第32話 夜の王子

「カタン」


 そんな微かな物音が聞こえた気がして、僕は眠まなこでベッドから起き上がる。窓辺からは月の光が差し込んでいて、部屋は蒼く澄み、まるで深海の中のように神秘的な空間に感じる。


「うっ」


 突如、僕の足元に何かが入り込んできた。ギシギシと音を立てながら、僕の布団の中に侵入した何かは、僕の身体をベッドに縫いつける。


「お、王子……」


 シュカ王子だった。いつもの鋭利な猫目の目元が、少し緩められているように思う。


「たまらぬ……お前が隣の部屋で寝ているなんて考えたら……。ただ、寝顔を見て帰るつもりだったのに……」


 ごく、と僕は喉を鳴らす。


 まさか、抱かれてしまうのかな?


 僕は覚悟を決めてきゅ、と目をつむった。無意識に恐怖で身体が震えていることに気づいたのか、シュカ王子が僕の頭をそっと撫で始める。


「喰いはしない。ただ、明日の軍議に備えて癒して欲しいだけだ。明日も早い。お前は今日、俺の抱き枕になるんだ。いいな」


「……はい」


 コクン、と小さく頷いてから、王子が僕の身体を抱き寄せる。その腕の逞しさに少し目を見張る。甲冑の上からではわからなかったが、逞しい胸筋と、硬く隆起している腕の筋肉。


 王子は僕の髪を撫でながら、僕の顔を胸の前で包むようにして寝息を立て始める。


 なんなんだ。一体。


 すぐにその場で襲われると予想していたからか、急な脱力感に襲われた。


 アルファなのに、すぐにオメガを抱かないんだ……。


 そんな経験は初めてだ。僕らは運命の番だとわかってしまったのだから、手酷く抱くこともできるというのに。

 

 ほんとうにこの人が、メビウスの言う暴君王子なのだろうか。


 微かな疑問を胸に閉じ込めて、眠りについた。

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