ラグジュアリー・ラグランジュ・ポイント

@JULIA_JULIA

第1話

 落ち着ける場所というモノがある。いえ、落ち着いても良い場所といった方が適切かもしれない。誰かに疎まれたり、蔑まれたり、そしられたり。そういうことが起きない場所が、ワタシにはある。


 つとむは優しい男だ、ワタシのことを詮索しない。もしも詮索なんてされたら、ワタシは酷く傷つくだろう。つとむはそれを理解している。だから詮索などしない。


 たけるは強い男だ、ワタシのことを守ってくれる。数々の危険からワタシを救い出し、彼は傷を負った。たけるはそれを誇りにしている。だから守ってくれる。


 つとむの傍にいれば、心が癒える。たけるの傍にいれば、傷を負わないで済む。ワタシはどちらに寄り添うべきなのだろうか。そんな贅沢な悩みをずっと抱えている。


 つとむが言うには、結婚するなら所謂いわゆる家庭的な相手が良いらしい。炊事、洗濯、掃除。それらをキチンとこなしてくれる相手が良いらしい。


 たけるが言うには、結婚するなら社交的な相手が良いらしい。誰にでも朗らかに接し、円満な人間関係を築ける相手が良いらしい。


 どちらの希望にも、ワタシは沿えない。よってワタシが彼らと結婚することはないのだろう。つとむたけるの狭間に留まる。それがワタシの居場所なのだろう。そうすれば、幸せでいられるのかもしれない。


 しかし、そうはいかなかった。つとむたけるが鉢合わせたためだ。そのとき、ワタシはたけると腕を絡ませていた。腕を組みつつ、手を握っていた。そんなワタシたちの前に、つとむが現れた。


 つとむはワタシに迫り来るようなことはしなかった。彼は詮索などしない、そういう男だ。しかし、挨拶はしてきた。なんとも気軽な──いや、軽薄な挨拶を。


「お? いいトコにいた、今日もヤらせてくれよ」


 その一言が、たけるの逆鱗に触れた。次の瞬間、つとむの体は宙に浮いていた。たけるに殴られたのだ。彼はワタシの左腕に絡ませていた右腕を瞬時に解いて、つとむの傍に素早く駆け寄り、その左頬を強く殴りつけていた。その後、永遠とも思える時間、つとむは重力から解放されていた。しかしそれは、ワタシの脳が激しく活性化されていたためだろう。実際には、一秒も経たずにつとむの体は地面に倒れた筈だ。


いってぇなぁ・・・。なにすんだ、コラ」


 つとむは左頬を押さえつつ立ち上がり、たけるの顔を強く睨んだ。


「ゴミ掃除をしただけだ。二度とコイツに関わるな」


 ワタシをつとむから隠すように立ち位置を変えたたける。それにより、ワタシはつとむの顔を見失う。しかし、声は届く。


「あ? なんだオマエ? ソイツの彼氏なのか?」


「違う、友人だ」


「だったらオレと同じじゃねぇか。オレも友達だぜ、セフレなんだから」


「その関係はもう終わりだ。今後コイツになにかしたら、骨の二、三本は覚悟しろよ」


「・・・チッ!」


 舌打ちが聞こえたあと、程なくしてたけるが振り返る。


「まだ、そういうことをしてるのか?」


「・・・ゴメン」


 ワタシは所謂いわゆるアバズレだ。強引に迫られると、ついつい体を許してしまう。無理矢理に犯されたところで、どうということもない。つとむとのも、そういう感じだった。


 そんなワタシのことをたけるはいつも心配し、いつも咎めてくる。彼は、疎んだり、蔑んだり、そしったりはしない。しかし咎めてはくる。彼としては善意のつもりなのだろうが、ワタシの心は酷く痛む。とはいえ、自分が悪いことは承知しているので、彼を責めるような気持ちはない。


 ワタシへの咎めを果たすと、たけるは再び腕を絡ませてきた。ワタシたちは腕を絡ませることはあっても、体を絡ませるようなことはしない。たけるは男だが、女に惹かれることなどないのだ。よってワタシたちは友人関係を保っていられる。だけど、それでは物足りない。ワタシは誰かに求められないと、不安に押し潰されそうになるのだ。


 つとむはもうワタシには会わないだろう。だから、また他の誰かを探さないといけない。そんなことを考えていると、たけるが口を開く。


「さっきの撃退料、二万でイイか? あと、晩メシ奢って欲しいんだけど」


 ワタシは無言で頷いた。程なくしてコンビニのATMに立ち寄り、四万円を引き出す。そのあいだ、考えごとをしていた。


 早く誰か探さないと・・・、稼がないと・・・。



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