんなことはしていない。看護師さんだか介護士さんだかわからないが、不快な思いをしていなければ良いのだが・・・




 意識が戻ってから大分日にちが過ぎた。もう2,3ヶ月は経っただろう。

 近くのものが見えるようになった。自分の手足も少し動くようになった。目の前に手をかざすと異常に小さかった。指を咥えてみると歯がなかった。

 そして何よりも驚いたことは、毎日口に当てられていた柔らかいものは女性の乳房だった。私は1日に何度もおっぱいを飲んでいたのだ。


輪廻転生


 やはり私は死んでいたのだ。そして生まれ変わった。死後の世界の記憶はない。閻魔大王の裁きを受けたのか? 天国で楽しく暮らすことは許されなかったのか? 地獄に落ちなかったのだから良しとするべきか。

 また長い人生を歩むのだな。

 前世も悪くはなかったが、いろいろ失敗もした。世の中の流れも前半の昭和高度成長期は良かったが、後半の平成はあまり良くなかった。

 前世の記憶がある。これを活かして今世ではうまくやりたいものだ。

 そのためにも生まれ落ちた家庭が貧しくなく、穏やかな社会だと良いのだが。令和で言うところの親ガチャ失敗っていうのは辛いし、世の中が戦争に向かっていくようだと夢も希望もない。




 夏が来たようだ。毎日暑い。冷房はないようだ。母がうちわで仰いでくれているが、せめて扇風機を使ってほしいものだ。

 寝返りができるようになった。母に抱きかかえられてレトロなおもちゃであやされている。母が着ているのは着物だ。あまり良いのもではない。私が着ている産着も和風で素朴だ。

 いろいろ聞きたいことがあるのだが、口から出るのは赤ん坊の声だけ。当たり前だな。歯も生えていないのだから。


 部屋の様子がわかってきた。懐かしい気がする。建て替える前の実家、江戸時代末期に建てられた築100年超の中規模農家によく似ている。だが、床がフローリングというか板敷きだ。なぜ畳ではないのだ? カーペットぐらい敷いたら良いじゃないか。

 死んでから何年経ったのだろう? 世の中はどうなってしまったのか? 環境保護が行き過ぎてしまったのか? 大戦争が起きて文明が後退したのか? 早く確かめたいものだ。




 秋になったようだ。肌寒くなってきた。純日本家屋に見えるこの家は、冬になったら寒いだろうな。暖房器具とか防寒着とかあるんだろうか? 不安になってきた。


 今日は母に抱きかかえられて別の部屋に来た。家は結構大きい。屋敷と言っても良いかもしれない。

 その部屋には人が集まっていた。女性ばかりだが、子供も2人いる。


「さあ、クー姫様、母御前様に」


 そう言われて見慣れない女性に渡されて抱っこされる。着物が少しきれいだ。え? 母御前様?

 今まで私の面倒を見ておっぱいを飲ませてくれていた女性は母ではなかったのか?

 それに姫様? うかつにも確認していなかったが、私は女性に生まれ変わったのか? 魂は男だぞ。将来どうなるんだ?

 そして私の名前はクー? 私は日本人じゃないのか? 周囲の人は東洋人顔で日本語を話しているのに・・・


 パニック状態になっているところへ人が来た。男性だ。部屋には入ってこないようだ。廊下で座った。


「お方様に申し上げます。お味方大勝利です!」

「「「おめでとうございます!」」」


 周囲の人が口々に母らしき人に祝辞を伝えている。子供たちも床に手をついて頭を下げている。

 これって戦国時代以前の感じだよな。だけど勝利を伝えに来た男性は迷彩服を着ている。まだ視力が弱くてハッキリとは見えないが、太平洋戦争後の欧米式に見えるぞ。それに髪型も髷は結っていない。月代も剃っていないし、短髪のようだ。


「大義でした」

「レンジャー!」


 はぁ、レンジャーって・・・レンジャー部隊の、あのレンジャー?

 男性は一礼して去って行った。一体全体この世の中はどうなってしまったんだ?

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