儚い

@kimurahazuki

淡い

今を生きる若者は『儚さ』を求めるらしい。消えてしまいそうな、淡い雰囲気に、憧れるらしい。

簡単にSNSに発出来る世の中で、よく『儚くなる方法」なんて投稿が流れてくる。バスに乗り通学中の今も、そんなものが流れてきた。

肌が白くて、ミステリアスな雰囲気を纏う。そんなような人が『儚い』の概念に当てはまるらしい。

そんなものを目にする度、バカバカしいと心底思う。

何が『儚い』だ。消えてしまいそうだなんて、怖いじゃないか。人をなんだと思ってるんだ。

儚くなんて、なりたくない。儚さなんて、要らない。


月曜日の朝からそんな事を考えて気分が沈んでしまっては、良くない。いつものように『元気な私』に、ボロが出てしまう。ハッと我に帰り、ヘッドホンをして今話題の恋愛曲を大音量で流し目を閉じた。


学校前のバス停に止まった事を知らせるアナウンスで目が覚めた。危ない、乗り過ごす所だった、そんな事を思いながらバスを降りる。

「月おはよー」

私の名前を呼ぶ声がした。

「おはよー、マッジで眠いしんどーーーい」

「いつも通りのテンションすぎて眠そうに見えないんだけど」

友人はそんな事を言いながら笑っている。いつも通りの朝だ。2人で靴を履き替え、1年B組の教室に向かった。


教室のドアを開け、クラス全体に聞こえる声量で挨拶をする。皆笑いながら挨拶を返してくれる。教室に入り、友達と爆笑しながらホームルームまでの時間を潰す。私はお手本のような元気キャラだ。存在感が強く、友達も多い。それが私だ。

そんないつも通りの朝を過ごし、ホームルームを迎えた。

「皆おはよう」

担任が教室に挨拶をしながら入ってくる。すると、担任の後を追うようにもう1人、教室に入ってきた男の子がいた。教室が途端に騒がしくなる。

「え!?転校生!?」「まじ?すげーー」「先生、だれーー?」

そんな言葉が飛び交っている教室で、「綺麗…・」

私は思わず口に出してしまった。無意識だ。自分でもびつくりした。そんな私の声は誰の耳にも届かなかったようで、とりあえず安心した。

それ以上に、驚きが隠せなかった。驚きというのかなんというのか分からないが、とにかく衝撃だった。

彼は、恐ろしく美形だった。綺麗な切れ目で、スッと通った鼻筋。無造作な黒髪に真っ白な肌、ミステリアスな雰囲気を纏っていた。名前は?なんで転校してきたの?

どんな人?そんな考えが頭の中を駆け巡った。

そんな私の思考を遮るように、先生が話し始めた。

「静かに。彼は転校生の、天音くんだ。天音くん、自己紹介して」

天音・・・素敵な名前だ。どんな声をしているんだろう。

どんな喋り方なんだろう。心臓がドクドクと鳴っているのが分かる。

「転校してきました。天音晃です。」それだけ告げ、彼は口を閉じた。

透き通るような声だった。例えるなら、男の子の変声期前の透き通った声が、そのまま低くなったような。素敵な声だった。

先生に促されて、彼は席に着いた。私の1つ前の列の、窓際の席だ。私の席からよく見える場所。

日光に照らされ窓の外を眺める彼は、儚かった。

その日の授業は集中出来ず、上の空だった。


彼が転校してから1週間が経ち、また月曜日になった。実の所、彼はあの日から学校に来ていない。正直、とても会いたい。見たい。話したい。

彼が転校してきた日、友達が話しかけたらしい。が、友達曰く

「怖い怖すぎる、話しかけても迷惑そうで友達になれる気がしないよこれ。」

なんて事を言っていたので話しかける気にはなれなかった。明日話しかけよう、なんて心に誓っていたのに、あの日から学校に来ないなんて。話しかけて、無理やりにでも連絡先聞いておけばよかったと後悔する。

憂鬱な気持ちで教室のドアを開けた。

「え…」

思わず呟いた。これは不可抗力だ。仕方ない。なぜなら、彼がいたのだ。窓際の席で、外を眺めながら頬杖をついている。本当に綺麗な顔をしているな、と、改めて思った。心臓がドクドクと鳴っている。そんな私に、「あれ?いつものクソデカボイス挨拶なし?」なんて友達が言うもんだからクラス中が笑いに包まれた。彼に気を取られすぎて忘れていた、なんて思った時、ホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴った。


一日が終わった。話しかけられなかった。が、好きな気持ちは増していく一方だ。

改めて、彼に惹かれてしまった。学校になかなか来なくて、すぐにでも消えてしまいそうな彼を、今すぐ手に入れたいと思った。


3ヶ月が過ぎた。彼について気付いたことがある。毎週月曜日だけ、必ず学校に来ることだ。

毎週月曜日、彼を目で追ってしまう。やっぱり話しかける事は出来なかったけど、彼について知れたことが沢山あった。所作が美しいこと、無造作な髪の割にサラサラなこと、首にほくろがあること。

私は毎週月曜日が楽しみになった。


また1週間が経ち、月曜日を迎えた。

月曜日はいつもより30分早く起きて、念入りに朝の支度をするのが私の毎週のルーティンだった。

学校に着き、ドキドキしながら教室のドアを開ける。

が、彼はいなかった。まだ来ていないのか・・・とガッカリしながらも、少しワクワクしながら彼が来るのを待つた。

しかし、彼は来なかった。1日経っても彼の席は空っぽだった。

どうしたのだろう、何があったのだろう。事故にでもあったのか。不意に彼の荷物が置いてあるロッカーに目をつけた時、衝撃が走った。

彼の荷物が、全て無くなっていた。名札も外されていたのだ。

もしかして、また転校したのか。でも先生は何も言っていない。学校にほとんど来ていないので、このことにクラスメイトは気付いていない。どうして?何故?

考えても考えても答えは出るはずもなく、上の空で1日を終えた。

先生は、私達に何も言わないと言うことは聞いても教えてくれないだろう。そう思い、聞けずにいた。そのまま、1ヶ月が過ぎた。

彼は、一度も学校に来なかった。


連絡先も知らない、転校した理由も、家も、彼の事も何も知らない。見ていただけで知った気になって浮かれていた自分が恥ずかしいし、馬鹿らしい。

あぁ、これだから。これだから嫌なんだ。

消えてしまう事ほど、恐ろしい事はないのに。

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