第3話 新たな人生

「私としたことが、つい舞い上がって先走ってしまいました。大変申し訳ございませんでした......」


 自室に戻ってベッドに腰かけたリザレリスは、中年紳士のディリアスから深々と頭を下げられた。

 彼のロマンスグレーの頭髪がリザレリスの瞳によくうつる。


「よくよく考えればわかることでした」


 むっつりとしたまま答えないリザレリスに向かい、ディリアスが顔を起こした。


「リザレリス王女殿下は五百年間も眠ったままだったのです。記憶を失くしていたとしても不思議ではありません。たとえ記憶を失くしていなかったとしても、混乱は避けられなかったでしょう。

 五百年前がどうだったのか。私は残された記録によってしか知りません。ですので実際にどうであったのかはわかりませんが......きっと今とは世界も大きく異なったのでしょう。とりわけブラッドヘルムは......」


 そしてディリアスは床へ膝をつくと、リザレリスへ、知るべきと思われることを語った。

 世界のこと。吸血鬼のこと。ブラッドヘルムのことを......。


「......ということです。臣下の者たちへリザレリス王女殿下をお披露目する前に、こうして私から殿下へきちんと説明すべきでした。本当に申し訳ございませんでした」


 ディリアスは再び頭を下げた。

 しばらく彼を見つめてから、不意にリザレリスがすっくと立ち上がった。

 ディリアスは顔を起こす。


「王女殿下?」


 リザレリスは部屋の中を進んでいくと、姿見の鏡の前で立ち止まった。


「これが、今の俺......」


 正直、しっかりと説明を受けたところで、やはり受け止めきれない。

 質問したいことも山ほどあれば、頭に入ってこないこともある。

 そもそも、考えるのも面倒だった。

 この世界がどうとか、国がどうとか、吸血鬼がどうとか言われても、他人事のようにどうでもよく思えるから。


 だって自分は日本人の青年で、女にモテて、日々を充実して過ごしていたんだ。最後の最後で女に刺されてしまったけど、それまでは本当に楽しくやっていたんだから。


......リザレリスの頭と心には、未だに前世への未練が色濃く残っていた。

 だが、鏡に映る絶世の金髪美少女をじっくりと眺めているうちに、ふと新たな想いが湧き起こってくる。


「美人のお姫様、か」


 実際の吸血鬼というものがどんなものなのかは、まだよくわからない。

 だけど、美人のお姫様の人生というのは、悪くないんじゃないか?

 この中世時代っぽい文明の世界では退屈することも多そうだが、少なくとも金に困ることは無さそうだ。

 どうせならイケメン王子様に転生したかったけど、こればっかりはしょうがない。

 こんなプリンセスに転生できただけでも、俺ってガチャ運良くね?


「で、殿下?」


 リザレリスを見つめていたディリアスがギョッとする。

 彼女が自らの胸をなまめかしくまさぐりはじめ、その白く小さな横顔に妖しい笑みを浮かび上がらせたから。


「ど、どうかなされましたか」


「いや、べつに」


 リザレリスは腕を下げると、くるっと鏡に背を向けた。

 それからパッと中年紳士へ振り向き、気取ったセレブのような仕草をする。


「豪華な食事を用意できるか。長い眠りから覚めて俺...じゃなくてわたしはまだ何も食べてないんだ」


 途端にハッとしたディリアスは「かしこまりましたイエスユアハイネス」と、お辞儀をしてから、そそくさと部屋を飛び出し部下へ命令した。

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