第三章 殺人事件
「マジか」
長野は呆然として呟いた。宮城は何も言うことができないでいた。
長野が千葉の死体から視線を上げると、正面にある割れた窓ガラスが目に入った。大きくヒビが入っており穴も開いている。だが、尖った部分が多いため、人間が通り抜けるのは不可能だった。窓のクレセント錠はかかったままだった。
窓に近寄ると、長野は放心状態でこの窓を見つめていた。
「外から何者かが矢を放って千葉の額に当てた、ということですかね」
後ろから同じく窓を眺めていた宮城が言った。長野はビクッと反応すると、返事もせずに窓の鍵に手をかけようとしていた。
「何してるんですか!」
宮城が早口で言う。長野は手を止めて振り返る。
「外にいる香川を呼ぼうと思って」
「触っちゃダメですよ。殺人事件の現場なんですから」
「殺人……千葉は殺されたのか?」
「見ればわかるじゃないですか」
長野は足元の死体を見下ろすと、「そうだな」と聞こえるか聞こえないかというほどの声量で言った。宮城は香川に電話をして状況を伝えた。電話の向こう側からは「えーっ!」という驚きの声が聞こえてきた。
冷静になった長野は部屋の中をじっくりと観察していた。部屋には一つのベッドがあるのみ。シーツは乱れていたので、この上で一時的にであれ千葉が寝ていたのは確かだと思われた。
続いて床に目を向けた。千葉の大きく見開かれた目がこちらを見つめてきた。長野は死体を見ていられなくなり、周辺に視線を移した。割れた窓から雪が舞い込んできたのか、グレーのカーペットにはいくつか水のシミができている。
仰向けに倒れた遺体の頭の近くには丸め込まれた紙があった。
「なんだこれ」
長野がつぶやくと、ちょうどそのときにやってきた香川が叫んだ。
「ホントだー!」
殺人事件の現場にはふさわしくないほど元気で若々しい声だった。そして、長野が床の紙を拾おうとするのを見咎めると香川は言った。
「先輩、まずは警察を呼ばなくちゃ!」
長野は片手をこめかみにあてて小声で言い返した。
「ちょっとうるさい。こっちは二日酔いなんだから」
「一旦、部屋から出ましょうか」
宮城が言った。
「いや、これだけは気になる」
長野は紙を指差す。
「そうはいっても証拠品ですからね。やたらに触るわけにはいきません」
宮城が言う。その隙に香川は警察に電話をかけていた。
「もしもし、警察ですか? 〇〇山の☓☓荘で殺人事件が起きたんです。……えぇ、本当ですよ。だから、とにかく早く来てください。えっ? 通行止め? 大雪で? じゃあどうしろっていうんですか。は〜、本当ですか。食糧は大丈夫です。24時間くらいなら全然。あ〜、も〜、やだなぁ〜」
嘆き声を最後に通話は終了した。長野がもの問いたげに顔を上げると香川は答えた。
「道路が土砂崩れで通れなくなっちゃったみたいです。現場はそのままにして24時間ぐらい待機していてくれれば来れるらしいです」
「警察が来られないなら自分たちで捜査するしかないな」
言うが早いか、長野はすでに手に持っていたハンカチを使って床の上の物体を取り上げた。宮城と香川は制止しようとしたが間に合わなかった。
それは、片手に収まるくらいの大きさの石をA4のコピー用紙でくるんだものだった。長野が紙を広げると、小さく声を上げた。後ろからのぞき込んでいた香川がその意味に気づいた。
「あっ、これさっき書いてた書類じゃないですか」
長野の手にあるのはつい一時間ほど前に自らの手でサインをした書類だった。書類にはオーナーのサインもあった。紙を裏返すと、裏には乱雑な手書きの文字で一言だけ書かれていた。
『後悔しろ』
三人はその文字を黙って十秒間ほど見つめていた。それから誰も何も言わないまま、長野は神妙な面持ちで元通りに石を紙で包んで床の上に置いた。
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