悪魔と呼ばれた少年と、魔物の血を引くヤンデレ少女の冒険譚
暁刀魚
少年少女は比翼連理である
俺の親が、一体どこの誰かは知らないが。
生まれた時から俺に備わっていた黒すぎるほどに漆黒の髪は、一般的に魔族の証だ。
魔族というのは、人類にとっての敵。
言い方を変えれば、存在しているだけで攻撃してもいい相手。
お陰で俺は苦労した。
どこへ言っても罵倒され、まともに生活を送ることもできず。
なれる職業といえば、冒険者くらいなものだ。
その冒険者にしたって、荒くれ者が多い家業である。
こちらを侮蔑してくる周囲との軋轢は大きかった。
幸いにも、俺には他人とは違う力があった。
加護、と呼ばれるそれは願うだけで俺だけの特別な力を振るえる能力。
ただ、それがまた厄介な代物で。
黒い炎を自由自在に操るなんていう、魔族の証を持つ人間に相応しい力だ。
余計に周囲から疎まれ、「黒炎の悪魔」なんて呼ばれて遠ざけられた。
――だから俺と共に冒険者として歩いてくれる人なんて、彼女くらいしかいなかったんだ。
+
俺が冒険者ギルドへやってくると、鋭い視線が飛んでくる。
その半数は明らかにこちらを侮蔑していて、攻撃的な態度を隠そうともしない。
でも、絡んでくるわけではない。
だから俺はその視線を無視していた。
厄介事を運んでこないなら、アレは蝿とそう変わらない。
ただ鬱陶しいだけだ。
視線を返すこともせず、俺は依頼が貼り付けられたボードへと向かう。
彼女なら、朝はこの時間ここにいるはずだ。
人が多く集まる場所に、一箇所だけ空白が空いている。
そこにいる一人の少女へ、俺はためらうことなく声をかけた。
「――おはよう、リーフィ」
リーフィ。
それが彼女の名前だ。
透き通るような銀の髪、背丈は小柄で表情はどことなく自信がなさげだ。
でも、俺は彼女がとても強い人であることを知っている。
そんな彼女の一番の特徴は――
「おはようございます、エンキ」
俺の名を呼んで、振り返った彼女の瞳は――煌々と翡翠の色に輝いていた。
物理的に、ほんの少しだが光を帯びているのだ。
美しい、と思う。
思わず目を惹かれてしまう。
だが、そんな瞳は――この世界にとって忌むべきものだ。
「いい依頼は見つかった?」
「はい、カースドウッドの討伐依頼がありました。厄介な魔物ではありますが……」
「そうだな、俺達なら大丈夫だろう」
俺とリーフィは、二人でパーティを組んでいる。
冒険者にとってパーティを組むのはある意味で常識と言っていい。
ダンジョンに潜るとなれば、一人ではどうしても注意しきれない罠やモンスターに気づけるし。
旅をするとなれば、夜の番を交代でできるからだ。
だけれど、俺達にとってパーティを組める相手は互いだけ。
だから自然とパーティを組んだ。
必然、と言っていいのかもしれない。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、今日もよろしくお願いします」
そう言って、俺達は受付へと向かう。
その最中、不意に視線を向けられた。
こちらを嘲笑うような、侮蔑の視線。
俺が睨み返せば、すぐに散ってしまう。
不快な視線だ。
「……どうしましたか?」
「ああ、いや。なんでもない、受付には俺が行くから。リーフィは待ってて」
「はい」
にこり、とリーフィは穏やかに微笑む。
その視線に敵意もなければ、悪意もない。
優しい瞳だと、俺は思う。
そんな視線に送られて、受付に向かった。
ギルドは公平をモットーとする。
受付の人も、決して俺達を拒絶しない。
だが、努めてそうしている人と、そこまで気にしていない人の違いはある。
わざわざ前者の受付に声を掛ける必要はなく。
俺は、俺達のことをそこまで気にしていない、見知った顔の受付に声をかけるのだった。
+
その後、リーフィと二人でダンジョンに向かう。
この世界の資源の源泉、ダンジョン。
マナによって作られた異界であるそこには、金銀財宝や様々な資材、時には食材までもが眠っている。
同時に、ダンジョンからは魔物が現れ、時にはダンジョンの外へと押し寄せてくる。
これを防ぐために魔物を討伐し、ダンジョンから恵みを持ち帰るのが冒険者の仕事。
今日はどちらかと言えば前者。
外に溢れたら面倒なことになる魔物を討伐する、そんな依頼だ。
「――あの、エンキ」
俺達はダンジョンを目指して進んでいた。
人通りの少ない、それでいて治安が悪いわけではない道を選んで進む。
人目に付くとトラブルの元だし、治安が悪いとそれはそれでトラブルを生むからだ。
結果として、俺達は道中二人でいることが多い。
今も、周囲に俺とリーフィ以外の気配はなく。
だからだろう、リーフィが突然声をかけてきた。
「どうした、リーフィ」
「――――ごめんなさい」
どういうわけか、リーフィはそこで俺に謝罪する。
リーフィは別に謝罪するようなことはしていない。
少なくとも、俺達の関係は良好だ。
だからこそ、彼女が謝罪する理由を俺はよく知っている。
「ごめんなさい、ごめんなさいエンキ。こんな、こんなこと……ダメだと解ってるんです」
「……ああ」
「でも、お願い……お願いですから……」
そうして、俺に声を掛けるリーフィは――泣いていた。
悲しみと申し訳無さに、押しつぶされそうになりながら。
しかし、同時に。
「――アティラさんとお話するの、もう二度とやめてください」
その瞳は、殺意と、嫉妬と、憎悪で、先ほどとは比べ物にならないほど薄暗く輝いていた。
アティラさん、というのは先程俺が話しかけた受付嬢。
嫉妬しているのだ、リーフィは。
「エンキがアティラさんとお話してると……どうしても、どうしてもアティラさんを殺したくなっちゃうんです。許せないんです。苦しいんです……」
涙と嫉妬と悲しみで、顔を真赤にしながらリーフィは言う。
「……ごめんなさい。違うんです、これ、私が本当はそう思ってるんじゃなくて。でも、私は確かに嫉妬してて……違う、違うんです」
「ああ……解ってる」
リーフィは決して、本当にアティラさんを殺したいわけじゃない。
むしろ、アティラさんは――何事にも頓着しない怠惰な性格ゆえに――俺達を邪険に扱わない数少ない人だ。
普段はむしろ、感謝すらしている。
リーフィにとって、数少ない同性の知人と言えるだろう。
友人……というにはリーフィが踏み込もうとしていないが。
「安心してくれ、リーフィ。リーフィは何も悪くない、だってリーフィはアティラさんを殺していない。それはリーフィがむしろ、よく頑張ってる証だ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「悪いのは、リーフィの中に流れる血だろう?」
原因は、血。
魔族の血だ。
リーフィの中には、魔族の血が流れている。
輝く翡翠の瞳がその証だ。
そしてその魔族には、こんな特性がある。
愛した男性が他の女と話をしていると、その女を殺してしまう。
それが、完全に種族の習性として存在してしまっているのだ。
リーフィはハーフである。
半分は人間の血が流れていて、だからこそこの習性を理性で抑えることができる。
少なくとも――
「……私、母様みたいになりたくない」
その習性故に、夫以外の人間を害してしまった結果、討伐対象となった自分の母とは違うのだ。
「でも、私……私っ! 愛してしまってるんです。エンキ……貴方を!」
「……ありがとう、リーフィ」
そんなリーフィの愛情を、俺は嬉しいと思う。
なにせリーフィはとびっきりの美人で、何より俺を受け入れてくれる数少ない人だ。
唯一人の女性、と言ってもいいかもしれない。
だからこそ、思う。
「リーフィは、俺が守るから。その習性も、いつかは克服できるように頑張るから……だから、今日も頑張ろう、リーフィ」
「……はいっ」
俺は、泣き崩れるリーフィを抱きかかえて、彼女の発作とも言うべき情緒が収まるのを待ってから。
再び、ダンジョンへ向かった。
+
カースドウッド。
今回の俺達の討伐対象だ。
名前の通り、他者に呪いを付与する厄介な樹木の魔物。
この呪いの発生条件が非常に厄介で、具体的には”カースドウッドの視認”だ。
相対した時点で、呪われるのはほぼ確定。
対策としては呪いを弾く装備を身につけるか、呪いが効果を発揮する前に討伐してしまうか。
呪いの効果自体は、体調不良を引き起こす単純なもの。
動けなくなるまでにも若干の猶予がある。
こいつが出てくる適正な階層を探索できる冒険者なら、ゴリ押ししたほうが早いという代物だ。
ただ、問題は低層にこいつが出現した場合。
まず上層――つまり魔物の強さがそこまでではない場所に出現した時点で、その階層が適正の冒険者はカースドウッドの餌だ。
時折こういう、適正じゃない場所に適正じゃない強さの魔物が出現するのがダンジョンの厄介なところで。
一般的に”規格外魔物”と呼ばれる魔物の討伐は、上位冒険者の責務でもあった。
しかし同時にとても人気のない依頼でもあった。
規格外魔物以外の旨味が薄いからだ。
とはいえ、やらないわけには行かない。
そしてだからこそ、俺達みたいな爪弾きにされている存在にとってこういう依頼はありがたい。
ギルドに対する実績にもなるし、比較的安全に達成できる。
実入りは少ないとはいうが、暮らしていくには十分な報酬になるのだ。
ただ今回は――少しばかり事情が違ったが。
「……数、多くないか?」
「とても多いですね……何体いるんでしょう」
俺達は、物陰から無数のカースドウッドを確認して頭を抱えていた。
依頼にはカースドウッドの数は一体と書かれていた。
というか、規格外魔物は基本単独で出現する。
なのに明らかに十体以上のカースドウッドがいるということは――
「……繁殖したか」
「多分、そうだと思います」
増えたのだ、一体から。
どうやって?
人を喰って、そのマナを利用して、だ。
「多分……2パーティくらい全滅してるな」
「……ギルドは把握してませんよね」
「ああ。増えたのは昨日の今日だと思う」
たった一日でそんなに? と思うかもしれないが。
規格外魔物は、規格外だからそう呼ばれているのだ。
そんな魔物にマナを利用しての繁殖能力があったら。
一人食った時点で二匹に増えれば、後はもうねずみ算である。
これの厄介なことは――
「……街に溢れたら、この街が滅びかねない」
カースドウッドの特性だ。
視認するだけで呪われる、人を喰って増える。
そんなもの、町中で大増殖してくれと言わんばかりじゃないか。
「どうし、ますか?」
「そうだな……取れる手段は、三つある」
リーフィは俺に問いかける。
一つはギルドに報告すること。
このことをギルドに報告すれば、即座に討伐隊が組まれるだろう。
そうなれば、流石に街が全滅することはないはずだ。
ただ――相応に被害は出る。
「ギルドに報告するのは、なしだ。その状況、間違いなく俺達が原因扱いされる」
「そんな……」
すでに俺達はギルドの依頼を受けてしまっている。
報告までしてしまえば言い逃れはできない。
そもそもこの件に原因なんてものはないが、それでも。
原因ということになってしまえばそれで終わりだ。
「だが、逆に言えば……依頼を受けただけならまだ間に合う。アティラさんは書類仕事を面倒くさがってあとの方に回すはずだ」
「え、えっと、それって……」
おそらく、カースドウッドが迷宮内を闊歩するまで一時間の猶予もないだろう。
そして、未だに俺達の依頼受諾は正式にギルドへ報告されていない。
だからカースドウッドが暴れ始めれば、俺達の依頼受諾どころではなくなるはずだ。
つまり――
「……全部見捨てて逃げれば、誰も私達を責めないってことですか?」
そうだ、と頷く。
ここで逃げ出せば、俺達の評判は逃げ出さず報告した時よりもマシになる。
おかしな話だ。
でも、俺達は存在するだけで周囲から侮蔑され、罵倒される。
気づかれない、存在しないものとして扱われる、というのは。
俺達にとって決して悪くない境遇である。
「だから、すべてを捨てて逃げ出すのも、手だ」
「私達を攻撃してくる相手に、愛着なんてないから……ですか?」
「それはリーフィも、そうだろ?」
その言葉に、リーフィは無言で頷いた。
俺にとっても、リーフィにとっても。
少なくとも、この街に対して。
この街の人間に対して。
この世界に対して。
愛着なんてものはない。
持つ必要も、ない。
だから見捨てても、俺は何も思わない。
リーフィだって、思わない。
けど。
ああ、だからこそ。
「――エンキ。三つ目の選択肢は、なんですか」
リーフィは、まっすぐ俺を見て、問いかけた。
「ここで俺達がこいつらを殲滅する」
俺は即座に返答した。
「そうすれば、全てが丸く収まる。誰も不幸にならないし、俺達はこの街を捨てずに済む」
「……アティラさんだって、守れます」
「そうだ」
「……私達が見捨てたって、罪悪感を抱かなくても済みます」
「――そうだ」
何も、単純な話なのだ。
愛着はない、未練もない。
だが、矜持はある。
見捨てたという後ろめたさを抱く必要もない。
むしろ、救ってやったのだと胸を張れる。
だったらここで、逃げるなんて言う選択肢は論外だ。
報告なんて言う、消極的な選択肢もありえない。
「ここで勝つ、俺達がするべきことは……それだけだ」
「はい……!」
さぁ、やろう。
あのクソッタレどもに、俺達の価値を示してやるんだ。
+
――戦闘を始める前に、一つ。
そもそもの疑問、視認するだけで呪ってくる相手をどうやって俺達は確認したのか?
まず、リーフィに関しては単純だ。
彼女の光り輝く瞳は、それ自体がマナの防壁だ。
視線を媒体とする呪いだって、当然防ぐ。
そして俺の場合は――俺の戦闘スタイルが深く関わってくる。
黒い炎を生み出して戦うのが、俺の戦い方だ。
生み出した炎は俺の身体にまとわりつき、俺の意志に応じて動く。
つまり、炎は俺を焼かない。
加えて、視界を薄く覆うことだってできるのだ。
今の俺は、若干暗くなった視界を通して、カースドウッドを直接視認している。
サングラスをかけているようなものだ。
というわけで、呪いに対する耐性はバッチリ。
そもそもこれがあるから、俺達はカースドウッドを”借りやすい魔物”として依頼を受けたわけである。
相手は実に十二体。
だが、勝てない相手ではない。
軽く打ち合わせをして、俺達はカースドウッドに向かって飛び出す。
俺の手には、剣。
リーフィの手には、杖。
お互いに、俺は剣士でリーフィは魔術師だ。
まず、気づかれる前に接近して一体を倒す。
カースドウッドは枯れ木の中央に口のような穴が空いている魔物だ。
その口の中に、核と呼ばれる部分がある。
真っ黒で、穴の影に隠れてよく見えないが――俺の黒炎はそれを照らしてくれる。
「そこ!」
全速力で肉薄し、剣を突っ込む。
黒炎をまとった剣が照らした核を、そのまま横薙ぎで払って破壊。
一体だけなら、ここで俺達の依頼は終わっていた。
だが、残り十一体。
「行きます! 光よ!」
リーフィが光魔術を使う。
ゴン太のビームがカースドウッドの口を撃ち抜いた。
これで二体。
「逃げるやつを追うぞ!」
ここでカースドウッド達が俺達に気付く。
反応は三つ、困惑か逃走か警戒。
中でも逃走するカースドウッドを狙う。
完全に離脱されたら大惨事だし、何より逃げ出すやつを最後に回しても最終的にはヤケになって突っ込んできたのを相手することとなる。
逃げてるところをどうにかするだけなら、その方が楽だ。
「はい! 光よ!」
かくして、リーフィと二人で逃げる個体を狩る。
俺は逃げる個体よりも速い速度で先回りし、核を壊す。
リーフィは背中を光魔術でぶち抜いていく。
逃走したカースドウッドは四体。
これで半分になった。
問題はここからだ。
「カースドウッドが一箇所に集まってます」
「連携するつもりだろう、冷静さを取り戻したな」
今のは、奇襲からの攻撃で効率よく相手を狩れていただけ。
だがここからは、複数のカースドウッドが同時に俺達へ襲いかかってくる。
二対六というのは非常に不利だ。
だから俺はまず、その状況を崩す。
「らあ!」
掛け声とともに、黒炎を周囲へ飛ばす。
一気にダンジョンを炎が覆った。
カースドウッドに、容赦なく炎が襲いかかる。
だが、カースドウッドは――それに対してさほど効いた様子を見せない。
「やっぱり、炎耐性があるな」
「……厄介、ですね」
恐ろしいことに、カースドウッドは見た目の割に炎耐性がある。
視認することで発生する呪いは、カースドウッド自身が常に身体に身にまとっている魔術のようなものだ。
この身にまとっている魔術には、火炎を含めたマナによる攻撃の耐性がある。
俺の炎も加護というマナによって発動する魔術の一種だ。
リーフィの光魔術は、その耐性を上から抜いてカースドウッドを攻撃できるが、問題もあった。
「光魔術を用意する時間は……なさそうです」
「だよな」
リーフィは、光魔術を事前に用意していたのだ。
詠唱を終え、発動する直前で保持したものを三つ。
だが、リーフィはその三つまでしか魔術を保持できず、なおかつ準備には結構な時間がかかる。
六体を仕留めきるのは難しい。
「だから、都合がいい」
しかし、それは当然織り込み済み。
俺はカースドウッドにとって炎は耐性こそあるものの、あまり受けたくない代物だ。
だから避けようとして、誘導される。
今、カースドウッドは一箇所に集められていた。
二対六が厳しいなら、俺達の対策はこうだ。
一箇所に集めて、巨大な一にしてしまえばいい。
「今だ、リーフィ!」
「……はい!」
そして、今回の作戦の要旨。
リーフィの魔族としての力を解放してもらう。
「私の中のドリアードの血よ、エンキのために力を振るって!」
途端、リーフィの姿が変化した。
下半身が木の根っこに。
上半身は緑肌に草のような装飾で身体を隠すような状態に。
やがて、リーフィは完全に魔族としての姿――ドリアードとしてのリーフィに変化した。
人と魔族のハーフは、自由にその姿を切り替えることができる。
これで人としての姿をしている時に、魔族の特徴を隠せたら少しは扱いもマシになるだろうか。
いや、リーフィのように人を害する習性を持つ魔族も多い。
それを我慢できず発覚した時の扱いが余計ひどくなるだけだな。
ともあれ。
「よし、いいぞ!」
「はい!」
俺が炎を消したことで、カースドウッドが姿を顕にする。
炎に追い立てられたことで、一層怒りを深くしたカースドウッド達は、俺を睨みつけて今にも襲いかかってきそうだ。
そこに――
「行って! 私の風!」
リーフィが風を起こす。
これはリーフィの自然の魔物としての特性と魔術師としての能力を組み合わせた力。
特徴的なのは、起こした風にキラキラと光る粉のようなものが混じっていることか。
コレがなにかといえば、花粉である。
体内に取り込むと、睡眠作用をもたらす呼吸を行う魔物にとっては天敵とも言える能力。
だが、カースドウッドは呼吸しない。
であれば、何のために? 理由は簡単だ。
「――こいつで、燃えろ!」
俺が、黒炎を花粉漂うカースドウッドの元へ投げ入れる。
この花粉――可燃性なのだ。
結果、
カースドウッドは、勢いよく炎上した。
マナによる炎に耐性のあるカースドウッドだが、マナを伴わない炎に対する耐性はむしろ劣悪である。
黒炎はマナだが、花粉によって発火した炎は副次的なものだからマナによる炎ではない。
カースドウッドには効果てきめんだ。
「このまま、向こうが全滅するまで続けるぞ!」
「はい!」
コレの良いところは、俺のマナもドライアドの花粉も、消費が少ないということだ。
また、マナによる炎と通常の炎の二つで攻撃できるため今回みたいに耐性を貫通しやすい。
何より魔術のような予備動作がいらない。
連発ができる。
結果、この攻撃方法は俺達がパーティを組む一番の強みと言えた。
――かくして、残るカースドウッドも全て燃え尽き。
俺達は、殲滅に成功するのだった。
+
――エンキ。
リーフィが愛し、冒険をともにする彼は「黒炎の悪魔」と呼ばれていた。
魔族の如き様相に、禍々しい黒の炎からそう呼ばれている――と、彼はそう思っている。
だけど、実態は違うとリーフィは考えていた。
彼は、悪魔だ。
今回の件で、リーフィに選択肢を提示する時もそう。
カースドウッドという、下層の厄介な魔物を一瞬で殲滅する手腕もそう。
あまりにも鮮やかで、劇的だ。
彼は人間である。
魔族のような黒髪を有しているが、リーフィのように魔族としての姿は持っていない。
過去に、魔族と交わった者がいてその血が影響を与えているのか。
はたまた黒炎の加護がそうしているのかはわからないが。
彼は純然たる人間なのだ。
――リーフィと違って。
だというのに、下手したら彼はリーフィ以上に周囲から畏れられている。
今回のような状況に陥っては、その都度あっと驚くような方法で鮮やかにそれを切り抜けるからだ。
どれほど理不尽な状況に追い込まれようと、絶対に勝利して見せる以上な能力。
それを支える直感と、経験。
彼を「黒炎の悪魔」たらしめるのは、むしろ容姿ではなくその人間性だった。
無論、容姿に対する侮蔑もある。
エンキとの実力差を理解していない冒険者は、きっと本気でエンキをバカにしているだろう。
それでも、多くの人間がエンキを遠ざけようとするのは。
彼のどこか異質な空気のせいだ。
しかしリーフィは、それに魅入られてしまった。
美しいと思ってしまった。
愛おしいと思ってしまった。
だから、リーフィは彼のそばにいる。
ドリアードの危険性が、誰かを愛することで発現し、それを抑えるためにはその誰かと常に一緒にいることが大事という理由もあるにはあるが。
それでもリーフィが一番、彼と共にいたいと思う理由は――
彼が、どんなことを成し遂げるのか、隣で見ていたいからだ。
――だが、リーフィは気付いていない。
きっと、エンキ自身も気付いていない。
リーフィにとって、周囲からの悪感情は当然のことだ。
魔族の血を引いている以上、ドリアードとしての特性を理解している以上。
排斥されるのは仕方がないと、諦めている。
だが、エンキにとって周囲からの悪感情は理不尽でしかない。
人でありながら人から排斥されることは、彼に周囲への不信感を募らせるには十分だ。
無論、エンキはそれを心の底からどうでもいいと思っている。
ただ、自分の相棒にたいしては。
心を許した存在が害されることに対しては、話は別だ。
この場合、果たして本当の意味で相手に対する感情が重いのは、どちらか。
相手を喪った時、真に世界を憎むのは、どちらか。
エンキとリーフィ。
比翼連理の冒険者パーティ。
その未来は、果たして暗澹としているか、希望に満ち溢れているか。
今のところその答えを知るものは、どこにもいない。
悪魔と呼ばれた少年と、魔物の血を引くヤンデレ少女の冒険譚 暁刀魚 @sanmaosakana
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